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覗き看板
後編

作:赤目(REDEYE)

 俺は自分自身をじらすように身体をくねらせたり、髪を掻き上げたり足を開いたりと、さまざまな扇情的なポーズと表情を試してみた。
 こりゃあ相当なもんだぜ。
 俺が思わずほくそ笑むと、女の顔も醜悪なほどの猥雑さにゆがんだ。
 俺は制服のチョッキをぬぐと、もどかしくなりながらもシャツのボタンをひとつひとつ外した。
 ブラに包まれた息苦しくなるような二つの膨らみが露になる。
 俺はいよいよブラを外しにかかり――

「……お客さん、お客さん」
 はっと気付くと、俺は誰かに肩を揺すられており、目の前には立て看板の裏の穴があった。
 振り向くと、あの初老の男の顔がある。どうやら元の部屋に戻ってしまったらしい。
 俺は思わず自分の身体を確認したが、やはり本来の姿に帰っていた。
 何か言いかける俺を制するようにして、男は有無をいわさず宣告する。
「ここからは追加料金が必要になりますのでな」
 チッ、いいところまで進んでいたのに。値段を聞くと最初の入場料の半額だという。俺はいまいましい気持ちを抑えながら、財布から金を取り出して男に渡した。
「このサービスは一体どういう仕掛けだ?」
 再度立て看板の裏へ向き直る前に俺がそう訊くと、男は「信じないかもしれないが」と前置きして続けた。
「立て看板の女は、実在する人物なのですわ。お客さんが裏側に回って覗き穴に目を当てた瞬間、魂だけがお客さんの身体を離れ、その女に入り込むというワケです。いわば妖怪や幽霊が人に取り憑くのと同じようなカラクリですな」
 なんだか気味の悪い話だが、そういえばさっきも最初は全く無関係の思考が俺の意識に流れ込んできた。あれはあの女自身のものだったのだろうか。
 俺は女の豊満なボディを思い出し、生唾を飲み込むのをなんとか堪えながら再び看板の裏側に顔を密着させた。

 ……。
 おかしいなあ、あたしいつの間にトイレなんかに来てたんだろう。課長に入れるお茶を準備していたところだったのに。
 胸まではだけちゃって夢遊病かなんかかしら、早く戻って……
 ――おっと、待て、待て。これからが本番なのに戻るなんてとんでもない。着衣を整えてトイレから出ようとしていた女の身体を、俺は押しとどめた。
 罪のない表情を浮かべていた鏡の中の女の顔が、俺が目覚めると同時に魔女のように狡猾な冷笑になる。
 見れば見るほどいい女だぜ。俺は思い切り下品な音を立てて舌舐めずりすると、再び制服の上半身を脱がしにかかった。
 今度はブラを外すところまで行っても邪魔は入らず、カップから待ち兼ねたようにこぼれ出た二つの肉饅を、俺は最初のうち愛おしむように、次に欲望のまま猛々しく揉みしだいた。
 素晴らしい感度で、俺はそれだけで全身を貫く甘美な快感にうち震えた。見ず知らずの女の身体を勝手にもて遊んでいるという事実、そして俺自身がいまその女に“変身”しているという事実が、俺を異様な興奮に駆り立てていた。
「変になっちゃう、変になっちゃうよう……」
 いつの間にかうわごとのように呟いていたそんな安手の台詞回しに苦笑し、うるんだ目を開けて鏡を見ると、そこには頬を桜色に上気させ口元をだらしなく緩ませた雌犬がいた。
 俺の股間が未知の感覚にうずいた。
 起き上がってくる物はないが、代わりにじっとりと蒸れてきているのがわかる。
 さすがに“ここ”から先は鏡の前ではまずいな。
 俺は胸元をはだけたまま、洋式の個室に入って蓋をした便器に腰をおろした。
 邪な期待とはち切れんばかりの欲望で、俺の視界はすでに暗く淀み霞んでいた。

