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    「美咲さんになって」 (8)


    作:赤目(REDEYE)




     世界コスプレ大会の当日がやってきた。
     この大会は、書類選考の一次審査がまずあり、それに通ると今度は予選、そして本選という段取りになっていた。予選と本選は同じ日に、観客をいれた大きな会場で行われる。地方のイベントとはいえ、オタク業界を中心になかなかの盛りあがりをみせていた。
     特に本選には、北米、ヨーロッパ、アジアの3地域から代表が参加するため、形の上では文字通り世界のコスプレ覇者が決まるのであった。日本は世界のオタクたちの憧れの地なのだ。それゆえ、海外の参加者のレベルはムダと思えるほど高い。海外予選の熱気にみちた様子がすでにオタク業界でおもしろおかしく報じられていて、当日は地元のTV局の生放送も決定した。ネット中継用のサーバーも混雑を見越して大増強されたのである。

     そんな世界コスプレ大会に、亮太と美咲は遊び半分で――動機は美咲の夫を懲らしめる(?)ためと切実だが――応募したのだが、書類選考をなんなくパスし、予選まで進むことになってしまった。亮太はだんだんオオゴトになっていく大会の盛り上がりぶりにやや不安を感じながら、それでも出る以上は優勝を目指そうと、入念な準備をすすめた。
    「大丈夫よ、あたしたちなら余裕で世界一になれるから。ガハハ」
     美咲はそんな風にいってテキトーに済まそうとするのだが、亮太は同意しなかった。
    「ダメです。海外予選の動画見たでしょう? 予選通過さえどうなるかってとこなのに、本選であんな連中と勝負しなきゃならないんですよ」
    「そりゃま、ガイジンはデフォで金髪だったり赤髪だったり、眼の色も青・緑・グレイに、背は高いわスタイルいいわ、あれでアニメキャラのコスプレした日にゃ似あい過ぎってのはあるけど」
    「そらごらんなさい。僕らが勝てる要素ってなんですか」
    「そりゃもう、笑いのセンスよ! ガイジンに日本の笑いがわかってたまるかって。ね」
    「またそれですか……」
     美咲は、どうしてもコスプレして漫才をやると言って聞かなかった。実際、美咲の書いた台本はかなり笑えるもので、ネットゲーム仲間に内々で見せたところ、大好評であった。もちろん、それを舞台上で実演してウケるかどうかは未知数だ。
    「それに」
     美咲は亮太に身体を寄せて下からのぞきこむように亮太の眼をみた。
    「亮太くんのショタっ子アピールは強力だと思うけどぉ?」
     大人の女性のかわいらしい表情に、いまさらながら亮太は赤面してしまう。特に、なぜか美咲の鮮明なヌードが脳裏にちらついたり、その身体でさんざん遊びたおした幻想がよぎるのだから、ホント始末に悪い。だからなんとかごまかした。
    「んっ、んーーっ。お酒くさいです」
     美咲は口をとがらせた。
    「ひっどーい。なんならお口で直接アルコールを注入しましょうか、少年?」
     実際、泥酔こそしないが、ちかごろ美咲が酒を飲んでない日はない。これがまた、酔ってアンニュイになったときの美咲がふと見せる虚無的な表情が、中学生の亮太でも心の奥底がぞくっとするほどだから困ってしまう。
    「まっ、まあ、美咲さんなんだかんだいってカワイイですし、スタイルもフィギュア並だし……あっ、実際見たんじゃなくて、そんなことを勝手に思ってるだけです! すいません……こういうところはガイジンに勝ってますね。肌のきれいさって日本人独特のものだし、特に美咲さんの肌って……あっこれも想像で」
    「うん、まあ、『なんだかんだ』て部分が気になるけど……よく言われるー! ガハハ」
     こんな調子で過ごすうちにたちまち当日を迎えてしまったのであった。

