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「美咲さんになって」 (10)


作:赤目(REDEYE)




 ――と、ここまでは一応は順調だったのだ、ここまでは。
 ここからまさかの急展開。

 亮太はまちがいなく人生最大のピンチを迎えていた。人は、あまりにあまりな出来事が目の前でおこると、ロクな反応もできず口半開き、目を見ひらいた状態で凝固してしまうのだな、と身をもって知った。
 なんせもうすぐ決勝の出番だというのに、美咲が控え室のかたすみで例の緑の奇妙な栄養ドリンクを口内にブチこんでいる、しかも二本連続で。
「ソラッセ、ごめん! あたしもうだめだ。あとはよろしくっ」
 そうヤケクソ顔で言い残して。
 亮太は「ちょっ……」ともらし美咲の方へ片手を伸ばしかけたまま、固まってしまったのだ。
 どうしてこうなったか、というと。

 予選は無事きりぬけた、そこまではよかったのだ。
 亮太と美咲は決勝出場チームのために用意された個室の控え室にうつった。だが控え室には小さなモニターしかなく、美咲が他のチームの演技を直にみておこうと提案し、二人は舞台の袖にいってみたのだった。
 これがいけなかった。
 ドイツチームの演技はミュージカル仕立てで素晴らしかった。イレーネは、あれだけ言うだけであって、見事にアスラになりきっており、美しい声でオペラ風の歌を歌った。他の男性二人はダヴィスタリヲン・ロボのコスプレをしており、スタイリッシュなダンスをしながらこれまた抜群のハーモニーを聞かせた。ロボと「シンクロ」しない悲しみを表現した演技である。会場はやんややんやの大喝采で、カーテンコールが必要なほどであった。
 他のチームもレベルの高い演技を次々とみせる。さすがに外人は表現が大仰で、それがかえって舞台映えするのである。これで美咲は気分が「↓」になってきたところへ、袖からホールをのぞくと3階まで客がぎっしり、TVカメラも数台が客席からこちらを狙っている。いずれも予選の時にはなかった光景で、それだけ決勝は注目度が高いのだ。ネットでのストリーム配信と同時に、TVでも中継されるのである。
 これを見て、美咲が今度こそ真っ青になってしまったのだ。
「あれ? 美咲さん、どうしたんですか」
 気がつくと美咲は亮太に背を向けてヨタヨタと歩きだしていた。亮太の声も聞こえない様子で、夢遊病者のようにとうとう控え室までもどった美咲は、カバンのなかからハデなラベルの小瓶をとりだした。
「あっ! その栄養ドリンク」
 亮太がおどろいてると、美咲は二本連続であおったというわけだ。
「な……!」
 あれは夢だったんじゃ、などと亮太は一瞬思ったのだが、目の前でレレのコスプレをした美咲の身体が空気のぬけるようにヘナヘナと床に倒れ、ぺしゃんこになってしまったのを見れば、もう現実とは何かを再認識するしかない。そう、これは事実である。
 それでも亮太はその光景のまえで、しばらく固まったままであった。
 十秒、二十秒……。
「マンションでの出来事は、幻覚じゃなかったのか……」
 亮太はつぶやながらガクゼンとした。
 僕がドリンクを飲んで、「皮」になってしまい、それを美咲さんが着て、オナニーを五回もされてしまったこと。今度は逆に美咲さんが皮になり、それを僕が着て美咲さんの身体でコスプレと女性のかわいらしさを堪能したこと。
 亮太はヒザの力がぬけてしまい、まさにこんな→「orz」格好になって床にへたりこんだ。ああ、人は本当に絶望すると立っていられなくなるのだな――できれば人生で悟らなくてもいいこと、今日ふたつ目の教訓だった。
 それにしても――。
「美咲さんは勝手だ」
 床をみつめながら、亮太の心にだんだんふつふつと湧いてくるものがあった。
 顔をあげて美咲をみると、少し離れたところに、脱ぎ捨てられたウェットスーツのように、空気がぬけて手足が少しへんな方向に曲がってる美咲の身体がある。そのちょっと潰れたようになった顔は、どんな加減かすこし笑っているようにも見えた。
「美咲さんはひどい。――もう、どうしていつもこういうことするの?」
 美咲は変わらずうす笑いをうかべてこちらを見ている。
「もう、どうなっても知らないからな!」
 実際リタイアするのでなければ、決勝での演目は、二人のうち一人なら美咲一人でやるしかない内容だ。つまり、亮太が美咲の皮を着込んで美咲になりきって演じきるしか道はないのだ。
 ここまできて出し物の内容を修正するとは無茶すぎたが、幸いなんとか即興で二役をすれば乗りきれないことはない。そこまで美咲は見越したのだろう。
(僕にできるだろうか)
 ペタンコになってしまっている美咲を見ながら亮太は思った。
(美咲さんになりきらなきゃダメだ。美咲さんになりきって、今度はコスチュームを着てレレちゃんを演じるんだ。……そうか、これって)
 亮太は胸がドキドキしてきた。
「これって……『美咲さんのコスプレ』だ。美咲さんの皮を着て、美咲さんを演じるんだ。――その美咲さんがレレちゃんを演じるところを、さらに僕が演じるってことか」
 こんな難しいことを押し付けてペチャンコでのびている美咲がうらめしかったが、亮太は頭が痺れるほど興奮してきた。
 確かに女の子キャラのコスプレには慣れていたが、それはあくまで約束事としてのキャラを演じるだけで、誰かを騙すということではない。だが、今回は現実にいる雨根美咲という女性になりすまして、周囲を欺かねばならないのだ、その皮を被りこんで。
 少女キャラコスプレの趣味がなければ、また変に生真面目で責任感が強かったりしなれば、亮太も逃げ出していただろう。損な性分であった。

