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結婚、それもいいが…


作:赤目(REDEYE)





 怖ろしい女と結婚したものだと思う。
 益男はつくづく思うのだ。世の中、うますぎる話はやっぱりどこかに大きな落とし穴があるのだと。
 中堅の商社につとめる益男にとつぜんの縁談が持ちあがったのはほんの一ヶ月前のことだった。偶然社内を視察していた女社長の目にとまり、その後すぐ社長室へ呼びだされた。そしていきなり社長令嬢との見合い話を持ちだされたのだ。これには益男はとびあがらんばかりに驚いた。うだつのあがらない三十男の自分に到底つりあう相手とはおもえない。出世街道からはほど遠く、営業成績も学歴も家柄もいたって平凡。外見だってさえない、せいぜい人畜無害な空気だけが取り柄の目立たない男なのだ。
 益男は身をわきまえて遠まわしに断ろうとしたが、押しの強いワンマン社長の言葉には逆らえなかった。業務命令にちかい形で言いわたされたのは、とりあえず見合いをしろということだった。
 その後益男がとまどううちにトントン拍子に話はすすみ、付き合いらしい付き合いもないまま本当に結婚することになってしまった。女社長の家への婿入りである。
 結婚に不満があったわけではない。社長令嬢との人もうらやむようなゴールインに、社内ではシンデレラボーイというあだ名がついた。妻となる女は紗座絵という名の飛びぬけた美人で、気品とミステリアスな雰囲気をあわせもつ二十五歳の才媛であった。重役の地位とその後の出世コースも約束されたのだし、不満などあろうはずがないがないのだが……。
 世の中にこんなうまい話があるのだろうか。
 小さい頃から運のなさにかけては妙な自信があった益男としては、こんな人生の大幸運はどうしても疑ってかかってしまうのだ。益男の不運さは筋金入りで、なにかの拍子にアイスの当たりを引き当ててしまったときなど、その後一ヶ月のあいだ身の回りで次々と悪いことばかり起こり、逆に滅入ってしまった。一の幸運といっしょに百の不運をつかむ男なのだ。マイナス思考は習い性だった。
 だが、紗座絵の美しさはどうだろう。見合いの席ではなんとか理性をはたからせていたが、すでに結婚式のときは無垢のウエディングドレスに身を包んだ新婦の美しさに心を奪われ、呆然とみとれることが何回かあった。司会者にやっかみ半分にからかわれてしまったが、その度に新妻は「いやだわ、そんなに見つめて」と好ましい笑顔で益男をとがめるのであった。無理もない。結婚式場にいたすべての男の視線を釘付けにするような神々しいばかりの美の磁力を放っていたのだから。
 神々しい?――いや、あとから考えればそれは紙一重で違う方向の形容だったとわかるのだが。

 新婚旅行で訪れた欧州の避暑地にある高級ホテルのスイートルームで、二人は初夜をむかえた。むろん益男など見たことも聞いたこともないような超豪華な部屋であった。
「なあ紗座絵」
 まだ名前で呼ぶのは照れくさいな、と思いながら、益男は新妻に呼びかけた、
「ボクらまだ出会ったばかりでお互いのことをよく知らない。もしおまえがいやなら“初めて”は日本に帰ってからでもいいんだ。無理強いはしない。どうかおまえの正直な考えをきかせてくれ」
「ねえあなた、これからだんだんわかりあっていけばいいと思うのよ。ずっと生涯はなれることはないんだから。わたしたちは夫婦なんだもの」
 そういって紗座絵はすべてを許すような甘い笑みをうかべた。その蠱惑的なこと。
 益男は理性がいっぺんに吹きとんだような気がして、吸いこまれるように紗座絵の紅い唇をうばっていた。荒々しく新妻を抱きしめると、そのまま抱えあげてベッドへ連れていく。
「あなた…嬉しい」
 益男は、これまでなかったことだが、自分が獣にでもなった気がして、紗座絵の肢体をむさぼるように堪能した。妻となった女も、普段の理知的な仮面をかなぐりすてて、欲望のままに益男を求めてきた。
「あん、あなたぁ…はん、はん…くうっ、あんあん」
「さ、紗座絵〜」
「あなたぁっ…わたしもうダメぇ、がまん、がまんできないの…」
「お、おれもだよ紗座絵」
「じゃあ、いっしょに、いっしょに…あああっ」
 全てが終わったあと、紗座絵は益男によりそったまま、けだるげに満足そうな微笑みをむけてきた。
「ふふ、素敵だったわ。あなた最高」
「そうかい? おまえが相手じゃがんばらざるをえないよ」
「なーに、それはあたしが社長の娘だからって意味?」
「ちがうちがう。紗座絵みたいな美人をめとった男の務めってこと」
「まあ……はじめて言ってくれたわね」
「言ってなかったかな。なにしろ急に決まった結婚だもんなあ。もうこうして今おまえと一緒にベッドにいること自体が夢のようだし」
「嬉しいわ、あなた……じゃあ、もう一回。いい?」
 紗座絵は少女のようにいたずらっぽく、うるんだ瞳で訊いてきた。
 もちろん益男も大歓迎だった。

