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死闘!白斗真拳 vs 黒斗真拳
〜最後の対決(下)


作:赤目(REDEYE)



 神殿の外の広場では、白斗・黒斗のそれぞれの軍勢が、いまや遅しと勝者が神殿から出てくるのを待ちかまえていた。
 神殿の奥で影がうごく気配がし、見守る者たちは固唾をのんだ。
 やがて外の光のなかへ出てきたのは、剣白であった。
 白斗の門弟たちからは感極まった歓声が、黒斗の門弟たちからは悲痛な叫びがあがる。だが白斗の者たちは剣白に駆けよろうとして、その異様な気配に立ちどまった。
 剣白は、まるで魂が抜けてしまったかのように、足取りはおぼつかず目に光もなく、完全な虚脱状態であった。肉体の酷使だけでこうなるものではない。神殿の柱に身をあずけ虚ろな目を宙にさまよわせる剣白に、みながみな気を呑まれ凍りついてしまっていた。
 門弟たちが怖れていた通り、剣白をここまで打ちのめしたのは黒王との闘いではなかった。少女になることを受けいれたあと、黒王が言った言葉こそが剣白の心に大きな打撃をあたえたのだ。

 姿身に映るみずからの姿と唇をかさねたあと、ペタンと神殿の床に座りこんだ少女は、剣白に横顔をみせて床に目線をおとしたまま、ポツポツと語りはじめた。
「こんな選択をしたわしを……いや、もうこの姿を受けいれたんだから、あたしって言うね……あたしを、軽蔑してくれていいわ。はぁ、なんか女言葉って変な感じ、でもこの声と姿じゃね。それにこれって本音トークがしやすい感じ。
 あのね、剣白、もう端的に言っちゃよ。あたしは、自分の顔が大嫌いだったの。岩石を積み上げたような世界でもたぶん一ニを争ういかつい恐ろしい顔。夜中に自分を鏡で見て叫んじゃったことも一度や二度じゃないわ。子供には泣かれ、女には怖がられ。つらかったな、だってあたしは子供が大好きなんだもん。子供だけじゃないわ、子猫や子犬や、かわいいものが大好きだった。でも小動物はあたしが近づくだけで闘気に当てられ気絶したり悶絶したり、恐怖で即死するのもいたわ。もちろん黒斗の長として、そういうものが好きということをそもそも誰にも悟られるわけにはいかなかった。これがどんなにつらかったか。あとね、かわいいアクセサリーとかペンダントとか小物類も大好きだったし、ポエムとか童話とか……本当にあたしは自らの境遇を恨んだわ。自分がこんなんじゃなかったら、って。だからこの姿に成れていまは神様に感謝してる。この姿ならかわいいものをかわいい!って言って溺愛しても誰も不審がったりしないだもん」
 そういうと、少女はしばらく考えて、気まずい表情をうかべると、やがてほんのりと頬を染めた。
「いえ……違うわ、まだあたしは本当のことを言っていない。あたしたぶん本当は女の子になりたかったんだと思う。そうよ、女の子はいつもあたしの憧れだった。かわいい服装かわいい髪型かわいい声で、街を歩いたりお買い物したりお料理したり……。
 確かに、黒斗の長として女に不自由したことはなかったわ。抱きたいときはいつでも抱けたし、召使いにもできた。でも、そういうんじゃないの。女たちはいつもあたしという存在を怖れていた。それでいて夜には無限の快楽を求めて貪欲に身体を預けてきた。だからあたしはいつも男らしく、黒斗の長らしく振舞わなえれば、という檻に縛られていた。それがどんなに窮屈だったか、女になった今ならわかる。神様ありがとう!」 
 心の底から満足そうに手を合わせる少女を前に、剣白はこれまで信じていたものがガラガラと崩れていくのを感じて、思わずヘタりと神殿に膝をついた。永年の宿敵・極悪非道の黒王との命がけの闘いは一体なんだったのか――。
「あの……それで」
 少女はそんな剣白の様子も気にとめない様子で、いよいよ顔を朱くして剣白ににじり寄ってきた。
「闘いに負けたうえに厚かましいのは承知のうえだけど……あたしを、あの……剣白の召使いにしてもらえないかしら。むしろもう、おそばに置いてもらえるなら奴隷として一生働きます。こんな身体になって外へ出たらこれだけの荒廃した世界、一瞬で男どもの餌食になっちゃう。わ、わたしイヤだから、どこの誰かもわからない下っ端モヒカンに処女を奪われるなんて。……どうせなら、永年闘ってきてお互いぜんぶ知り尽くしている剣白に貞操を捧げられるなら、女になって本望です。ねえ、どうか、お願いできないかしら」
 魂の底からの必死の願いを、はや女としての武器を使いこなして全てを溶かすような悩ましい表情で語りかけてくる黒王。四つん這いになって迫るその姿には男だった時代の片鱗も感じさせない。
 だが剣白は黒王の『愛の告白』に心が崩壊するほどの衝撃をうけており、もう正常な判断ができない状態だった。剣白はフラフラと立ち上がると、神殿の出口へむかって夢遊病者のように歩きはじめた。