 ……。
「お客さん、いかがでしたかな」
 あの初老の男の声で元の身体に戻ったと気付いたのは、十数分後くらいだったろうか。
 女の身体で絶頂を迎えると同時に意識が朦朧となり、気が付けば最初の部屋に戻っていたというわけだ。
 俺はまだ立て看板に寄りそうように立ち尽くしたままだったが、あれだけの激しいファックにも関わらず、疲れは全くなかった。いや、それどころかつい今しがたの狂おしいような乱れっぷりの余韻すら残っていないようだ。
 ちょっと不満だったが、あれだけの快楽を味わえたのだから、まあ文句はないか。
 振り向いた俺の気持ちを見透かすように、初老の男が言う。
「お客さんは魂だけの存在だったわけですからな。肉の快楽は、魂が離れれば本来の肉の持ち主のところへ置き去りというわけですわ。……これは、かえって都合の良いこと」
 そう言って、男は他の立て看板の方を指し示した。
「飽きるまで続けてプレイできるわけですからな」
 俺は当然のごとく頷くと、男に延長料金を払い、他の立て看板を試してみることにした。今度は途中でこの部屋に戻されたりしないよう、最初からその分も支払ってある。
 俺は部屋にある立て看板の女たちをじっくり品定めしたあと、女子高生を試してみることにした。

 ……。
「――でさあ、待ち合わせ場所へ行ってみたら髪まっしろのじいさんが立ってるの。いくらなんでもアソコが役立つわけないじゃん。金はくれるっていうから付き合ってホテル行ったけどさ、きゃはは――って、はぐううっ」
「どうしたの急に変な声出して」
「……う、ううん、なんでもない」
 俺はなるべく人畜無害そうな微笑みを浮かべて、とりあえず目の前の制服女子高生に答えた。どうやら俺が乗り移った子の友達らしい。マクドナルドの店内でテーブルをはさんで座っているところだ。
 俺は適当な理由をつけてトイレへ立とうとしたが、いまの会話からふと一つの計画を思い付いていた。どうせ援交で稼いだ金を持っているだろうと予想したからだ。
「ねえ、あたし実はさー、女の子も好きなんだよね」
「えー、ヤダー、そうなんだ」
「あなたとエンコーしたいんだけど、いくら払ったら付き合ってくれるの?」

 ……。
「お客さん、お客さん」
 俺は肩を強く揺すられて、ようやく目を覚ました。
 たっぷり女同士のプレイを堪能したあと、年齢からは考えられないような熟度のお陰で激しく昇りつめた俺は、その後しばらく音も色彩もない灰色の空間を漂っていた。
 どうやら魂だけの存在になった俺がはまり込んでしまった場所らしい。
 とはいえ不安や怖れは微塵もなく、不思議と心やすらぐ世界であった。
 どれくらいそこにいたかわからないが、その後強引に元の部屋に引き戻された、というわけだ。
 普通二回も昇天したらもう結構という感じになるが、このサービスでは実際の俺の身体は射精していないから、奇妙な焦燥感と飢餓感にかられて、何度でも味わいたくなってしまう。
 何より、次々に違う女の身体とオルガスムスを体験できるのは悪魔的な魅力があり、俺はその誘惑に抗することなどできなかった。
 今度は人妻らしき上品な女。そして女子大生。お次は熟れたスチュワーデス。……途中からはサービスで追加料金なしになったこともあり、俺は満たされることのないような大きな欲望を埋めるため、発情期の獣のように女たちの身体をしゃぶり尽くしていった。
 身体を乗り換えるたび、二階の部屋で女の品定めをしている間の現実感は希薄になり、見知らぬ女の身体を弄んでいる時間だけが俺のリアルになっていった。
 何度目の絶頂だったろう。 
 俺の魂は女の身体を離れ、また灰色の空間を漂っていたが、今度はいつまで経っても自分の身体に帰ることができなくなっていた。
 コトが終わったあと、俺は毎回この灰色の空間に囚われていたが、その度にあの初老の男が俺を現実に呼び戻してくれ、次のプレイを楽しむことができたのだ。だが今回はいつまで経ってもその声は俺に届かなかった。
 そういえば回を重ねるたび、だんだんあの男の呼び声が届きにくくなっていたのは事実だ。
 ――まあいいや。
 どうせ現実に帰っても面白くもない会社やら人付き合いが待っているだけだ。ならばこの時間の流れも場所もはっきりしない灰色の領域に何時までかわからないが留まってみるのも悪くなかろう。
 俺は奇妙なやすらぎを覚えながら、甘やかな怠惰に身を委ねていった。
 ……。

