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蹴りたいド真ん中
(下)

作:赤目(REDEYE)

 猪名川の説明によると、あのランプには不思議な力があり、誰かの髪の毛をいれて呪文を唱えこすると、その誰かの魂をランプの中に吸いこんでしまうらしい。そして代わりに術者の魂が相手の身体に入るんだとか。
 なんか嘘っぽいけど、実際いまあたしたちの身体が入れ替わっているんだから信用するしかないのかなぁ。
「ちょっと待ってよ、それだとあたしの魂はランプの中に入ったままじゃないの?」
「そうだけど、魂の入ったランプをカラになった術者の身体へ持っていくと、魂を口から注入することができるんだ。これで僕たちは入れ替わったってわけ。いまいった手順をもう一度やればいつでも戻れる」
 ひええ……まさかこんなマンガみたいなことがあるなんて。あたしはマジマジと、いまは自分の手になった猪名川のごっつい手をかざして見た。
「まあ身体を入れ替えたのは今回が初めてなんだけどね」
「なにそれ」
「これまではただ単にクラスの女の子の身体を僕が使ってただけだから。その間僕の身体は抜け殻状態」
「クラスの女子の身体を使ったぁぁ?」
「そ。蓋彩さんも見たでしょ。あの写真集」
「写真集って……ええっ? あれアイコラじゃなかったの!」
「違うよ。実際にクラスの女子の身体を着込んで、この部屋でコスプレして写真を撮ったんだよ」
 あたしは何か言いかけたままあんぐりと口をあけて数秒凝固した。じゃあ、クラスの女子全員に猪名川が乗り移って、フリフリのメイド服やらスッチーの制服やらその他モロモロをとっかえひっかえ着ては、勝手にポーズを取って撮影していたんだ。……猪名川、あんたはあたしが考えていた以上の大物よ。ううん、想像をはるかに超えてる。
「だけど、セルフ撮影っていろいろ制限があってさ、ポーズとかも限られてくるし。……それで、あの」
 猪名川はあたしの顔ではにかんだ。まあ頬を桜色にしちゃってかわいらしい、ってもともとあたしの顔じゃん!
「蓋彩さんの写真だけは、誰かに撮ってほしいな、と思ってて。それで二人の身体を入れかえれば、蓋彩さんの身体を着た僕を、蓋彩さんが撮れるでしょ?」
「なるほどね、よく考えたわね。――え? しばし待たれい!それならわざわざ身体を入れ替えなくてもいいでしょうが」
「そうもいかないんだなぁ」
 猪名川は急に蓮っ葉な表情になって目をそらした。
「僕が女の子の身体を着たほうがかわいくなるだよねえ」
「なーんですってぇ?」
 言いつつも、あたしはヒトミの写真を思い出していた。たしかにあれは普段のヒトミより数倍かわいかった。表情や所作やコスチュームであそこまで雰囲気が変わるとは。それはクラスの他の女子にもいえた。いつもパッとしない子が、あの写真集のなかでは見違えるようにきらめていた。あたしがあの写真集にある種ジェラシーをおぼえたのも考えたらそのせいかも。
「わかったわ猪名川、やってやろうじゃないの。その代わりといっちゃなんだけど、最高のモデルぶりを発揮してよね。あたしも最高の写真を撮りにいくから」
 なんでこんな流れになったのかイマイチすっきりしないけど、あたしは猪名川の申し出をうけることにした。考えたら自分の写真を完全に他人の立場になって撮る機会なんて、こんなマンガ的な出来事でもない限りありえないもんね。
「ん」
 猪名川は返事すると、近くの姿見のところへ行って、目を閉じて深呼吸した。
「ん〜」
 なにをやってるんだろ? 目を開けると猪名川は鏡に向かってひとりごちた。
「あー、えーと。ハン。あたしの名前は蓋彩りるれ。学園のクイーンよ。ハン。すべての男はあたしのしもべ。跪きなさい!跪かないのなら蹴り倒してあげるから。おーっほっほっほ」
 げ! もしかしてそれってあたしの真似? 確かにふだんそんなこと言ってるけど――。
 あたしが抗議するより早く、猪名川はこちらを向くとアゴを付きだして言い放った。
「いいわ、準備完了よ。さあ早くこのあたしの美貌をそこのデジカメ一眼レフに収めるのよ」
 ぐ……あたしは堪えた。これも猪名川なりのキレイに撮られるための作戦ってとこなの? 本人になりきって本人らしい美しさをひきだすっていう。
 そっちがそう来るならこっちだって。
「あーらYOUカワイイ子ネー、アタシのタイプよおぉ、じゃ早速行っちゃうわヨー」
 あたしがオカマちっくなカメラマンキャラになると、猪名川は一瞬動きを止めた。バカモン、これくらいで動揺してどうすんの。あたしは腰をくねくねとくねらせながら一眼デジカメを取った。
 そんなこんなで、猪名川があたしの身体であたしの家にウソのお泊り電話(ヒトミに協力要請)を入れたりしながら撮影会は続いた。