 神殿から出てきた剣白の異様な様子に弟子たちが息を呑んでいたとき。
 突然奇声がひびきわたった。
「クヒヒヒーッ、剣白よ、黒王様との闘いでボロボロのようだな! 今こそお前を倒しィ、オレが世界の王になるのだァァ!」
 黒王の副官のスキンヘッドであった。白斗の弟子たちがあっと思う暇もあればこそ、スキンヘッドはおそるべき跳躍力で白斗の門弟を飛び越えると、放心状態の剣白の前に立った。
「あああ、剣白様ぁ!」
 弟子たちから悲鳴があがるが、まだ剣白は無反応のままだ。
「終わりだ剣白――! 死ねええええええええ」
 スキンヘッドが必殺の正拳を突き出した。
 誰もが剣白の死を確信した刹那、神殿から小柄な影が目にも止まらぬ速さで飛びだしていた。
 人間の認識力の限界をこえたトルネードが湧き起こった瞬間、強烈な回し蹴りがスキンヘッドの顔面を捕らえていた。
「ごひゅるぽん」
 スキンヘッドは三百メートルほど一直線に吹っ飛ぶと、岩山の絶壁に棒のようにぶっ刺さった。
 誰もが目をみはった。
「このおバカ! 剣白は黒王との闘いに正々堂々と勝ったの。その剣白を貶めることがすなわち黒斗をも汚すことだとなぜわからないの」
 そうよく透る声で叫んだのは、長い金髪のとつてもなく美しい少女であった。なんとか胸や股間は端切れで隠してはいるが、ほぼ全裸といっていい格好である。
「おおー」
 白斗・黒斗を問わず門弟たちから感嘆の声がもれる。
「あんたたち、いい? 剣白を傷つける者はあたしが許さないっ。文句がある者はいますぐ前に出なさいっ」
 輝くような少女が凄むとすさまじい迫力があった。その闘気が黒王のそれに比肩するものであることはその場の者たちにはすぐわかった。
 白黒の門弟たちは、三百メートル先で岩山に腰まで突き刺さってピクリとも動かないスキンヘッドを一斉に見た。それからまた、ファイティングポーズでねめつける少女をみた。
「ははーっ」
 その場にいた者たちがいっせいにひれ伏した。
「それならよしっ」
 なぜか回復した剣白もひれ伏していた。
「なんであんたまでひれ伏すの! あんた黒斗に勝ったでしょうがっ」
 少女は剣白を指さしてふたたび怒声をあげた。
 剣白は顔をあげて会心の微笑みをもらした。その顔はいつもの剣白のものであった。
「け、剣白様……。あの方はどういう方なのでしょうか」
 剣白の横でいっしょに地面にひれ伏していた白斗の副官が顔をあげて、剣白にささやいた。
「ああ、あれはな、いわば神の使いなのだよ」
 剣白は立ち上がると、少女の横に立った。
「皆、聞いてくれ。永年の白斗と黒斗の闘いは終わりをつげた。黒王は神殿の中で自らの非を悟ると、天に帰っていった。だが白斗が勝ったというわけではない。永年の白斗と黒斗の闘いのなかで世界は荒廃してしまった。本当の勝者はどこにもいない。俺たちは神殿の中で神に会った。神もこの荒れ果てた世界に心を痛めていた。そこで、この黒……クローエを――」
 剣白は少女を指した。
「クローエを使いとしてよこしたのだ。今後は白斗と黒斗が協力して国を立て直さければならない。みな色々大変だろうが、しっかり頼む。でないと、神の使いが直接鉄槌を下す」
 みなが一斉に岩山から脚だけピンと突き出したスキンヘッドをみた。
 再びクローエと呼ばれた少女をみた。
「ははーっ」
「また平伏かいっ。一人くらい襲ってこんかいっ」
 その女神のような少女の横顔をみながら剣白の心にはさまざまな感情が去来した。その中で一番大きなものは、その強さへの尊敬の念であった。世界最高の武術をきわめた剣白には、あの瞬間の蹴りを見ただけで、クローエとなった黒王に男時代を超えるしなやさかと俊敏さが現れたことがわかった。強い……もしかしたら男だった黒王を超えているかもしれない。そう悟ったとき、剣白は女となった黒王を認めようと思ったのだ。
 そしてもうひとつ、ようやく気づいた神の意思……世界を掛けて死闘を繰り広げてきた二大真拳の片方の長が女にされてしまったことは、無意味なことではなかったのだ。
「みな、聞いてくれ。俺は世界を再建するため、まず身を固めることにした。今後は女を踏みにじって好き勝手をやってはいけない。明るい国作りはまず家庭から。俺の相手は、このクローエだ」
「え……?」
 剣白のたくましい腕で抱き寄せられたクローエは、背の高い剣白をきょとんと見上げた。その顔が、みるみる赤くなってゆく。
「ちょっ、い、いきなりそんな」
「いやか?」
 剣白の優しい微笑みにあうと、クローエのためらいやわだかまり全てがスウッと溶けてゆくのであった。
「ううん……嬉しい。剣白様、わたしは一生あなた様についてまいります」
 クローエは涙をにじませながら最高の微笑みを浮かべていた。
 剣白はそんなクローエを男のすべての優しさをこめて抱きしめるのであった(ナレーション:矢島正明)。

 こうして世界は白斗と黒斗の和解によって再建され、建国された白黒王国は末永く栄えたという。初代国王の剣白と王妃のクローエは十二人の子供を作り、いつまでも仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。



 誰もいなくなった神殿の中から風に乗って声がした――
「ふぃーっ、男の中の男みたいなのを決闘させて女にしちゃうとホント面白いのー。今回の二人の仲はうまく行っとるようだが。ウッシャシャー。どれ、つぎの決闘志願者が来るまで、また昼寝でもスッカ」


==完==


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