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死闘!白斗真拳 vs 黒斗真拳
〜最後の対決(上)


作:赤目(REDEYE)



 白亜の神殿のなかで凄まじい闘気を放ちながら向かいあう二人の男。
「とうとうこの日がやって来たようだな……」
「黒王よ、俺たちの闘いは本当に避けられないのか」
「くどいぞ、剣白(ケンシロ)。お前の白斗真拳とわしの黒斗真拳、どちらが上かもはや互いに死力を尽くす闘いによってしか判明せん。だからこそこの神殿のなかに来たのであろうが」
「これも運命というわけか……。わかっていると思うが、神の前での闘いだ。負けたほうは神罰を当てられ、武道家としてもはや生きてゆけぬほどの辱めを受けるという。それでいいのだな」
「望むところよ。今こそ長年の確執に決着をつけるときが来た。いざ、参らん」
 黒王は山のごとき大男であり、顔はほぼ岩石のよう、全身これ筋肉の塊であった。剣白もやはり全身鍛え抜かれていたが、黒王よりはまだバランスのとれた体型をしている。顔付きも黒王ほど人間離れしたところはなかった。
 この二人が死闘を開始した。
 常識をはるかに超える極限の闘いは三日三晩つづいた。
 だがそれも、とうとう終わるときがきた。
「がはぁ……」
 血反吐をはいて床へ倒れこんだのは、黒王のほうであった。
「……勝負、あったようだな」
 立っている剣白のほうも全身ダメージの塊で足元がおぼつかない。まさに死力を尽くした闘いであったのだ。
 ぶざまに床に身体を横たえつつ、黒王は神殿の天井をみあげてつぶやいた。
「見事だ、剣白。お前の勝ちだ、もうわしは思い残すことはなにもない。……この黒王、天に帰るに人の助けは――」
「ハーイ、そこまデー」
 突然薄暗かった神殿にまぶしい光が差し、チャイムの音がリンゴン鳴り響いて紙吹雪が舞った。
「は……?」
 剣白と黒王はいきなりのことに目をぱちくりさせた。
「な、何者だ……」
 カッコよく今際の言葉をキメようとしていた黒王がドスの効いた声で問いただす。
「何者って、神様じゃよ神様。おまえら神殿に入ってきたんでしょ。当然ここに居るのは神様だわな」
「――そ、そうでしたか。それで、どういうご用件で」
 なんとかとりなすように剣白が天井を見上げていった。神は名乗ったわりには姿はみせず声だけがしている。
「うむ、そちらの闘いは実に素晴らしかったぞ。神様は大いに感動した。とりあえず剣白ちゃんおめでとな」
「は、はぁ…」
「だが黒王よ、オメーなに勝手に独りで逝こうとしてんの? 負けたほうは神罰当てるって昔から神様言ってんでしょ。神罰当てさせろや」
「ぬ、ぬう……。負けた以上、どのような辱めも受けるが――」
「よし、そういうことなら話が早い。ハイ、神罰――!」
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 突然の雷鳴がひびき雷に打たれた黒王が恐ろしい悲鳴をあげた。
 思わず剣白は頭を抱えて目をつぶる。情けないが神の前ではしょせん人間なんてこんなものである。
 そして剣白が目をあけたとき、再び神の力を思い知ることになる。
 さっきまで床に横たわっていた黒王がいた場所には、歳のころ十七〜八の美しい少女が目をパチクリさせながら全裸で寝転んでいた。流れるようにしなやかな長い金髪に引きこまれそうな翡翠色のおおきな目。唇は薔薇色で濡れたように艶やかであった。肌はミルクのように甘く曇りなく、四肢はしなやかに伸び、たわわな胸にはピンク色の乳首が恥ずかしげに踊っている。秘部をおおう黄金のかすみもたおやかに、たぶんそれは「絶世の」と形容するしかない美貌だった。
「ぬ? これは一体どうなっておるのだ……ってわしの声がなんでこんな」
 少女は身体を起こして手足や自分の身体を慌てて眺めまわしていたが、その声も高原にひびく小鳥の鳴き声ように愛らしかった。
「あ…アレ? ない!」