 亮太は立ち上がると、美咲がのびている部屋の隅までいった。身体はペチャンコなのに、本当にいつも見慣れた美咲のままであった――本人そのものなのだから当然だが。
「はぁっ、美咲さん、本当にどうなっても知りませんからね。今度ばかりは好きに身体を使わせて貰いますから!」
 喋っていないと頭がどうかなりそうだった。亮太は、空気の抜けた美咲の身体を慎重に抱えると、部屋の長テーブルの上に横たえた。
 コスプレ衣装を脱がせてゆく。普段の美咲さんがこんなことされたらどういう反応をするだろう――だが、言うまでもなく美咲は虚無的な笑みのまま(今度はそう見えた)、されるがままになっている。
 とうとう下着だけになった。ブラも外すと、つぶれてはいるが眩しいようなきれいな乳房が露になった。
(ああ、美咲さん、こういうことをされてもいいんですね)
 前回は脱がせなかったパンティも、今回は脱がせてしまう。ちょっと濃い目のアンダーヘアとともに秘部が露になった。
(これが美咲さんの秘密の部分か……)
 亮太は生でみるのはむろん初めてであった。
 秘部と美咲の顔を何度も見比べる。
「もう、見ちゃいましたからね。こんなイケナイことをしていい、ってことなんですよ、こんな時に勝手に緑のドリンク飲むなんて」
 亮太は言い訳のように独り言をつぶやいていた。
 自分のコスプレ衣装も脱いで、全裸になる。こうしないと生命エネルギーの浸透がうまくいかないのだ。
 裸のまま、これまた一糸まとわぬ美咲ボディの肩をつかみ、さっと持ち上げた。壁の全身が映る大きな鏡にむかい、服をあわせる時のような格好で、美咲の身体を自分の身体の前へもってくる。
 鏡の中には、うなだれて表情のない美咲と、その空気のぬけた身体を抱える自分が映っている。美咲の身体は、ペタンとしているとはいえ女性らしいほっそりとした手足とたおやかな曲線をみせていた。その肌触りの心地よいこと。
(いまから、この人になるんだな……)
 亮太は背後から美咲の髪に半分顔をうずめ、鏡に映った無表情な美咲の顔をながめつつ、あらためて頭がフットーしそうになっていた。なんで今回はこんなにテンパってるんだろ、と冷静に考えている自分もいる。前回は赤のドリンクの影響で頭がボーッとしていたのと、あまりのことに半分現実とは思えず、何がなんだかわからいまま過ぎてしまった、ということがある。今回は頭がはっきりしていて、完全に現実だとわかったのと、ビデオだって回していない。それでよけいに背徳感がたかまるのだろう。

