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天に願いを・外伝
あのコはやっぱりお騒がせ


作:赤目(REDEYE)



 その日の夜になって、自宅の雄二のところへまた摩耶香から電話がかかってきた。明日の祝日にデートしようというのだ。
「身体を貸してくれたお礼ってわけでもないけど、六叉町あたりへ出かけようよ」
 六叉町とは、ここS市の繁華街のことだ。
「映画代くらいは出すから。そのあとあちこち歩いたり……ね」
 マヤちゃんとデートかぁ――と思わず雄二は色々楽しげなシーンをホンワホンワと頭上に浮かばせてニヤけた。マヤちゃんキレイだもんなぁ……二人で手をつないで歩いたり、マクドナルドでコーラひとつにストロー二本で分け合って飲んだり、ゲーセンで相性判断ゲームして相思相愛100%になっちゃったりして、それで帰り際にはいいムードになって、ちょっと物陰でキスを……って、キスしたら入れ替わってダメじゃん!
 ここでようやく雄二は我にかえった。あの摩耶香が自分からデートの誘いなんて――怪しすぎる。つい昨日、ユーワクされてひどい目に遭ったばかりなのだ。
「……マヤちゃん、まーたなんか企んでない?」
「なに言ってるのよ、あたしが雄二くんをハメるわけないでしょうが」
「でもなぁ、身体を強奪されたばかりだしなぁ」
「だから、そのお詫びもこめて、デートしようっていってるのよ。……したくないんだったら、別にいいよ。明日は誰かほかの人といくから」
「ほかの人だって誰」
「……教団の女性神官の人たちとか、イクとか、それとも横山くんか」
「横山!? だめだめ、あんな奴。オレがいうのもナンだけど、あいつは誰にでも声をかける色魔なんだから」
 そのころ、横山が派手にくしゃみをしていたのを雄二は知らない。
「イクちゃんは喜ぶかもしれないけど……仕方ないなあ、じゃあ付きあってあげるとするか」
「何それ、まるでイヤイヤみたいじゃない」
「わかった、わかった、『オレはマヤちゃんとデートできて本当に幸せだな〜』」
「どうも最後のとこ棒読み調だった気がするけど、まあいいわ。――じゃあ明日ね、教団顧問さん」
 電話を切ると、それでも雄二は明日のことが楽しみになってきた。どんな服着ていこうとか、摩耶香の出で立ちはどうだろうとか、なんの映画をみようかとか。
 そのころ、天願教団本部の一室では、その女性神官の一団がたった今出たばかりの占術の結果に色めきたっていた。
「大変ですわ、こんなお告げが出てしまうなんて。早くどなたか最高幹部にお知らせしないと。――いえ、イク様はだめ。轡馬様にお知らせして」
 知らせは轡馬の許へもたらされた。
「なに!? そんなことになっていたとは一大事じゃ。すぐここへ高沢君をよびなさい」
 華枝はすぐにやってきた。
「お呼びでしょうか」
「うむ、実はかくかくしかじか」
「ええっ! 摩耶香さまがあした雄二くんと初デートですって!?」
「シッ、高沢君声がたかい。これは最高機密じゃぞ。……とにかく、われわれとしてもこのような教団の大事を放ってはおけん。そこで君に頼みたいことがあるのじゃが。明日……(ボソボソ)」
 摩耶香は教団の自室から雄二に電話したのだが、たとえ盗み聞きしていなくても、たかい霊能力者揃いの天願教団にあっては、隠しごとなどできない相談であった。