     よく晴れた日曜日、会場は市内中心部にある古びた公会堂ホール。
     美咲の運転する左ハンドルの大型ワゴン車(雨根家のセカンドカー)でやってきた二人は、車を降りると公園の並木路を歩いていった。公会堂は都市公園のなかにあるのだ。
     開場前の入り口にはかなりの行列ができていた。
    「わあ、並んでる並んでる」
    「ほんとね、まだ予選まで時間があるのに」
    「あたし、ワクワクしてきました」
     美咲が立ち止まってちょっとあきれたように亮太を見た。
    「ソラッセって、なんでそうなの」
     なにが『なんでそう』かは、言葉にしなくても美咲の表情が雄弁にものがたっている。
    「だって……女の子キャラのコスプレすきなんだもん。この格好だと『みてみて』感じになっちゃうんです」
     亮太は屈託なくわらった。
    「くうう……こいつ。アピールうまいわ。あたしの方が緊張してきたわ」
    「美咲さんも似あってますよ。ガングロメイクもきまってるし」
     エントラス前でそんなことを話していると、列にならんでいた人から声をかけられた。
    「あの……すいませーん。もしかしたら、それ、コスプレですか?」
     いくつもの視線がこちらにくる。
    「あ、わかります?」
     亮太がかわいらしく答えた。
    「やっぱり! 『ふたりはドラキュラ』ですね。うわー似あってる! 写真いいですか」
    「ええ、どうぞ」
     周囲がざわざわしだして、何人かがカメラを持って近づいてきた。即席の撮影会がはじまる。
     亮太が、長い黒髪に色白で清楚な『キュラホワイト』。美咲が、茶髪ショートで色黒ボーイッシュな『キュラブラック』であった。このアニメは変身少女モノなのだが、二人のコスプレはOPにでてくる変身前のキャラの私服なのだ。しかもなるべくさりげなさを出すため、古着屋を回って同じ服を調達してきた。ある意味難易度の高いコスだが、大会の会場にくるような人たちなら気付くだろうという算段であった。
    「――えっ、きみもしかして男の娘?」
     しばらく撮影が続いてから、いまさらのおどろきの声があがった。
     亮太がキュートに微笑んで答える。
    「ハイ」
    「うわぁーっ、こりゃすげえ」
    「ノーメイクだよね、ノーメイクだよね」
    「キャー」
     黄色い声援まで入りはじめてまた騒ぎが大きくなった。どんどん人が寄ってくる。そこから亮太と美咲は数回ポーズを変えて撮影に応じたあと、頃合をみはからって小さな看板を出した。『12番』と書かれている。
    「わたしたち、これから予選に出場します。エントリーナンバー12番。応援よろしくね!」
     美咲が叫んだ。
    「えーっ、今日の出場者なんですか!」
    「こりゃ優勝候補でしょう」
    「そのキュラブラックかっこよすぎるよ〜。他の人勝てないよ〜」
    「あっはは、これはサービスですよ。予選では違うネタでいきますので」
     美咲も上機嫌であった。
     これは美咲の考えた作戦なのだ。まず予選前の自分たちの気持ちをあっためるのと、もちろん観客に応援してもらうためのちょっとした事前準備であった。もっと大きなコスプレ大会ならこうした行為はとがめられるだろうが、今回のような手弁当のものならギリギリ大丈夫だろうとふんだのだ。事実、まだ大会係員らしき人は寄ってきていない。
     これで作戦成功。
     予定ではここで亮太と美咲は無事撤退して、予選の楽屋に引っ込むことにしていたのだが……。
    「――呼ばれて、飛びでて、ジャジャジャーン!」
     突然声がひびいたのである。最後の「ジャジャジャーン」のところはムダにきれいなコーラスになっていた。
     そこにいた全員が声のした方を一斉にみた。
     奇妙な三人組がキメポーズをとって立ちつくしている、
     一人は黒のボティコンなコスのグラマーな金髪女性。顔は半分仮面に隠れているがゴージャスな雰囲気は隠しようがない。あとの二人は太りすぎの男とやせすぎの男だが、こちらも密着系の服を着ているため、かなりみっともない。やはり顔の上半分だけの仮面をつけているが、ただ怪しいだけである。どうやら全員白人らしい。
     それはもう、見事な三悪トリオであった。
    「おっほっほ! 日本の皆さんこんにちは! はるばる海を越えドイツからやってきた欧州代表チームよ」
     『ドロ女王様』と思われる女がよく透る声で名乗りをあげた。
     観客から「おおー」と声があがる。
     その声にかき消されないように、ドロ女王様は叫んだ。
    「それはそうと、そこの女!」
     手にもっていたハリセン状の扇子をびしっと美咲につきつける。
    「その程度で優勝候補とは片腹いたいわ! 地味よあなた! 華がないわ」
     いきなりのことに美咲は唖然としている。
    「でもそっちの男の娘はいいわ。お姉さんの好みよ。かわいがってあげるから楽屋にいらっしゃい」
     そう言ってドロ女王様は舌を出し入れしながら身体をくねらせるのであった。
    「あ、あう……」
     亮太は思わず怯えた表情で美咲の影にかくれる。
    「んまー、ソラッセ怖い? 怖いのね? あんなケダモノみたいな女に狙われてねえ、よしよし」
     美咲が相手に聞こえるように言いつつ、亮太の頭を撫でた。
    「あらまあ、ムカつくわその態度! ――でもまあいいわ、あなたたちの予選通過を楽しみにしてるわよ。あたしらは本選で待ってるからね。じゃあいくよ、手下1と手下2!」
    「アラホラサッサ!」
     三人のガイジンはまたもや声を合わせて歌いながら、退場していった。
    「らららドイツじん、らららドイツじん、らららら〜」
     あとには呆気に取られた人々が残されたのである。
    「強敵だわ……。あそこまでアホになれるのはすごい」
     美咲がつぶやいた。

    ==続く==


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