「んー、こっちこっち、目線をもっと上げてー。おーいいねー、ちょっと髪を掻きあげてみようか、そうそうもっと色っぽく」
 猪名川もノリノリならあたしもノリノリ、撮影会は次々と衣装を変えながら続いた。ファインダーのなかのあたしキラキラときらめいて、まあ中身猪名川だけど、われながらイケてるんじゃない?これならその辺のグラビアアイドルなんてメじゃないんじゃない?って感じになってきた。猪名川が普段あたしがしたことないような表情をしたり、恥ずかしげもなくモデルポーズをキメるなど人の身体でやりたい放題してくれるお陰で、結果的にあたしの美貌がより引き立っている。こやつめ、言うだけのことはあるじゃん。
「はいもっと胸のところ開けてみようかー? もう、まどろっこしいからガバッと見せちゃおう。ブラも半分外しちゃえ」
 かなりきわどい胸の開いたドレスのとき、ノリ最高潮のあたしがファインダー越しに言うと、猪名川はピタッと動きを止め真面目な顔をこちらへ向けて「それはダメだよ」とキッパリと言った。
 猪名川が地に戻ったのであたしもカメラを降ろして「なんでよ」と不満をぶちまけた。
「ボクはポルノは撮らないことにしてる」
「身体の持ち主がいいって言ってるんだからこの際いいでしょ」
「ダメ。これだけはダメだよ。許せるのはギリギリまで。ボクは女の子のかわいさを引き出したいのであって、ポルノを撮るために女の子の身体を使ってるんじゃない」
「フーン」
 そういえば着替えのときもかたくなに下着姿から目をそむけていたっけ。なかなか一本ぴしっとしたポリシー持ってるじゃない。
「ところで蓋彩さん、そろそろ蓋彩さんの一番美しい表情を撮ってもらっていいかな?」
「ん? あたしの一番の表情? もっちろん! ガンガン行こう」
 それを聞くと猪名川はあたしの顔で謎の微笑みをうかべた。
「それには蓋彩さんの協力が必要なんだけど。……ぜったいカメラ離さないでシャッター押してね。実はこのためにこそ、身体を入れ替えて撮らないとダメだったんだ。――じゃあ蓋彩さんは寝転んで、ローアングルから顔を狙って」
 あたしがその通りにすると、猪名川は目をつぶって深呼吸して、ブツブツとつぶやいた。
「なんでこんな……あたしはクイーン……認めない……悪いのはぜんぶ猪名川……」
 目を見開いたとき、猪名川=あたしの顔は完全にイっちゃってる感じになっていた。なにこれっ? とつぜん冥界の女神が降りてきたカンジ? あたしは慌てて連続でシャッターを切った。
「うああああああーっ、いながわーっ!」
 猪名川はブチ切れて叫ぶと、あたしを蹴りとばして転がした上、おそろしくもキレ凜々しい表情でギラッとあたしを睨み、あたしの股間にどすっとハイヒールの足を突きたてた。
「ぐぎゃあああああああぁ」
 あたしは未知の激痛に思わず悲鳴を上げた。こ、これじゃあ丸っきりさっきの再現じゃないの(中身入れ替わっているけど)……。そうか、これまであたしに踏まれた全ての男は、こんな百万トンの激痛に――。でも、踏んでいるときのあたしの顔はなんていうかその……こんなの見たことない。歓喜に酔いしれる暗黒の魔女とでもいうか。ああ、猪名川の言う通り、たぶんこれがあたしの最高の――気が遠くなるのを意識しつつ、あたしはなんとかシャッターを切りつづけた。


