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蹴りたいド真ん中
(上)

作:赤目(REDEYE)

 あたしの名前は蓋彩りるれ。学園のクイーン、ううん、まだせいぜい学級のクイーンってとこだけど、いまにすべての男をひれ伏せさせてみせるわ。あたしは理科室で退屈な午後の授業をすごしてるとこ。ここ試験に出るからなって、ずいぶん気のないティーチャーの言葉をうわの空で聞きながら、でも窓際の席はほんと特別。この時間はチョークの粉がきらきら舞って優雅な気分をあじわえる。
「ばっかじゃないの、そんな深呼吸して。肺の病気になるよ」
 横からダウナー系の声優声であたしの貴族的キブンを台無しにするのは、親友のヒトミだ。
「それから、プリントをさっきからそんなバラバラにちぎって。ねえなんか欲求がフマンしてる?」
 まったく愚民はこれだから困るの。親友ながら情けない。たしかに化学の実験中でなかなかヘビィなフレーグランスが漂っているけど、そんなことは関係ない。あたしは深呼吸したいときにするし、プリントをちぎりたいときちぎる。
「あっ、わかった。やっぱり猪名川をねらってるんでしょ」
「うっさい」
 あたしは詮索好きのヒトミをひとことで黙らせた。
 でもやっぱあたしの視線は同じクラスの猪名川のほうへいってしまうんだな。
 猪名川。キモヲタだ。2ちゃんねるのAAに出てきそうな外見の王道のオタだ。おまけにちょっと、いやかなーり人格障害を併発してるかもしんない。
 いまだってあたしの向かいの席で、授業にも実験にも参加せず、うつむいてブツブツ言いながらなんか見てる。ときどきグヒヒなんてひとり笑いしながら。ああゾクゾクする。
 そんなあたしの顔を横から興味津々とヒトミが見ているのに気づいた。
「なによ?」
「んーん、なんでもー」
 ヒトミはわざとらしくそっぽを向いた。アーあの「わたしはりるれのことなら何でも知ってますからね」的な表情ムカツク。ついでに普段の「あたしがいなきゃりるれはダメな子確定だもんねー」的態度もムカツク。腹いせに、机の下から手をのばしてヒトミの制服のうえからヤツのへそをポチッとな。
「ぶうぅぅーっ!」
 ヒトミの声が教室にひびきわたった。ヒトミはデベソを押されると叫んでしまう変なクセがあるのだ。
「りるれ、またやったなっ、そこだけは押すなっていったでしょっ」
 血相変えて立ち上がって掴みかかってくるヒトミ。だが先生がすかさず「おいそこ、静かにしないと廊下へ出すぞ」のひとこと。それでヒトミは渋々また座った。
「休み時間にオボエテロヨー」
 いやぁなオーラを出しながらつぶやくヒトミ。へーんだ、ヒトミごときが凄んだってこわくないよーだ。
 ヒトミ。髪をポニーテールやツインテールにしたり、とにかくアップにしてることが多い。小柄で一見おとなしそう、じつは皮肉屋のチャーミングな子だ。顔は並の上ってとこ。
 あたし? あたしは自分でいうのもなんだけど、抜けるような色白のモチ肌。セミロングの髪に、目鼻立ちもはっきりしたハッとするよな可憐さ。上背があり胸だって結構あるし、脚のキレイさにはゼッタイの自信あるわ。まあ千人の女をあつめたらまずベストスリーに入るでしょうね。
「なーにいってんの、そんなおデブちゃんのベストスリーがいるもんですか」
 ちょっ、なんでヒトミがあたしのモノローグまでツッコむの!……まあいいわ、そりゃあたしは少々太めちゃんだけど、男はこういうのが好きなのよ。この前胸のあいたキャミにミニスカで街を歩いたら、もう男どもの視線が痛いこと痛いこと。やせた鳥ガラみたいなスーパーモデルより、色白ムチムチのクイーン・あたしの方が絶対モテる。
「男子がりるれのこと“豚ぁや”って呼んでるよ」
 うっさいわね、人の心の声にまでダメだしすんな。
 まあいーわ、それより猪名川よ。あたしがいまいちばん気になる人。それは認めていいわ。
 猪名川はついさっきの騒ぎもまったく気にかけることなく、カンゼンに自分の世界に入りこんじゃってる。その孤高の境地。……やっぱりいいわぁ。――蹴りたい。痛めつけたい。愛しさよりもっと凶暴なこの気持ち。はぁはぁ。じゅるる。
 ハッ。
 気づいたら化学の授業はすでにおわっていて、理科室にはあたし一人になっていた。いけない、またあたしときたら甘美な妄想にふけっちゃった。テヘ。それにしてもヒトミったら冷たいヤツ。トリップしてるあたしを置いてさっさと帰るなんて。
 ん? あたしは猪名川がいた席の机の下に、クリアファイルが忘れてあるのに気づいた。きっと授業中熱心に見ていたものだわ。ためらうことなく飛びつくあたし。
「のえっ」
 さすがのあたしものけぞった。これはアイコラ写真集……なのか? なぜってクラスの女子が、メイド服を着たり、ゴスロリ着たり、その他セーラー服(うちの学校はブレザー制服だ)、看護婦、スッチー、チャイナと、アニメキャラまで含むありとあらゆるコスチュームを着て、あんな格好やこんな表情でギッシリ写っていたからだ。パラパラめくってみると、クラスの女子全員が登場しているようだった。でもアイコラなら身体のほうはともかく、こんな表情の顔写真をどうやって集めたんだろう。
 それと……ページをめくるにつれ、あたしは次第に焦って手を速めていた。最後のページまで来たとき、胸がしめつけられるような現実を知り動けなくなってしまう。
 あたしだけがこのアイコラ集に登場してない。
 ガタッ。
 音がしたので扉をほうを見ると、猪名川が立っていた。
「あー。うううう。あの。……放課後、ウチ来る?」

