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「美咲さんになって」 (1)


作:赤目(REDEYE)




 約束の場所にいたのは、ほっそりとした若い女性であった。亮太は何度も腕時計と今いる場所を確認した。十四時まであとちょっと、駅前広場のイグアナ像前――間違いない。だいいち目印のゲームロゴがプリントされたリフィル手帳を持っている。声をかけていいものかどうか迷っていると、女性は携帯をだして手早くメールをうった。すぐに亮太の携帯が震える。女性に気付かれないようにそっと後ろをむいて携帯をひらくと、いつもの調子のメールが届いていた。『名前:ガンダレフ 本文:オラオラ、俺はもう十五分待ってんだぜ。早いとこ来いやヘタレ野郎のソラッセ。ガハハ!』
 ソラッセというのはオンラインゲームでの亮太のハンドル名だ。じゃあ、やっぱり間違いないのか。あの女性がゲームで筋肉ダルマの怪力おバカキャラを操作しているプレイヤーのガンダレフなんだ。絶対に三十歳くらいのおじさんだと思っていたんだけどなぁ。亮太は気後れするのを感じた。
 うじうじしていてもしかたない。亮太は決心すると振り向いて女性へ歩みよっていった。亮太も同じリフィル手帳を持っている。すぐに女性もこちらに気付いた。にこっと微笑んで声をかけてくる。
「ソラッセくん?」
「ああ、はい」
 スッとしてきれいな人だなあ、と亮太は思った。歳は二十歳くらいだろうか? 細面で瞳はおおきく、シャギー気味の染めてない髪は肩にかかるくらいだ。化粧のせいか目もとに不思議な落ちつきがあった。
「はじめまして、ガンダレフです」
 女性は律儀に頭をさげた。
 亮太も恐縮しつつ頭をさげる。
 女性は緊張をとくようにちょっと息をはくと、いたずらっぽい目になって訊いてきた。
「ガンダレフが女でびっくりした?」
「ええ、ちょっと。ガンダレフさん、自分でもオヤジだって言ってたじゃないですか」
「ふふ、まあね。オンラインゲームでは大暴れしたかったから。――ソラッセくんは予想通りのイタイケな少年だったね」
 女性は亮太の目をのぞきこんでちょっと値踏みするように言った。
 大人の女性のそんな態度に亮太は顔を赤くした。
 はあ――ゲームでつるんで四六時中いっしょだった相手が、まさかこんなかわいらしい女性だったなんて。亮太はなんともいえない心持がした。

 いっしょに入った駅前のファミレスで、女性は美咲と名乗った。
「へえ、亮太くんは十五歳なんだ。じゃあ中三?」
「ええ、そうです。美咲さんは――あ、そんな風に呼んでいいですか?――」
 亮太は相手がうなずくのを確認してから、
「女子大生ってところですか?」
「うん、まあそんなとこ」
 美咲はちょっとあいまいに答えた。
「OLさんみたいにも見えます。大人っぽくていらっしゃるから」
 亮太が何気なくそう言うと、美咲はくすっと笑った。
「亮太くん――、ほんとにソラッセくんと同じ馬鹿丁寧な喋り方するのねえ。やっぱり同一人物なんだなァ。それに、あたしまだそんなに歳じゃないよお。二十歳のピチピチガールだからね?」
「そうですか、すいません」
 亮太はあとで美咲が二歳サバを読んでいたことを知るのだが、それはまだ先の話である。