 いくら眺めていてもラチがあかない。亮太は、美咲の背中に縦にひらいた切れ目をひろげると、全身タイプの着ぐるみを着るときの要領で(まさにそれは「超リアル」女性着ぐるみだった)、右足から美咲の身体のなかにつっこんでいった。空気がぬけてふわふわしていた美咲の右足が、亮太のそれが通るにしたがって、実体をもってしなやかに伸びていく。足先まで通すと、すらりとした美咲の脚が一本亮太のものになった。足の指を動かしてみると、上品なペディキュアを施した指がピクピクと動く。
(ああ、オシャレだな、美咲さん……)
 そして左脚も――。トントン、とちょっと亮太は飛んでみた。両足を美咲の身体のなかへ完全にいれると、下半身は美咲のボディ、そして上半身は自分の身体というちょっとブラックな姿が鏡に映っていた。もじもじと自分の脚を動かすと、美咲の脚がそのとおり卑猥に動く。
 いっぽう美咲の上半身の「皮」は、背中の切れ目をひろげて、おじぎをするように腰のところから前屈みになっている。両腕もだらんと垂れ下がったままだ、ついでにいえばシャギー気味のセミロングの髪も。
 亮太は、そんな美咲の皮の胸の部分に手をやって、上半身を抱えてぐいっと起こした。鏡をみると、美咲はこくんと首を傾げるようにして微笑みを浮かべている(そんな風に見えた)――後ろから抱きかかえているような格好だ。また亮太のなかに罪悪感が駆け抜けた。
「み、美咲さん、許してください……も、元々僕が悪いんじゃないですから」
 人の良い亮太は、興奮と混乱でもう蚊のなくような声になっている。
 亮太は左腕から、美咲の背中の皮をひろげてもぐりこませていった。
 だらんと垂れ下がっていたふにゃふにゃの腕が、亮太がシャツを着るように差し入れていくに従い、すうっと本物の腕になっていく。最後は、マニュキュアをした手に自分のそれを手袋のようにはめこんだ。
 手にいれた美咲の左手で、今度は右肩のところをひっぱりスペースをつくると、亮太は右手を差し入れていった。また同じことがおこり、しなやかな手がもう一本亮太の意のままになった。
 もう上半身もほとんど美咲の皮のなかに埋まってしまい、あらためて鏡をみると、頭以外は完全に美咲のボディになってしまった自分が映っていた。
 美咲の頭は首のところから、おじぎするように前へと垂れている。半分美咲の髪に顔をうずめつつ、亮太は自分の顔を見てみた。
 他人が見たら笑ってしまうかもしれないが、その顔には悲愴な決意が浮かんでいた。
「よしっ、今から美咲さんになる!」
 亮太は自分に気合を入れると、いまは自分のものとなった美咲の手で美咲ヘッドをつかみ、自分の頭をその中へ突っ込んだ。ずるずると「皮」が亮太の顔に密着する感触がして――一瞬後、視界が明るくなって、目の前に美咲がちょっとびっくり顔で立っていた。
「わっ」
 思わず声が出る。色気もなにもあったもんじゃないが、その声も、いつもの美咲の声だ。
 背中の皮の切れ目が癒着していく感覚がした。

==続く==


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