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「美咲さんになって」 (9)


作:赤目(REDEYE)




 そんなこんながあって亮太と美咲は大会スタッフに案内されて楽屋へ入った。予選参加者は大部屋、これが本選まで進むと個室ということになる。さっきの欧州代表ドイツチームをはじめ、アジア、アメリカチームはすでにそれぞれの部屋に入っており姿はなかったが、それでも楽屋は予選出場者でごった返していた。
「みんなヤりそうね……。だんだん緊張してきたわ」
 美咲がちょっと不安そうに言った。
「なにを言ってるんですか。この人たちに勝たないと旦那様にメッセージ送れませんよ」
 亮太はコミケでコスプレを何度も経験しているし、大会に出たこともある。だからなんとなくわかるのだが、ざっと見たところ演技はともかくコスプレのレベルならそれほど光る出場者はいなさそうだ。これなら本選まで進めるかも……と胸算用をはじいていた。
 二人は本番用のコスプレ衣装に着替えると、順番を待った。やがて十二番が呼ばれ、ステージの袖に移動する。
 ちょっと袖から会場の様子をのぞいた美咲が凝固した。
「? ……どうしたんですか」
 亮太が不思議そうに訊ねると、美咲はギギギギと音がしそうなぎこちなさで振り返った。
「だ、だ、だ、だって。お客さんがあんなにたくさん……」
「え! ま、まさかあがり性なんですか?」
「あ、あがり性ってほどでもないけど……」
 美咲は心臓に手をやりながら肩で息をしている。
「なんでソラッセはそんなに平気なのよ。泣き虫白ブリーフ少年のくせに〜」
 わけのわからないことを言い始めた美咲を前に、亮太は頭を忙しく回転させた。美咲さんにいつもの過剰なほどの自信を取り戻させるには――。
「もう、美咲さんらしくないですよ。――あなたのネットゲームでのハンドルはなんですか」
「う……ガンダレフ」
「ガンダレフのキャッチフレーズはなんでしたっけ」
「降伏しない敵は殺戮。降伏した敵も殺戮」
「そうそう、その調子。会場にいるのはみんな敵だと思ってください。ガンダレフがあの程度の数の敵にひるむんですか」
「ひるまない……なんだそうか、敵か。ガハハ、それならどんとこい」
 ズルッと亮太がコケそうになるくらい、美咲がいきなり回復した。紙のようだった顔色に血の気がさしている。美咲が単純というより、ある種の極限状態のため暗示にかかりやすいのだろう。どうかこれが演技が終わるまで持ってくれと思いつつ、出番がきて亮太と美咲はステージに出た。

 二人の本番コスプレは、かねてからの計画通り『馬世紀ダヴィスタリオン』のレレとシンジンである。パイロットスーツ姿のレレである美咲は、出ただけで大歓声であった。とてつもなく似合っているのだ。ピッタリとしたスーツは美咲のある種の工芸品のようなスタイルをこれでもかと見せつけ、そのほっそりした流麗な“フォルム”を際立たせている。こうなってくると不思議なもので、美咲の緊張は一気に消えたらしい。表情に余裕がみえる。
 一方亮太は最初、『ダヴィ』のドイツと日本ハーフの少女キャラである、アスラ・カングレーとして登場する。亜麻色の長髪のかつらにオレンジの細いリボン、学校の制服姿の、ずいぶんとアニメよりは幼い感じのアスラである。こちらも歓声が怒涛のごとく押し寄せた。
 ひと通りキャラ成り切りで会話を交わしたところまでは良かったが――ここから亮太が反対した純然たるコントになるのだった。
「あるところにコスプレ好きの少年がおりました……。少年は人前で女の子キャラのコスをするのが大好きでした……。なぜってよく似合っていたからです」
 突然スポットライトが亮太に当たったあと、レレ成り切りの美咲が無表情なモノローグを語りだす。
 対してさまざまなカワイイポーズを取る亮太。
「それで、調子こいてこんな大会にまで出てしまう少年です……。しかしここで大きな誤算がありました。彼は人前で男の子キャラのコスプレをしたことがなかったのです」
 ここでいきなり美咲=レレが歩み寄り、亮太のかつらを取り、上着とスカートを脱がせてしまう。早着替え用のように、すぐに脱げるようにしてあったのだ。観客席から悲鳴とどよめきが響くなか、亮太は男子の半ズボン制服姿になり、シンジン君に変身してしまうというわけである。
「や、やめてください!はっ、恥ずかしいっ」
 いきなり赤面して身体をくねらせはじめた亮太に観客席からわーっと笑いが漏れる。素の反応なのだからこれ以上の“演技”はない。
 恥ずかしがる亮太を、陰険な美咲レレが言葉責めでえんえんイジるというネタなのであった。
 最後は大人の色香漂うアンニュイなレレと、シャイなシンジンの社交ダンスで終わる――これはアニメのシンジンとアスラのコンビネーション攻撃レッスンのシーンをイメージしたものだ。
 観客すべてを巻き込んだ盛り上がりで、割れんばかりの大歓声に見送られて二人はバックステージへ引っ込んだ。