 ふぁーあ、いま何時だろ。あーあ、よく寝た。昨日は変な夢みちゃったな。あたしが猪名川で猪名川があたしで……。
「で、ここはどこ。……って、わっ、この部屋この声! やっぱ現実だったんじゃん。――いま何時? ん四時? うわっちゃー、夕方の四時じゃん!」
 あたしとしたことが、次の日の夕方まで眠りこけてしまうなんて。
 マンションの部屋という部屋を探し回ったけど、猪名川の姿はなかった。そうこうしているうちに玄関のほうで音がしたので駆けていくと、制服姿のあたしが帰ってきたところだった。
「ああただいま蓋彩さん、もう起きたの?」
「もう起きたの、ってあんた……もしかしたらあたしの身体で学校行ったんじゃないでしょうね!」
「そうだよ。だってあれから朝になっても蓋彩さん熟睡してて、どんなに叩いても揺すっても起きないんだもん。仕方ないからボクを欠席扱いにして、蓋彩さんのフリをして代わりに学校行ったよ」
「な……」
 あたしは絶句した。
「大丈夫だよ、ぜんぜんバレなかったから。……でもちょっとなぁ」
 猪名川はあたしの顔でいやぁな笑顔を浮かべた。
「ちょっとなによ」
「明日学校行ったら蓋彩さんモテモテかもしれないよ」
「ちょっ、それどういうことよ!」

 その後ランプの力で元の身体に戻り帰宅したけど、携帯を猪名川んちに忘れたあたしはヒトミに訊ねることもできず、どーんと大きな不安をかかえながら次の日学校へ行った。そしてすぐその言葉の意味がわかった。
 教室に入るなり芥川があたしの肩をつかんできた。
「りるれ君、昨日は歴史的な日だったね。きみがようやくあのふざけきったキケンな計画、全校男子生徒の股間を蹴るという野望をあきらめてくれたんだから。ぼ、僕は感激だなぁ。し、しかも僕の求愛を受け入れてくれて……き、きみがあんなにしとやかな女性だったとは思わなかった。僕は今朝改めてきみへの永遠の愛を誓う。さあ手を取り合って明るい未来へ向かって進んでいこ――ンギャーッ!」
 芥川の大演説が悲鳴で終わったのは、あたしが股間を思いきり蹴り上げたからだ。
「うわヤベっ、りるれが元に戻ってるぞ!」
「やっぱり一日だけの気の迷いだったんだ」
 見守っていたクラスの男子が悲鳴を上げて逃げまどった。

 あとでヒトミに話を聞いたところでは、猪名川はあたしに成りすまして、ずいぶんつつましい女を演じていたらしい。暴君・蓋彩りるれ改心のうわさは全校中にひろまり、職員室の先生まで教室にあたしを見にくるような騒ぎになったいた。しかも調子に乗って芥川にまでめっさいい顔してくれちゃって。猪名川のバカヤロー、乙女心がわからないのかおまえはー。
 でも考えたら、あたしが初めて朝まで一緒にすごした男は、猪名川なんだよね。あたしが撮ったあたし(中身猪名川)の写真をみながら――ヒトミはすんごいキレイに撮れてるって驚いていたけど――今度はあたしがあたし自身の時に猪名川に撮ってもらいたいと思った。
 あたしの心の中まで撮れるもんなら、撮ってみろ。

==終わり==


●作者より
 本篇は綿矢りさ著『蹴りたい背中』をヒントに書かれました。



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