 少女は自分の股間がどうなったかを発見して叫んだ。
「あ…アレ? ある!」
 少女は自分の豊満な胸をわしづかみにして叫んだ。
「わ、わしはいったいどうなってしまったんだ! なあ、剣白、教えてくれ」
 少女は立ち上がり必死の形相で剣白に訴えかけてきた。
「……あの、確認するけど、お前黒王だよね」
「当たりまえではないか! さっきまでわしと闘っておったろうが」
 剣白はきっつい眩暈をおぼえて額に手をあて俯いた。武道家として生きてはいけぬ辱めとは何なのか理解したからであった。
「いや、黒王、お前さ……言いにくいけど女になっとるわ」
「なんだと!」
「これマジだから、マジマジ」
 怒りのあまり掴みかかってきそうな元宿敵黒王(現・超絶美少女)を両掌をひらひらさせて牽制する剣白。
「剣白ちゃんの言うとーりでーす。黒王よ、これ見てみ?」
 再び神の声がひびくと、天からスーッと大きな姿見が降りてきて少女の前に立った。
 そこに映った自分の姿を見た黒王は、全身を居ぬかれたような衝撃をうけていた。
「な……ちょっと待て……こ、これは」
 黒王はふらふらと倒れそうになり、そのまま鏡に持たれかかった。
「ええと、まあ、なんだ、黒王――俺たちの闘いの結果がこんなことになってしまって、俺も何ともはや心苦しい限りだ。とにかく、白斗真拳と黒斗真拳の永年の抗争はこれでおわった。お前もあきらめて今後は……」
 居心地の悪い状況をなんとかしようと、口下手な剣白もそれなりにがんばってフォローしていたのだが、ふと黒王のほうを見るとどうも様子がおかしい。鏡に手をついて、そこに映った自分の姿を無表情にじっと見つめているのだった。
「?」
 剣白はどうにも状況が理解できずアゴのあたりをポリポリやった。
 その時またもや神の声がした。
「黒王よ、どうじゃその姿は。なかなかの美少女じゃろう。ちなみにあそこもまだ未開通じゃ。これがほんとの美処女、なんちゃって」
 神殿を零下二十八度の風が吹きぬけていった。
「……ごほん。まあさぞかしショックじゃろうが、わしは神であって悪魔ではないからの。若干の慈悲は持ちあわせておる。もしその姿が気に入らぬのなら、拳で鏡に映った自分の姿を思いきり殴りなさい。鏡は割れ、お主はもとの姿にもどることができる。じゃがもしそのままでいいのなら、鏡に映った自分の姿に接吻しなさい。それでお前は一生その姿でいることができるじゃろう。どうじゃ、神様こう見えてやさしいじゃろう。――それではシンキングタイム三十秒、スタートっ」
 カチコチと時計の音がひびくなか、剣白は意外な展開を喜んだ。
「黒王、やったな。これでお前はもとのお前に戻ることができる。俺も勝負の結果をこれ以上どうこう言うつもりはない。今後は白斗と黒斗、両真拳が手をとりあってやっていこう。なあ黒王……」
 だが剣白はさらに意外な展開にとまどった。
 鏡の前の少女は、じっと自分の姿を見つめたまま動かない。ときおりその顔をかすめるのは深い憂いと寂々とした陰であった。
 ついに三十秒が過ぎたとき、ようやく黒王は鏡から身体をはなし、やはりなんの表情をうかべないまま立ち尽くしていた。
「さーあ、お約束の刻限です。どーすっのかなー、解答者はお答えをおねがいします」
 少女は剣白のほうを向くと思いきるように胸の前で掌をくみ、目を瞑って気合いらしきものを入れた。
 つぎに少女が目を開けたとき、剣白は信じられないものを見ることになる。
 もと黒王だった少女は、その顔に悪戯を咎められた時のようなはにかみと、宿敵(とも)を裏切ることへの許しを請う哀願をうかべながら、鏡へ向きなおった。自分の姿を鏡に映すと、もう周りの光景はいっさい目に入らないかのように、その顔に堕天使の微笑みをたたえながら、うっとりとすがりつくように鏡に身体を預け、罪深い悦楽にひたるように自らの姿にキスした。


==続く==


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