「やっぱりこうなったか……」
 雄二はトホホな気分でつぶやいた。両手にはずっしりと掌に食いこむ手下げ袋。さらに背中にもおおきな壷を背負い、さながら二宮金次郎といった格好である。
 映画館に入るか入らないうちに「退屈だから」という理由でそこを飛びだした摩耶香は、「これから『ふるもの市』をみようよ」と言いだした。「ふるもの市」とは、ここS市で半年に一度立つ骨董のフリーマーケットことだ。六叉町の歩行者天国にさまざまな商品が並べられ、この地方の名物のひとつになっている。
 摩耶香は露店から露店へと渡りあるいて、すみからすみまで骨董をみては、自分の霊感が反応した品はもれなく購入した。霊能グッズに目がないのだ。お陰で雄二のことは完全にアウトオブ眼中となり、ただの荷物持ちとしてコキ使われているのがいまの状態だった。今日は最初から骨董が目的だったのはあきらかである。
 無邪気にはしゃぐ摩耶香を見ながら、――イヤちょっと目がらんらんとして必死すぎる気がするけど――それでも良かったと思う雄二であった。教団にいると、なかなか気が休まるときがないらしい。骨董市にくるにしても、教祖の立場ではお付きの人がゾロゾロといっしょに来て、やっぱり“公務”の一部のようになってしまう。こうしてフラリと見にくるには、雄二のように同世代の男の子がいっしょなのが一番なのだろう。
 それに、摩耶香のいでたちがまた――インドの民族衣装であるパンジャビドレスがとびきりよく似合っている。
 待ち合わせ場所であったとき、珍しくほのかな含羞みをうかべながら、「どうかな?」と訊いていた摩耶香の様子は、それはそれはもう、雄二の心を一ラウンド秒殺KO!というカンジであった。
「今日はナイショで教団をでてきたから自分で選んだんだ。……いえ本当は単に、この前インド帰りの行者から『似合うから』って貰ったおみやげなんだけど」
 といって澄まし顔でその実困まったように視線をそらす摩耶香の、原色のヘアバンドでまとめたながい黒髪も映えるそのパンジャビは、ミルク色のコットン地に黄金いろの絞り染めで上品に飾られたワンピースの半袖服で、ひろくあいた首まわりはコーディネートされた淡いコーヒー色のスカーフでおおわれ、しなやかな生足を膝まで隠すスカートの丈もちょっとにくらしく、清楚で個性的な摩耶香をひきたてるエスニックな華ある体だった。
 これを贈ったという摩耶香の知りあいの行者に、雄二はかるい嫉妬をおぼえてしまったほどだ。
「な、なによ……」
 雄二が黙りこんでしまったので、摩耶香は不安そうに口をとがらせた。
「あたし、もしかしてやっちゃった?」
「ううん、そんなことないって!」
 雄二はあわてて首をぶるんぶるんと振り否定した。
「その……あんまり似合っているもんだから、オレ見とれちゃって」
 そういって目をそらす雄二も頬を赤らめ顎のあたりをポリポリやった。
「そ、そう」
 摩耶香も照れてあらぬ方角をみる。
 ふたりとも、まだ純な中学生なのだ。――ほんとうにうらやましい限りである(作者・談)。
 そんなこんなで、たとえ荷物持ちのドレイ扱いされようとも今日は摩耶香に最後までつきあおうと決心した雄二だったのだ。
 だが、そんな青春まっただなか、これから手をつないでフォークダンスでも踊ろうか楽しいポーレチケ、なふたりを物陰からじっと狙うTVカメラとあやしげな三十路のバツイチ女が――。
 そのころ、天願教団本部にある講堂には信者たちがぎっしりと集まり、巨大スクリーンに投影された映像に見いっていた。
「摩耶香様、なんて素敵なんでしょう」
「うおお〜ん、まさかわれらの教祖が自分からあんないでたちをされるとは……おれ、生きててよかったぁ」
「あんな女の子っぽい摩耶香様は初めてだ」
 信者たちは口々に感嘆やら称賛をもらしている。
『えー、こちらは摩耶香様と雄二君のデート現場です。本部本部、電波はとどいておりますでしょうか』
 マイクを持ちキリッとしたスーツ姿の華枝が画面に映りこんだ。
 なんと生中継をしているのであった。
「大丈夫じゃ、映像も鮮明であるよ」
 インカムをつけた轡馬が答える。
「高沢君、くれぐれも気付かれないようにな」
『まかせておいて下さい。カメラマンや中継車スタッフは元プロの信者ですし、わたくしも昔の地方局アナの血がザワザワさわぎますわ……あら失礼、とにかくCMなしの完全生中継でお送りします。どうぞみなさんお楽しみに』 
 講堂が拍手と歓声でつつまれる。
 鬼畜の集まりのような天願教団であった。