「オニイチャン、もうジョウブツしたか」
 二階に上がってきた太ったフィリッピーナが、初老の男に呼び掛けた。
「ああ、どうやらそのようだよ。肩を揺すって何度呼びかけても身体に戻ってこない」
「アナタ、ホント悪い人ね。だまして人を連れてきて、ミンナ魂を抜いてしまうね」
「ふふふ、そう言うな。これの儲けの分け前はお前にも充分やっているだろう。こうして魂を抜いた身体は、臓器移植用に高く売れるんだ。なにせ生きたまま臓器を一つ一つ取り出していっても、心臓を抜くまで死なないんだからな。まったくもって便利なもんさ」
「デモ、なにも悪いことしてないのにカワイソね」
「なに、人生を投げているような奴ばかり選んで連れてきている。もともと生きる気力が希薄だから、すぐに魂が迷子になってしまうのだ。最後に天国を味あわせてやっているんだから、感謝してほしいくらいだよ、フフ。……じゃあ、組事務所の方へ身体を取りに来るよう連絡しておいてくれ」
「ワカタよ」



 ――こんな会話があの二階で交わされているとは、当時の俺は露知らず、あの灰色の空間でただけだるい安穏をむさぼっていた。
 俺がそれからどうなったか、気になる人がいるかもしれない。
 一応話しておこうか。
 俺は通常の意味では死んだ。身体が臓器移植用に供されてしまったからだ。
 だが、俺の身体から心臓が取り出されて生物学的な「死」が訪れた瞬間、俺の魂は灰色の空間から解放されたのだ。
 俺の魂は現実世界に戻ってきた――どんな人間にでも憑依できる能力を身に付けて。
 俺はまさしく悪霊のような存在になってしまったわけだ。
 一部始終を知った後あの初老の男によほど復讐してやろうかと思ったが、すぐにアホらしくなってやめた。元の生活に未練などなかったし、だいたいそんな暇があったら、他人に乗り移りその人生へ好き勝手に介入していた方が面白いからだ。
 特にあの男に可愛い三人の孫娘がいることを知ってからは、普段の俺は末っ子の中学生に憑依して暮らしている。
 実は、上の二人の姉も、あの初老の男に身体を奪われた男たちが憑依しているのだ。それどころか母親も……。初めて知ったときは笑ってしまったが。
 そんな訳で俺は先輩たちとファックしたり、身体を入れ替えてファックしたり、それぞれの彼氏や女友達も交えてファックしたりと、忙しい毎日を送っている。
 まさかあの初老の男も、愛する家族がこんな目に遭っているとは夢にも思っていないだろう。だが悪いのはもともと自分なのだから文句はいえまい。

 そこのあなたも、自分の人生がいやになったら、あの繁華街の少し寂れた夜の裏通りをとぼとぼ歩いてみるといい。客引きの男が同情を装い声を掛けてくるかもしれないから――。

==完==


●あとがき

 ダークな話になってしまいました(笑)。最初のアイディアでは観光地なんかによくある記念撮影用の板、人物なんかが描かれていて顔のところだけ繰り抜いてあるあれですが、あれで憑依できるという感じに考えていたのですが、最終的には立て看板になりました。舞台も、寂れた遊園地のビックリハウス、全国物産展、などを経て結局風俗店に。
 なんとか18禁にならないくらいの描写に抑えたつもりですが、いかがでしょう。これくらいなら今時の少年漫画誌でもアリだよね。少女漫画の方ならもっと凄いのゴロゴロしているそうだし。
 今んとこ、長編はライトノベル、短編はダークという感じになっていますね、不肖私の小説は。
 それにしても鬼畜な話は書いてて独特の楽しさがありますわ。

赤目/REDEYE


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18禁を超えていると思う  いや、超えてない  次回もこのテの話で  今度は健全な話で

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