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「美咲さんになって」 (2)


作:赤目(REDEYE)




 なんで美咲さんはあんなに怒っていたんだろう。
 まだまだ女心のわからない亮太には、それがどうにも理解できていなかった。
 次の日の夜までには、互いに謝ってなんとかゲーム上では関係を修復したものの、亮太と美咲の間は実のところギクシャクしたままだった。それはソラッセ=ガンダレフのコンビネーションにも影響し、ソラッセの推理は鈍り、ガンダレフのバイオレンスは控え目になった。結果、一旦さがったプレイヤーレベルもなかなか上昇させることができない。いつも全国でトップを争っていたチームは凋落したまま這い上がれないのではないかと思われた。
 そんな日々が数日続き、これはいけないと亮太は考えはじめていた。
「あの……美咲さん」
 亮太はゲームのチャットで呼びかけた。
「おう、なんだソラッセ」
「今度僕の家へ遊びにきませんか――と言いたいところだけど、美咲さんみたいな美人のおねえさんがきたら親がビックリするので…」
「美人だと? まあよく言われるけどな、ガハハ」
「冗談はさておき(w)」
「あ?冗談だと!(笑) ……まあわかるわ、あたしみたいな年増の人妻が亮太くんの家へ行ったら親御さんおどろくよね」
「ま、またぁ……二十歳のどこが年増ですか、もう。……と、とにかくですね、ちょっと重大な話があるので、また美咲さんの家へ遊びに行っていいですか?」
「なんだ。何の話?」
「僕の秘密をお話します」
「――えーっ、そうだったのか!」
「まだなにも言っていません」
 そんなわけで、次の日、また亮太は美咲の部屋を訪れることにしたのである。

「お邪魔します」
「久しぶり、元気だった?」
「ええ、午前中もゲームで共同プレイしたばかりですね」
 美咲は今日も変わらず楚々としていた。言われなければまず結婚しているようには見えない。ただ今回はしっかり結婚指輪をしている。
「――なんだ、荷物があるならクルマで迎えにいってあげたのに」
「いえ、そんなにかさばるものではありませんので」
 亮太はMTBで美咲のマンションに出かけてきていた。
「で、秘密ってなに秘密って」
 その美咲がリビングに入るなり、身を乗りだすようにして訊いてきた。興味津々な顔だ。
「すごく食いついてきてますね。……ちょっと着替えなければなりません。ここで待っていてくれますか?」
「着替え? あ、そのカバン着替えなの? うん、まあいいけど」
 美咲の疑問いっぱいの視線を背に、亮太はカバンを手に部屋をでて、ふたたび玄関までもどった。そこにあった全身がうつる姿見のまえで、手早く着替えをすませる。
 
 美咲がリビングのソファーで亮太を待っていると、しばらくして部屋の入り口の影から声がきこえた。
「美咲さん? じゃあお部屋に入りますね?」
「うん! 入りなよ」
 美咲がちょっと亮太にしては高く甘ったるい声だったな、と思ったときには、つぎの驚きに襲われて腰を半分うかせてしまっていた。
 部屋に入ってきたのは、セットされた亜麻色の髪の少女で、肌の白さがまぶしいばかりだ。身体にぴったりとしたドレス風のワンピースは、上品な刺繍の装飾が施され、ほっそりとした肢体からは気品がにじみ出るかのよう。足元をおおう白のハイソックスは、それでも妖精のように中性的な脚の線を隠しきれていなかった。
 少女はしずしずと部屋のなかを歩きソファーの前までくると、そこでスカートの端を両手でつまんで、小首を傾げてポーズをとった。
「いかがですか?」
 声も姿に合っていて甘く澄んでいる。
「う、あ…」
 美咲は呆然として、中腰のまま思わず相手を指をさしてしまう。
「……コスプレ?」
「はい」
 可憐な微笑みで答えがかえってきた。
「映画『アルセーヌ三世 カリオスカルの城』のクラレッサ……?」
「はい」
 さらに可憐な微笑みがかえってきた。
「似合う!」
 へた、と力尽きたように美咲はソファに座りこんでしまった。直後、「似合う似合う似合うっ」と叫びながら脚をドカドカ踏み鳴らす。
「このソラッセめ! こんなにクラレッサのコスプレが似合うってなんで早く言わなかったのよう」
「うふふ、良かった。最近していなかったら、まだいけるかどうか心配だったんです。大丈夫だったみたいですね」
「造り声まで女の子になりきりおって! ワハハこやつめこうしてやるこうしてやる」
 美咲はソファーから飛び上がると、クラレッサに成りきった亮太に抱きついてめちゃくちゃにした。
「きゃ、くすぐったいですぅ。止めてください、オネエサマぁ〜?」
「こやつめ! 人をたぶらかすツボを心得ておる! もはや止まらぬ、わしの血は逆流したわ。えい、折檻じゃ折檻じゃ」
 バカなことをしているうちに十五分くらい経ってしまった。