 そんなことになっているとは露知らず。雄二と摩耶香はフリーマーケットを歩き回っていた。
 摩耶香の買い物は、値の張るものでなく、ほんとうのガラクタの中から隠れた霊能グッズを見つけるのがうまかった。
 今も、どう見てたって古ぼけた不燃ゴミばかりゴザの上にならべた露店の前で、膝をつかんばかりにして品定めしている。ふと摩耶香の目がひとつの品の前でとまった。
「おばあちゃんっ」
 摩耶香は店主に呼びかけた。
「なにかな」
「この曇った水晶玉なんだけど、おいくらですか?」
「ほほほほ、お嬢ちゃん、なんでその水晶玉に興味をもちなすったね」
「あたしの心が、ずしんと反応するんです。かなり長いあいださまざまな人の運命を映してきた感じがする……。こういういわくありげなものを集めているんですよ」
「ほほう、お嬢ちゃん、その歳でどうやら只者ではなさそうじゃの。(連れている男はロクなもんじゃないが)」
「――ちょっとぉ、お婆さん、聞こえてますよ!」
「(雄二の抗議聞こえないフリ)……よろしい、その水晶玉は進呈しましょう」
「え? そんな――。こんな貴重なもの、タダで貰うわけにはいきません」
「いやいや、わしはこうみえてむかしは占い師をしておっての、その時の商売道具がそれじゃったが、近頃はすっかり身体も弱ってそろそろお迎えが近そうじゃ。誰ぞ貰ってくれる人はと思っておったが、お嬢ちゃんなら立派に使いこなしてくれそうじゃ」
「そんな弱気にならないで下さい。だいたいそこまで大切なものならますます貰うわけには」
「若いのにガンコな子じゃの。年寄りの親切は素直にうけるもんじゃ」
「じゃあせめてあたしの霊能グッズと交換――」
「あげる、といっておるのじゃ」
 二人が押し問答をはじめた時である。
「オラオラー、てーめら誰の許可をとってこんなところで商売してるんじゃー!」
 そんなことを叫びながら、黒いスーツ姿のサングラス男数人が、付近の露店を蹴散らしながら近づいてきた。あちこちで悲鳴があがる。
「ここは俺たち膨棒組のシマじゃーー! 商売したかったらショバ代払うんだなー、ぐはははは」
「ば、ばかな、ここは伝統あるふるもの市、S市の許可さえとれば誰でも出店できるはずだ」
「なんだとコラ!?」
 抗議した若い男性が、グラサン男の一人に襟首をつかまれ凄まれた。
「今回からのー、ルールが変わったんじゃー! ショバ代はらわん奴は、おれたちが痛いメにあわせるけんのぉ!」
 男性の露店がめちゃくちゃにされた。
 近くで起こったそんな騒ぎをまったく関知せず、押し問答をつづける摩耶香たちに気付いて、グラサン軍団のリーダーらしき男が近づいてきた。
「コラコラァー、そこのガキとババア、ワシら膨棒組のおでましを完璧にシカトしやがって何様のつもりじゃー!」
 そう言いつつ男がゴザの上の水晶玉を蹴飛ばしにかかった。
 だが寸前で。
 摩耶香がサッとそれを脇に抱えこんだため、男はズデーンとひっくり返ってしまう。
「ア、アニキー!」
「てめー、なにしやがんでえ」
(あらら、こりゃ大変なことになってきたぞ)
 雄二は背中と両手に荷物を抱えたまま、その場であたふたと身体を巡らせた。
 それがなぜか、両手のヘヴィな荷物を振りまわす結果になってしまい――。
 駆けつけてきた男たちにヒットして、二〜三人を弾きとばしてしまった。
「クソガキャー、なにさらすんじゃー!」
「のぇ」
 殴りかかってきた男を、とりあえず姿勢を低くしてやり過ごす雄二。
 それがなぜか、背中のでかい壷の中へ、男をつっこませることになった。
「おわわわわ!」
 スポポッ、と奇怪な吸引音がしたのにつづき男の異様な悲鳴が響く。
「こ、ここはどこだ……な、なにも見えない……聞こえない。独りぼっちだ……ぱとらっしゅ、ボクモウツカレタヨ」
 雄二には背中のことなのでわからなかったが、男は足首まで壷の中に吸い込まれている。男の身長と一メートルに満たない壷のサイズからして考えられない光景であった。
「うわあッ、なんだこの壷は! 待ってろいま助けてやるっ」
 壷男は他のグラサン男にあやうく引っ張り出された。
「お前らふざけやがって許さんど」
 男たちが一斉に襲いかかろうとした時。
 摩耶香の手のなかの曇った水晶玉が、一瞬すぅと透明になったかと思うと、極彩色のきらめきを放ち、強い光線で男たちの目をグラサンを通して射た。
「ぎゃああ」
