目次に戻る

「美咲さんになって」 (7)


作:赤目(REDEYE)




 亮太はまだ混乱していたが、やはりどう考えてもあの日のことはドリンク剤でみた幻覚にしか思えないのだった。――まさか自分が着ぐるみになって、その中に美咲さんが入ったり、逆に着ぐるみ化した美咲さんの中に、僕が入ったりしたなんて。なんでそんな奇妙な幻覚をみたんだろう。亮太は思った。きっと僕の心に、美咲さんへの好意が抑圧された形で膨らんでいたからだろう。年上の既婚女性への好意なんて、許されることじゃないからな。それで、欲望があんな形で解き放たれたんだ。
 亮太は亮太なりに、そんな結論を出しつつあった。
 ネットゲームでの美咲は、あの日からも別に変わったところはなく――まあそれとなくあのイグアナZの顛末に触れると話をそらすが、それは亮太が奇矯な行動を取ってしまったからに思えた――二人はもとの通りネットゲームをやり続け、ソラッセ=ガンダレフのチームはふたたび全国ランキングトップ10に迫る勢いになってきた。
 だが、PCのディスプレイでガンダレフの豪快なヒゲ面を見るたびに、どうしてもあの日の美咲さんの悩ましい表情や、フィギュアのように均整のとれた美しい裸体がチラつくのだ。そんな雑念が入りまくることもあり、以前のように亮太の推理は冴えが見られなくなった。
 また、美咲も昼間から泥酔していることが多くなり、やはりバイオレンスの暴虐度に陰りがみえた。そんなこんなで、トップ20を超えてからはどうしても十位以内に入ることができなかったのである。
 ある日、亮太はチャットで美咲に訊ねてみた。
「どうしてそんなに毎日お酒ばかり喰らっているんですか? 身体に触りますよ」
「うるしゃい。旦那がまだアラブから帰ってこないのよう。もう限界。もう限界。あたしなんか干からびて死ねばいいんだー。うわーん」
 こればっかりは亮太にはどうすることもできない。
 そんなある日、ネットゲームのログイン画面のリュニーアルがあり、そこにオタク業界ニュースのヘッドラインが表示されるようになった。ふと見れば、「世界コスプレ大会参加者募集中」という項目があるではないか。
(コスプレ大会か……)
 亮太はちょっと心が動いた。人前でコスプレするのは、美咲のマンションでしたのを最後にやっていない。クリックして詳細を読むと、大会は小規模ながら、世界から参加者を募り、決勝大会の様子はネット中継され全世界中に流れるらしい。加えてTVの取材に、海外メディアもカメラを持ちこむ予定とのこと。
(もしかして美咲さんと一緒に出たら、ご主人も見る可能性があるんじゃ……。気分転換になるし)
 チャットで美咲に切りだしてみると、美咲も気になってニュースを読んでいたらしい。
「そう! そうよ、旦那もゼッタイ見ると思う。あいつこういうの大好きだもん、仕事忙しくても必ずネットで生中継みるよ。なにを隠そうあたしのオタク趣味はぜんぶ旦那に仕込まれたんだから」
「ああ、そうだったんですか。……この大会、優勝したら会場でインタビューとかありますからね。そこで思いっきりご主人へメッセージを叫んだらどうですか?」
「そ、それだー! ソラッセおぬし天才だ。きゃっほーい、やろうやろう、すぐやろう。こんなカワイイ妻を放っておいてコスプレ大会だけは見るんだからあのヤロー、とんでもないやつだ。懲らしめてやる!」
 美咲はすっかり夫の未来の行動を確信して、今からエキサイトしているようであった。とりあえず完全にノリ気だ。
「で、どんなキャラでいきます?」
「ソラッセはやっぱり女の子キャラやりなさいよ。『カリオスカルの城』のクラレッサがいいな。かわいかったんだから! あたしは警部か伯爵をやる」
「ええ、それでもいいですが……このコスプレ大会は世界各国から参加がありますからね。キビシイ闘いになりそうです。できれば美咲さんも女の子キャラやったほうがいいですよ……美咲さん、すごくスタイルいいし。――い、いや、直接見たわけじゃなく、服の上からでもわかりますし」
「ヤダ、そう? ふふん、ちゃんと見るとこは見てんじゃないのこの思春期が。とうとうあたしの美貌を世界にむけて試すときがきたか、ガハハ!」
「ノリノリですね。じゃあ美咲さんはなにでいきますか」
「ああ、そういえばソラッセ、あたしの家に忘れものしてたでしょ。『馬世紀ダヴィスタリヲン』のレレちゃんのコスプレ服」
「え、ええ」
「あれだけど、勝手して悪かったけど、こっそり着てみたんだ。サイズもピッタリでさ、青毛のかつら被ったらわれながら似合うって思ったんだけど、ソラッセどう思う?」
 亮太の脳裏を、またあの時の映像がよぎった。確かにレレそのものって感じだったし、眺めまわした美咲さんの肢体、色々と試してみた表情、美咲さんの声で歌ってみた歌など、どれもカンペキにキャラになりきれてた。
 美咲さん中に入って身体を自由にしてたんだけど、本当にやけに鮮明な幻覚だったな――わずか数瞬の回想でも、亮太の頭をフットーさせるには充分であった。
「あ、あの……美咲さん、そのコスプレ服、着るのって初めてですよね」
「初めてよ。なんで?」
「い、いえ、別に。なんか、もしかしたら着たところを僕も見てたかな、なんて気がしたので」
「なに言ってるの、亮太くん。この服を試すまえにドリンク剤飲んで寝てたでしょ」
「あ……そ、そうなんだ。僕、寝てました?」
「うん、なんかうわごと言っていたけど、激しい夢でも見てたのかな?」
「そ、そうなんですよ、ドリンクの影響か変な夢みちゃって」
 美咲の話では、赤のドリンク剤を飲んでしばらくして自分は眠ってしまったらしい。これでなんとか亮太の不安は収まった。
「あたしがレレちゃんのコスプレするなら、バランス上ソラッセはダヴィの主人公の少年のコスプレがいいかな」
「えーっ、叱離シンジン(信心)くんですかぁ?」
「なによう、いいじゃない。わりと美少年系だし」
「だって、男子キャラのコスプレってしたことないんですよ。恥ずかしい!」
「ふふふ、それはいいことを聞いた。恥ずかしがるソラッセをあたしが攻めるプレイで笑いを取ろう」
「ちょ、ちょっと待って」
 毎度のことなのだが、今回も美咲に強引に押しきられる亮太であった。
 こうして亮太と美咲は、地方の商工会主催の世界コスプレ大会に出場することになったのだ。

==続く==


目次に戻る

●感想フォーム
 面白い  普通  つまらない

コメント (一言頂けると作者の励みになります)

名前 メールアドレス

inserted by FC2 system