「はぁはぁ」
「ああっ、わたしもうダメ、死んじゃう、死んじゃう」
「お…おれもだよ紗座絵…」
 実際益男はすでに体力の限界をこえている……はずだった。もう何度達したか頭がボーッとしてわからない。そろそろ十回にも届こうという感じではないか。もう少ししたら夜が明けてくるかもしれない。
「いくぅ…いくぅっ」
「うっ」
 また達してしまった。もう絞りつくした益男のなかには一滴の精も残ってない感じだ。
 ぐったりしていると、さほど疲れた様子もない紗座絵が、快楽をかみしめるような微笑みをうかべつつ驚嘆の眼差しをむけてくる。
「すごいわあなた、十回よ、十回。あたしもう、頭のてっぺんから足の指の先まで満足。ふつう三回もしたら死んじゃうのに」
「…え……死?」
 問いを発しおわらないうちに、紗座絵は益男の頭をかかえ、ぺろぺろと顔中を嘗めはじめた。
「ちょっと、くすぐったいよ紗座絵、やめなさい」
「もう絶対あなたを離さない。一生あたしのものなんだから」
 新妻はベッドから半身をおこすと、指をパチンと鳴らして部屋の奥へむかってよく響く声で言った。
「いまおわったわ。益男さんはやっぱりできる人だった」
「え?」
 益男が寝そべったまま、紗座絵が見ているほうを何気なくむくと、そこには壁に据えつけられた大きな姿身があり、それがいきなりぐにゃりと歪んだかと思うと、そこにブランド物のスーツを着こんだグラマラスな女の姿がうかんだ。
「な…!」
 益男の心臓の鼓動は跳ねあがった。
 鏡がもう一度ぐにゃりと歪むと、女の姿は今度は部屋の中にあった。
「――しゃしゃしゃ、社長ォ!」
 益男はベッドから転げおちると、そのまま床の上を五メートルあまりもゴロゴロ転がって、慌てて起きあがろうとしてまた転んだ。転んだ姿勢のまま体勢を土下座にもっていくのがやっとだった。
「社長ッ、も、申し訳ありませんッ。た、ただいまお嬢さまはセンエツながら、不肖このワタクシが、いたいた頂きましたあっ。おっお許しください!」
 ガッシと床に額をこすりつけたまま益男は叫んだ。
 鏡の中から現れた女こそ、居園商事の社長にして紗座絵の実母である居園扶音であった。本当の年齢は誰も知らないが、その若さと美貌はおどろきべきものがあった。この娘にしてこの母ありという感じである。さらにその有能さには社員の誰も及ばないという、あらゆる意味でスーパーワンマン社長だった。
「お馬鹿さんねえ、夫婦なんだから当たりまえじゃないの。それからもう居園家にムコ入りしたんだから私のことはお義母さんと呼びなさい」
「は、はい、お義母さま、も、申し訳ありませんっ」
「だから謝ることはないと言うに」
 扶音は指をパチンと鳴らした。その途端、益男の身体は見えない大きな手にでもつかまれたように、空中に持ち上げられていた。
「うわわわわ」
 そのままベッドまで連れていかれて、そこにドスンと降ろされた。
「うわわ――ぎゃふん」
 益男はしゃっくりが止まった直後のような顔で扶音を見つめるしかなかった――まっ裸でベッドの端に腰をおろしたまま。そんな益男を紗座絵がくすくす笑いながら見ている。
「紗座絵、益男さんとはどうだった?」
「ええ、お母さん。信じられないほど良かったわ。魅惑の魔法をかけたけど、十回もがんばってくれて。終わったあともこんなピンピンしてるなんて。やっぱりお母さんが見こんだ人だけあるわ」
「そうだろう? この人を見つけるのには苦労したんだから。まさかウチの社員にいるとは思わなかったがね。大事にしなさいよ」
「……あっ、あのう……」
 ようやく落ちついた益男は二人の顔色を見ながらおそるおそる口をはさんだ。
「根本的な疑問があるのですがよろしいですか? ――なぜ社長がこちらにいらっしゃるのでしょう」
 扶音の眼が妖しく光ったのをみて益男は飛びあがった。
「いえっ、いえいえ! 別にそれについて不平不満があるわけでは……よろしければ社長もぜひ一緒にご旅行を……」
「こういうことよ」
 扶音がパチンと指をならすともくもくと白い煙がわきおこり、それが消えたとき扶音は黒ずくめのガウン姿に変身していた。頭にはつば広の黒いシャッポ、黒いマント、黒いブーツ。腕にはホウキを抱えている。
「あっ。えっ、こ、これはええと……」
 呆然としていると、隣から新妻が助け舟をだしてくれた。
「見たままよ」
「じゃあ……魔女?」
「そういうこと。そしてわが娘・紗座絵もいまでは立派な魔女だよ。益男さん、あなたは魔女と結婚し、魔女の家へムコ入りしたんだよ」
 益男はただ呆けたようにしているしかなかった。
「私たちの魔女の家系は代々夫選びで苦労するものでね。なんせ魔女だけに交わった男は生気を吸い取られて大抵その場で死んでしまう。交わっても死なない男は数百万人に一人しかいない。それが見つかるまで結婚できないんだ。だから益男さん、あなたを見つけた時は私は踊りあがって喜んだよ。適齢期の娘にちょうどいい夫を見つけられるなんて、ほんと奇跡なんだから。これから子作り、よろしく頼むわよ。魔女は妊娠もかなり難しいのでがんばって貰わないといけないわ。幸いあんたは魅惑の魔法のかかりも良いようだ、十回なんてね」
「は、はぁ」
「そんな顔するものでない。何不自由ない生活はさせてやるから。まあ多少死期が早まるかもしれないが、それはあきらめてもらう」
 益男は生唾を呑みこんだが、紗座絵が傍らからじっと見つめているのに気付いて、妻に向き直った。
 いまさら拒否権はないんだろうな。しかも紗座絵まで魔女だったなんて。どうりでこの世のものとは思えないほどキレイなはずだ。
「ひとつだけ教えてくれ。これまでに何人……召されてしまったんだ?」
「……三人よ。でもわかって。全員あたしには大事な人たちだった。みんな本気だった。ただ、わたしが魔女だったせいで最終的にはそうなってしまったの」
「わかった、おまえのためなら、おれは死んでもかまわない」
 益男が腹の底からの気持ちをこめて言うと、紗座絵はまた抱きついてきた。
「もう絶対あなたを離さない。一生あたしのものなんだから」
 自分がすでに紗座絵を後もどりできないところまで愛していることに気付き、益男は愕然とした。本当に怖ろしい女だった。この女のためなら何でもできる。――そのときは確かにそう思ったのだが。