「目が、目が……」
 男たちが苦しみもだえる。
「おのれ、奇ッ怪な技を! てめー、ならこうだっ」
 アニキと呼ばれた男が、スーツの下からオートマグナムを出した。
 さすがに周囲から悲鳴が上がる。
 その途端。
 雄二と摩耶香の前に、見上げるような肉の壁が三枚出現した。
 ――いや、それはよく見ると、天願教団のあらごと担当である、時郎、三四郎、五十六、三人の巨漢の背中であった。
「摩耶香様、ですぎた真似をして、申し訳ありません。お邪魔にならないよう、ギリギリまで待ったつもりです、が……」
 時郎が半分振りかえり、代表して言い訳した。
 同時に時郎たちの向こうから、「ガガガガ」という格闘ゲームでコンボ技をきめた時のような打撃音が瞬間連続したかと思うと、いきなり静かになった。
 雄二がまわり込んで覗いてみると、壱郎が立っており、周囲にグラサン男たちがノックアウトされてゴロゴロ転がっていた。文字通り瞬殺であった。
 壱郎は、最後に残ったグラサン兄貴分の、拳銃をもった手をひねり上げている。
「イテテテテテ……、は、はなせっ、この野郎」
「見さげはてた下衆め――。あらうことかわれらが教祖に、拳銃のような卑しいシカケを、向けるとは。そのような代物、こうしてくれよう」
 壱郎が、ひねり上げた男の手の中の拳銃に、掌でさあっと撫でるような不思議な仕草をした。
 瞬間。
 ばあぁん、と奇妙な音がして、拳銃のネジというネジがグルグルひとりでに緩み、スプリングやら何やらと一緒に飛び出してオートマグナムは自壊した。男は自分の手の中で、プラモの部品状態になってしまった拳銃の残骸を口半開きでボーゼンと見つめている。
 壱郎が男をドン、と突き飛ばした。
「あ、わ、わ、わ、わ……」
 兄貴分はひざまずいて、一人でパニクっている。
 その姿を見下ろしながら、壱郎が指をつきつけ宣告した。
「貴様らは、これから、黄泉の国へ旅立つことになる。むろん、不帰の旅だ。――三つ数える間だけ、時間をやろう。辞世の句を詠むなり、家族に別れを告げるなり、自由にするがよい。安心しろ、痛みは感じさせない。一」
「あ?は?え?な、なんだって、ちょっとなんでそうな……」
「二」
「いや、だからさ、そそそそんな今急に辞世の句とか詠めないし俺国語の成績悪……」
「三」
「ウギャーッ、おかーちゃんおかーちゃん助けてやめてー人権侵害とか死刑とかハンタイハンタイハンターイ」
「待ちなさい」
 摩耶香が進みでて、凛とした声でよびかけた。
「はい、摩耶香様」
 壱郎が振り返る。
「そのようなどうしようもないヤクザ者とはいえ、生きていれば更生の機会はあるのですよ。いまはまだ最終決断をするには早すぎます。今回は見逃しておやりなさい」
「――わかりました。仰せのとおりに、いたします」
 壱郎はグラサン男に向きなおり、哀れみをこめた目で告げる。
「摩耶香様のお慈悲に感謝しろ。貴様らは、本来、この場でその生を終えるはずだった。――二度目はないと思え」
「あうあうあう……ま、摩耶香様!? ――というと、あの天願教団の……」
「なんだ、下郎の分際で、知っておるではないか。その通りだ」
「ゲ、ということは、お、おまえらあの裏格闘技界で頂点をきわめた、四天王……」
「そうだ、オレタチはさらなる高みをめざし、天願教団で修行している」
 男は口をパクパクさせながら、摩耶香と壱郎の間で視線をいそがしく往復させた。
「ひい、し、し、ししししし失礼しました、どうかお許しを、バチとかあてないで」
 グラサン男は文字通り飛びあがり、いまだに転がったままの手下を手当たり次第蹴飛ばして起こすと、奇声をあげながら転がるように逃げていった。
「なんなんだ……」
 雄二もどうコメントしてよいかわからない展開である。
 騒ぎをみていた周囲の人から、感嘆のため息とともに自然と拍手が沸きおこった。
 その拍手と称賛の眼差しは、壱郎はもちろんだが、主に摩耶香に向けられている。
 なんせ、カッコイイのだ。
 人から崇められるような天稟を、やはり持っている。教祖は天職だった。
 どうやら、はたして、いまさらながら大変なコを彼女にしてしまったなぁ、と気付く雄二であった。

==続く==

●次回で終われるかな? 更新はたぶん桜の咲くころです。


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