 あたしは猪名川のうしろについて放課後の街路をあるきながら、六限目のあとの出来事を思いだしていた。同じクラスで生徒会執行部の芥川がやってきて、あたしに告げた。
「なあ蓋彩くん……きみはまだ、あのおかしな野望を持っているのかい。僕なんかが口を出すことじゃないが、きみはそろそろ現実をみるべきだと思うんだ。あんなことを続けていたら、いまにきっと大変なことに――。な、わかるだろ? ぼ、僕はきみさえ思いとどまってくれるなら、今からでもきみと……」
 ほんといけすかないやつだ。この男は背の高い美男子で、成績優秀の上に家も金持ちときている。いやみなことにヴァイオリンはかなりの腕前らしい。女子のあいだではなかなか人気があるのだが、あたしはそんな型通りの男に興味はない。こちらは興味ないのに、なぜかあたしにしつこく言いよってくるからムカツク。
 そういえば、あたしがこのキレーな脚で華麗なケリを見舞ったのは、この男が最初だったっけ。あんまりしつこいから悪いんだ。でもあれであたしの中でなにかが目覚めちゃったんだな。
 芥川はまだウダウダとこれから一緒に帰ろうとかなんとか喋っていたが、あたしはいきなり打ち切った。
「あたし今日は猪名川の家へ招待されてるから」
「な……なんだって」
 芥川は背後に『ガーン』という書き文字をうかばせながら、梅図かずおの恐怖まんがの主人公みたいな驚愕顔になった。
「あんな奴と……なんてことだ、嗚呼なんてことだ」
 芥川は床にがっくり膝をつき、髪をかきむしって天をふり仰ぐと自らの運命を嘆きはじめた。
「僕の愛しい蓋彩くんが、今日ほかの男の部屋に連れこまれるというのかっ。なんという残酷な試練だ、おお恋の女神よ、汝は我を見放したかぁぁぁーっ」
「うっせい!」
 あたしは自慢のながい脚をひらめかせて背中へいきなり飛び蹴りをかましてやった。芥川はふっ飛んで机の角に頭をぶつけて気絶した。万事大げさすぎるんだこいつは。あの時みたいにド真ん中を蹴らなかっただけありがたく思え。
 そう、それとこいつのド真ん中はあんまり大きくなかったし。もう二度と蹴りたいとは思わない。それに比べて猪名川のときたら――あれを蹴ったらどうなるんだろう。考えただけであたしは……あたしは……。
 気が付くと、あたしの斜め前方三メートルで猪名川が立ち止まって、こっちを見ていた。あわててヨダレを拭うあたし。
「うー。あー。ええと。このマンションの八階なんだ」
 築二十年くらいのマンションだった。オートロックはついているが、管理人室はないようだ。
「へー。猪名川の家が学校から歩いてこれる距離だってはじめて知ったよ」
 あたしの言葉に、猪名川は謎の首振り運動をはじめた。いや、これはちがうってことか。
「ここは、勉強部屋として借りてるんだ。家は別にある」
 そういうと猪名川はあたしの反応を待たず、オートロックを操作してエントランスへ入っていった。あたしも小走りで駆けこむ。

==続く==


●作者より
 久々にアホな小説を書いてしまった。ネタ元はわかる人も多いでしょうが、最後に明記しますんで。なおちゃんと後編でTSしますんでご安心を。


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