 ある朝、居園家の食卓である。益男が新聞を読みながらトーストを食べていると、ショートカットの少女がパタパタと足音を立ててやってきた。
「あっ、お義兄ちゃん、おはよう」
「おはよう、若芽ちゃん」
 紗座絵の妹で、高校へかよう若芽であった。明るく人なつっこい性格で、居園家の血筋らしくかがやくように美しい娘だ。幸い、結婚当初から益男のことを慕ってくれており、それが益男には有難かった。本当に良い子だ――あの一件さえなければ。
 若芽は席につくと、サラダにドレッシングをまぜながら益男に話しかけてきた。
「お義兄ちゃん、おととい頼んどいたとおり、また今日一日あたしの身代わりお願いね」
 きた。益男はため息をつきたくなるのを隠して返事した。
「ああ、わかってるとも」
「ほんと? ちゃんとあたしの学校での人間関係の変化とか覚えてくれた?」
「ああ、昨日みっちり使い魔から講義をうけたよ」
「そ、よかった」
 若芽はサラダをパクつきながら益男に身体をよせてきた。
「お義兄ちゃんも、夜は姉ちゃんの相手、昼はあたしの身代わりで大変よね」
「こら若芽、聞こえているわよ。黙って食べなさい、行儀のわるい」
 キッチンに立っていた紗座絵が怖い声で言った。
「へっ、ジゴクミミ姉貴」
 若芽は舌を出した。
 この子も当然魔女の血をひいている。だがまだ修行中で魔女見習いなのだ。修行やら魔女試験のため、たびたび学校を休む必要があるが、それもあまりに度重なると進級できなくなってしまう。そのため家族のだれかに身代わりを頼むことになるのだが、扶音はそもそも仕事が多忙で無理だし、紗座絵も魔女としての仕事がよく入ってなかなか一日身代わりというわけにはいかない。いかんせん家族のなかで一番どうでもいい立場にある(どうせ会社へ行っても判をつくだけ)の益男の役目ということになる。
「あなた、ごめんなさいね毎回こんなことまで頼んで」
 紗座絵がスクランブルエッグと焼いたウインナーを食卓へ出しながら益男に言った。
「なに、愛するおまえと家族のためだ、なんてことはないさ」
「ひゅーひゅー、朝から見せつけないで新婚さーん…あてっ」
 若芽が紗座絵に小突かれている。