 亮太と美咲がオフすることにしたのは、オンラインゲームの作戦会議のためであった。もちろんくる日もくる日も朝から晩までネット上でいっしょにいて、互いに興味が湧いたということもある。チャットしたり、怪物を倒すために共同戦線を張ったりしていると、不思議なもので相手の物の考え方やら個性といったものまですべてわかってくる。それで馬が合いそうな相手なら、自然と実世界でも会おうという話になるのは珍しいことではない。
 しばらくファミレスでいまプレイ中のゲームのことを話していると、やはり亮太には目の前の女性が自分の知っているガンダレフだということがわかってきた。落ちついた感じの容貌のひとだが、その中身といえは豪快で平気でリスクをとる冒険者っぽいところがある。慎重で石橋を叩いてわたる亮太とは好対称であった。水と油のようだが、これがゲームで組むと互いの欠点を補ってかなり強力なチームになるのであった。
 ふと気がつくともう二時間も話しこんでいた。時計を見て美咲がいった。
「ソラッセくん、まだ時間あるかな? もしよければこれからあたしのウチへ移動しよう。ここより寛げるし、なによりパソコンがあるからね。ちゃんと二台あるから、同時プレイもできるよ」
 今日は二人ともノートパソコンは持ってきていない。互いにヘビーゲーマーで、ノート程度の性能では満足しきれないのであった。
 しかし亮太は、初めて会ったばかりの女性の部屋へ行っていいものだろうか、いくら相手が大人だとはいえ――そんなことを考えてしまった。
「なに黙ってるのー、遠慮しなくていいって。ここから車で三十分くらいだよ。あ、車は駅前駐車場に停めてある。帰りも送ってあげるから」
「――わかりました。では、ちょっとだけお邪魔します」
「まったくソラッセは堅いなー、おれっちにまかせとけ。ガハハ」
 美咲はゲームのガンダレフ風の口調で笑った。
 亮太は左ハンドルの欧州車に乗せられて、美咲のマンションへむかった。
 さっそうと外車をあやつる美咲は、ますますカッコいい大人の女性に見えたのであった。
 その日、趣味のよい調度の5LDKの部屋で、亮太は美咲と並んでネットゲームをプレイした。超高速回線が整備され、パソコンは二台とも最新パーツをふんだんに使った超ハイエンド自作機である。並んでプレイしても調子がくるうということもなく、いつにも増してソラッセ=ガンダレフのチームの動きは冴えわたり、他のチームを圧倒したのであった。
 夕食時まえには亮太は辞することにし、美咲に家まで送ってもらった。
 家でも亮太はプレイをつづけた。オンライン上にはガンダレフもいる。そんなこんなでその日の深夜。
 作戦会議のチャットの途中で、亮太は美咲に語りかけた。
「ガンダレフさん、――いや美咲さん。今日はいろいろとありがとうございました」
「なんだよう改まって。また遊びにこいよなー、ガハハ」
 相変わらずネット上では怪力おバカキャラになっている美咲である。
「あの…ひとつ質問していいですか」
「おうよ、なんでも訊いたれや」
「美咲さん……本当は結婚されてますよね」
 画面に表示されているガンダレフがその途端固まった。十秒、二十秒……たっぷり三十秒経ったあと、美咲の反応があった。
「な、なぜわかったー! わが人生に悔いなしっ」
「ちょっと、死なないでくださいよ。やっぱりそうでしたか」
「くうう、イヤなヤローだ。ソラッセの推理力は実世界でも健在ってことかい」
 実際、ソラッセ=ガンダレフ組が強いのは、亮太の推理力と作戦立案能力が高いためでもあった。
「明智くん! キミの推理を聞こうじゃないか! こんな若くてピチピチのイイ女を捕まえて人妻よばわりとは! 失礼じゃないか」
「いや、失礼て……。美咲さん、とても落ち付いていらしたから。大人の女の余裕と抱擁力を感じました」
「へ? そ、そう?」
「それと、車も女性があまり乗りまわさない外車だったのと、マンションは一人ぐらしにしては広すぎます。玄関の下駄箱に男物の革靴が揃っているのが少しみえました。といって、同棲しているような生活感もない……。まあ決め手は、美咲さんの左手の薬指にあった指輪のあとでしたが」
「ぐっ……バレてたか。今日だけ外してたんだよぅ」
「たぶんご主人は長期出張に行っているか、単身赴任ですね。それは中東方面ではありませんか? 部屋のなかにアラビア風のオブジェや調度がちょっと不釣りあいな感じで置いてありましたが、あれがお土産ではありませんか?」
「ぐうう……きみストーカーの才能あるぞう」
 すべてを言い当てられてしまったしまった美咲が荒れはじめた。
「ソラッセがいじめる! ソラッセがいじめる! 大人をいじめる悪い子だ! うわあああん」
 画面には髭面のゴリラみたいな大男が泣いているところが表示されている。ああ、今夜も美咲さんは飲んでるな、と亮太は思った。美咲は夜になると飲みながらプレイしていることがよくあり、そんな時は酔いにつれてますます言動がワイルドになるのでわかるのだ。
「い…いや、もしお気に触られましたらすいません」
「ダメだ!許さねえ。ここで会ったら百年目、勝負だソラッセ!」
 突然ガンダレフが襲いかかってきた。
 この夜のことは、ネットゲーム仲間の間では『ガンダレフ=ソラッセ大戦』と後に呼びならわされる大騒ぎになり、潰しあいの結果二人のプレイヤーレベルは一挙に大幅ダウンとなってしまったのであった。

==続く==


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