「はーっ」
 亮太は廊下の壁に手をついてうなだれた。
「もう、僕死にたい……」
 そんな亮太の肩を後ろからポンと叩く美咲はニコニコ顔だ。
「どうしてよ? ものすごくウケてたじゃない。これで予選突破は確実よ」
「あれで通らなきゃ僕は恥掻き損ですよ……」
「ガハハ、大丈夫だっての」
「もう……美咲さん、ステージに出る前は真っ青で震えてたくせに。現金なんだから」
「なんか言った?」
「アイテテテ」
 亮太が美咲のゲンコツ万力攻撃を頭にくらっているところへ、後ろから声をかけられた。
「グーテンタァグ」
 見れば、真紅のパイロットスーツ、亜麻色の長い髪に赤のカチューシャ、碧眼の白人少女――それはもう完璧なアスラ・カングレーがいたのである。
 アスラはかわいらしく微笑むとまったく訛りのない日本語で「お見事でした」と言った。
「さっきは失礼しました。ほんとうに優勝候補だったんですね」
「?」
 亮太と美咲は状況がわからず顔を見合わせた。
「あれ、わかりませんか。さっきのドロ女王ですよ」
「ああ――って、えええ!」
 二人同時に指差して叫んだ。
 さっきは顔半分を仮面で隠していたとはいえ、あの凶悪セクシーなドロ女王様と、いま目の前でキュートな笑みを浮かべているアスラが同一人物とは到底思えない。
「そんなに驚かなくても……ちなみに今が素ですから。――申し遅れました、ドイツから来たイレーネ・ラングレンと申します」
「これはこれは」
 三人は自己紹介しあった。
「ドイツチームも決勝は『ダヴィ』ネタなんですよ。でも丸かぶりじゃないみたいで良かった。ただ焦りましたよ〜、亮太さんのアスラ、反則ロリカワイイだもん。あたしなんか元が金髪だからホラ、ブルネットのかつらつけなきゃアスラになれないんですから」
 イレーネはかつらをちょっとズラせてみせた。
「それにしても、イレーネさん、日本語うまいですね」
 亮太は、「亮太さん」と呼ばれるのも「イレーネさん」と呼ぶのもなんだか照れるなあ、と思いつつ訊いた。
「はぁ、よく言われます」
 にこにこしているイレーネに、「いや、そういうんじゃなく」と思わずツッコむ亮太。かなり日本語のギャグも理解しているようだ。
「あたし、日本大好きで、特に日本のアニメには小さい頃から目がなかったんです。ですから、クニでは日本人の家庭教師に日本語習っているんです」
「ほー、それはそれは。それでこのコスプレ大会に出場することにしたってわけね」
「そうです。ダヴィスタリオンはヨーロッパでも大人気ですからね。特にアスラが大好きなので……」
「イレーネちゃん、似合ってると思うわよ。アニメそのままだもの」
「ああら、そういう美咲さんこそ。アニメそのままですわ」
 そういえば二人ともパイロットスーツ姿で、亮太はシンジン君で、まさにダヴィの主要キャラ勢ぞろいであった。
「でもわたし、胸が大きいからスレンダーなアスラになるにはきつくって。胸回りをサポーターで抑えているんですよ」
 イレーネはスーツの窮屈そうな胸のところに手をやった。
 思わず亮太は目線がそこへ行ってしまい、恥ずかしく思った。ドロ女王様コスのときのことを考えたら相当なサイズだろう。
「そこへ行くと、美咲さんはスタイルがレレちゃんと同じでうらやましいですー」
 イレーネは美咲の胸元をみながら、そしらぬ顔で言った。
 美咲の眉がピクリと動く。
「……」
 バチチッ!
「?」
 亮太は気付かなかったが、女同士の間で激しい火花がその瞬間散ったのであった。
 イレーネは亮太に向いあうと一歩踏みだした。
「亮太さんのシンジン君コスよかったと思います。お笑いみたいにしてたけど、ショタっ子っぽくてあたしは好き。よかったらこの機会にメアドを交換しませんか?」
 亮太がなにか言うより先に、美咲が二人の間に割って入った。
「駄目です。ソラッセ……亮太くんの保護者としてフジュン異性交遊は認められません」
「あらー、フジュンだなんて。あたしまだ十九の乙女ですから」
 にこにこしながらイレーネが言った。
「――あの、失礼ですがお二人のご関係は?」
「北東神拳の師匠と弟子よ」
 美咲は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「へえ」
 ふたたび二人の間で火花が散った。
「?」
 亮太はまだ何が起こっているかわからず、二人の間できょろきょろキョドっている。
「じゃあ、決勝であたしたちドイツチームが見事優勝したら、また亮太さんのメアドをゲットしにきます」
「絶対にあたしたちは負けないけどね」
「ライバルですね。いい勝負をしましょう。――亮太さん、じゃあまたあとでね」
 イレーネはかわいらしくウインクして掌でバイバイすると、踵を返した。
「うぬぬ……」
 その可憐な仕草に、美咲は燃え上がった。そして突然右手を挙げて叫んだのである。
「ハイル=ヒトラー!」
 すぐさまイレーネは振り返り、やはり右手を挙げてやり返した。
「ギーク=ギオン!」
「ぐっ」
「ふふふ、アウフ ヴィーダーゼーエン」
 イレーネはにこにこしながら行ってしまった。
「もう、美咲さんいきなりどうしたんですか。ドイツの方にあれは失礼ですよ」
「ソラッセ、鈍感ボウヤすぎない? ほんと腹立つ女だったわ。これで絶対負けられなくなったんだから」
 そうこうしているうちに、亮太と美咲のもとに決勝進出の知らせが入った。

==続く==


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