「じゃあ、これお願いね」
 朝食後、若芽の部屋で、益男は小さなぬいぐるみを渡された。若芽の体をデフォルメして三頭身にしたような見た目のものだ。一応「衣服」らしきものはない。
 益男はこれから起こることを想像して身構えた。
「んしょ、っと」
 若芽は自分の髪の毛を一本抜くと、ぬいぐるみにそれを植えこんだ。杖を振るって呪文を唱える。
 ずごごごごごごご。
 突然ぬいぐるみが巨大化し、熊ほどの大きさになると、「ぐもももーん」と吠えた。
 うわあ来たっ。思わず益男はひるんだ。毎回のことだがどうしてもこれには慣れない。
 ぬいぐるみはグワっと大きな口を開くと、そのまま開けた口を益男の方に向けて突進してきた。
「うわああああ」
 義妹の手前、威厳を保ちたいと思うのだが、このあたりが平平凡凡たる人間の限界で、今回もまた悲鳴をあげてしまった。
 益男はそのままぬいぐるみにひと呑みされてしまった。
 視界が真っ暗になったかと思うと、すぐにでたらめな色の虹と花火のような光が乱舞し、うずまく。ぐるぐると眼が回りつつも視界が回復しはじめると、自分の視点が部屋の天井近くにあるのがわかった。巨大ぬいぐるみと一体化しているのだ。直後、今度はスルスルと視点が下がっていくのがわかる。ぬいぐるみのサイズが縮み出したのである。
 視点がちょうど人間と同じになって身体のもぞもぞ感がきえたとき、益男の前のおおきな姿見には全裸の若芽がうつっていた。青い顔で多少フラついてはいるが、透きとおるような無垢の肌に、つんと上を向いた小ぶりで形のよいバスト、いちごのような朱い乳首はふるえる果実のよう、ほっそりとした腰から下へ視線をうつせば恥じらうように薄い陰毛で覆われた花園があった。両脚の形づくる流れるような曲線のたおやかさは、神秘的ですらある。
 それを眺めていた魔女の装束の若芽が満足そうにいった。
「うーん、われながらいい魔法のデキ。これならこんどの昇進試験もきっと楽勝ね」
「はぁ」
 若芽にされてしまった益男は、ためいき混じりに言った。声も若芽そのものだ。
「ねえ若芽ちゃん、あのさ……毎回おもうんだけど、変身直後のこの格好、なんとかならないものかな」
「え?なーんで」
「だってスッポンポン(死語)だよ……いくら家族といっても」
 益男は若芽の身体をくねらせて、あやうく陰部と胸を隠していた。姿見には憂いを漂わせたすごいばかりの危うい雰囲気の少女がうつっている。堂々としていないと余計にやばい感じになるのはわかっているが、どうにもならない。
「ちがうよお義兄ちゃん、家族だからこそこんなことまで頼めるんじゃないの。他の人には恥ずかしくて頼めないもん」
 若芽は屈託のない笑顔でいった。
「そ、そうだな」
「それと、若芽の姿でいるときは、ちゃんと口調も若芽にしてって言ったでしょ」
「……、そ、そうね」
「じゃあ、服着てね。こっちに下着と制服用意しておいたよ。――それともあたしが着せてあげよっか」
「ん、んーん。あたし自分で着れるからダイジョウブ」
 益男は力なくクローゼットの前へいくと、用意されていた下着を身に付けはじめた。これがまた情けない。当然、なんの面白味もない男の下着とちがって、それ自体が一個の美術品のような美しい装飾をほどこされたブラジャー、パンティ、スリップをまとっていくことになる。