「ソラッセにこんな秘密があったなんて……」
 はしゃぎ疲れてソファに腰を降ろした二人。クラレッサのコスプレをしている亮太はちゃんと膝をそろえてて女の子座りをしている。
 そんな亮太に美咲は興味津々のジトジト視線をむけながらつぶやいたのだ。
「さすがに、少女キャラのコスプレが趣味だなんてそうそう触れまわれないですよ」
 美咲の視線には、あんなに長時間ネットでいっしょだったのに隠しごとをするなんて、という非難がすこし含まれている。確かにガンダレフとはゲームのことだけでなく色んなことを話しあったが、言えないことも勿論あった。
「しかもクラレッサといえば、日本のアニメ界を代表する間宮岬ぱやお監督の渾身のロリキャラだからね〜」
 亮太のあまりにハマった女の子っぷりに、あきれたような感心したような表情を美咲は向けてくる。
「あはは……実は美少女コスプレコンテストで優勝したことがあります。女の子の参加者をさしおいて」
「……信じられないやつ」
「今日はもってきてませんが、『スイスの少女ヘイジィ』のクラーナもできます。でもあれ、本格的にやろうとすると車椅子が必要になるので……」
「こら、それも同系統のロリじゃないの。……しかしこんなに女の子の格好が似合うとは、初対面ではわからなかったわ。はぁ〜、これぞ君子豹変す…か?」
「とりあえずこれで、秘密の件はお互いさまということですね」
 亮太は元の服装に着替えようとソファを立った。コスプレ会場以外の場所でクラレッサになるのは実をいうとさすがに恥ずかしい。しかも相手はまだ会って間もない大人の女性なのだ。
「いや、ちょっと待った! 忘れてた忘れてた、あばばばば」
 あばばばばと言いながら美咲もあわてて立ち上がった。
「写真よ!写真を撮るのよ! そんなカワイイ格好を記録に残さないでどうすんの。待ってなさい今デジカメ持ってくるから」
 亮太が断る暇もあればこそ、大口径レンズを備えたデジカメが持ちだされ、強制的に撮影会がはじまった。その日は美咲の部屋でいっしょにゲームもしないまま、そんなことで終わってしまった。

 この日を境に、またソラッセとガンダレフのチームは歯車がカシャリと噛みあうようになり、すさまじい勢いで進撃を開始した。順位もゴボウ抜きで上昇していき、以前のようなプレイヤーレベルに日に日に近づいていったのだ。
 ただゲームの勢いは以前と同じだが、オフ会以来変わったことがある。それはチャットでの美咲の言動だ。既婚であることをみとめて安心したのか、夫への愚痴を亮太にむけてコトあるごとに話すようになった。いわくちっともアラブから帰ってこない、連絡しても電話はガチャ切りメールは無視される。毎日一人で寂しいよう、だからまた遊びにこいソラッセうんうん。
 あと、このところ夜の酒量がふえているらしい美咲は、亮太が予想どおりのイタイケな少年であったためか、悪酔いの末に公然とセクハラするようになったのである。ソラッセ、初体験はまだなの?好きな子いる?どこまでやったの? こんな風に絡んでくる美咲には亮太も心底閉口した。
 こんな日々が続くうち、とうとう二人の間に抜きさしならぬ大事件がおきる日がやってきたのだ。

==続く==


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