 自分が男のときは、たとえば女性用下着を着ている紗座絵はほんとうに魅惑的みえるし、それを脱がすのも心からわくわくするのだが、いざ自分が女になって着用しようとするとこんなにも気が滅入るのはなんでだろう。特に義妹の小ぶりな胸をブラジャーに収めるのに慣れてきた自分には悲哀さえ感じる。
 下着をつけてしまうと、今度は制服である。
 若芽がかよう私立高校はセーラー服でないのがまだ救いなのだが、それでもブラウスにスカート姿なのはかわらない。どう転んでも女子の制服なのだ。
 ブラウスとニットのチョッキを着て、首もとにリボンタイを結び、短いプリーツスカートをはく。白のハイソックスを履いて、あらためて鏡を見ると、奇跡のように爽やかなとびきり輝く少女がそこにいた。
 リボンタイを直しながら、益男はまたなんでここまでこの娘は制服が似合うんだ、と心でひとりこごちた。若芽はなにを着ても似合うようだが、とくにこの制服はどうにも比類なくこの娘をひきたてた。
 この姿で街を歩くと、男たちの視線がとてつもなく痛い。どころか、こちらを見て雷に打たれたように立ち止まる人、呆然と見とれて電柱にぶつかる人、転倒するそば屋の出前、などが続出する。モデルや芸能プロにスカウトされることも頻繁にある。さすが魔女だけに、罪つくりレベルをこえて危険な一線までたっした美少女ぶりだった。
「お義兄ちゃん着替えおわった?」
「ん、終わったよ」
 このあたりになってくると、だんだん益男もノってきて、自然と女言葉がでるようになっている。益男は若芽の顔でまぶしいくらいの微笑みをうかべた。
「どうかな?」
「うーん、いいわぁ。頭のてっぺんから足の先っぽまで、どう見てもあたしよ」
 若芽はアゴのあたり手をやりながら満足そうにうなずいた。
「よーし、タマっ! 来て」
「ほいきたー」
 若芽がぱちんと指をならすと、ポンという煙とともに空中から真っ白い猫があらわれ、若芽の傍らにぷかぷか浮いた。若芽の使い魔で、この猫自体も魔力をもっている。
「またお義兄ちゃんのサポート、頼んだよ」
「あいよ、がってん承知」
 タマは愛想よく返事をしたまもの、益男に向きなおると一転して猜疑心のこもった眼をむけてきた。
「こんにゃろー、またうまいこと御主人様に化けおって。ったく三十男が朝からやることかい、このド変態が」
「タマ!」
「にゃっ」
 タマは弱点のしっぽを若芽につかまれると、短い悲鳴をあげた。
「お義兄ちゃんはあたしのためにやってくれてるの。何度いったらわかるのこの子は」
 益男は苦笑いするしかない。
「さっさとヘアピンに化けてお義兄ちゃんの頭に乗って」
「へーい」
 タマは不満そうに答えると、くるっと前転してちょっと大きめのヘアピンに化け、益男のところにふわふわやってきた。
「まだおまえを信用してるわけじゃないからな。ただの人間だしな」
「信用してもらえるようにがんばるわ。一日よろしくね」
 益男が若芽の顔で微笑むと、タマはそっぽを向いた(というか、ヘアピンがくるっと裏側をむいた)。
 それをちょいと掴むと、鏡にむかって髪のちょうどいい位置につける。これで準備完了である。
「じゃあ、行ってらっしゃーい」
「あなた、気をつけてね」
 若芽と紗座絵に見送られ、益男は家を出たのだった。
 今日も一日、義妹になりすましてのデンジャラスな学園生活がはじまる。

==おわり==

●筆者より
 中途半端なところですが……もしかしたら続くかな? いや無理か。



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