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天に願いを・外伝
あのコはやっぱりお騒がせ


作:赤目(REDEYE)



「――なんだ、イクちゃんかぁ」
 振り向いた雄二は胸を撫で下ろした。
 いつの間にか摩耶香の弟・イクが背後にいたのであった。
 原色系ツートンカラーのパーカーにデニム地の半ズボン、ナイキのスニーカーという十歳の男の子らしい服装のイクだったが、それでもややもするとウルトラショートカットの女の子と間違えそうになってしまう。これで髪飾りの一つでも付けたら絶対男の子には見られないだろう。そんなフェミニンなところは相変わらずだったが、これでも天願教団の副代表なのだ。
「こんちは」
 イクは短く挨拶してくる。
「しばらくぶりだね。といっても最後に会ったのまだ十日くらい前だっけ?」
「そうですね」
 イクは素っ気なく答えてポケットに手を突っ込んだ。ちょっと翳のある顔で目を逸らす。
「――ん? なんか今日はまた随分ご機嫌……」
 そんな風に軽口を叩きかけて、さすがの雄二も気付いた。いまここにイクがいるということは、摩耶香と一緒にやって来たのだろう。ということは――。
「あの……さっきのアレ……見てたんだ?」
 雄二は思わず視線をさまよわせながら、うわずりかけた声で訊いた。
 イクは、顔を上げたり、すぐまた目を落としたり、しばらく落ち着かない様子だったが、やがて横を向いたままあきらめたように答えた。
「ええ」
「うっ。ど、どこから……見てたのかなぁ」
 雄二はガクゼンとしながら、またもや余計なことを訊いてしまう。
「あの……最初からずっと、見てました」
 イクはつらそうな顔で俯いてしまった。
「そっかぁ……」
 雄二は不安の滲む面持ちで、胸元にかかる摩耶香の長い髪を弄んだ。
「……」
 二人の間に降りる沈黙。
「いや、ち、違うんだイクちゃん。あれはさ、オレが言い出したんじゃなくて、摩耶香ちゃんが無理やり――」
「したくないなら、断ったらどうですか。男のくせにあんなカンタンに姉さんの計略へ乗るなんて」
 イクは頬を少し膨らませてブーたれた。眼差しは冷たい。
「その……別にしたくないってわけじゃ――わ、違う違う。そりゃオレだって断りたかったかけどさ。マヤちゃんたらこんなオトナの格好してくるし、いつにも増してキレイだしさ……わかるでしょ?」
 雄二は、ちょっとジャケットの腕を広げてポーズを取ってみせた。
 イクは一瞥して即答した。
「香水付けた姉さんはキライだな」
「まあまあそう言わず」
 歩み寄ろうとした雄二を拒絶するように、イクは後ろを向いてしまう。
「はぁ〜……例によって姉さんの無茶な計画、雄二さんなら阻止してくれると思ったのに。こんな意志がよわいとは知りませんでした」
「ぐっ……」
 言われっぱなしで我慢の雄二である。それもこれも、実は血の繋がっていない姉・摩耶香に向けるイクの、微妙に一線を超えた感情を承知しているからであった。ちなみに摩耶香が峰谷家の養子であることは教団の秘密である。
 雄二はここでさらに折れた。
「ごめんイクちゃん。摩耶香ちゃんと考えなしにキスしたのは本当に悪かった。今後は誘惑されても耐えられる鉄の自制心を持ちます」
「いえ、別にそこまで……そりゃたまには――えへん――そういうことされても、良いんですよ。雄二さんと姉さんは教団公認の仲だし。わたしだって、本心をいえば祝福したいと思っているんです」
 イクはようやく少し機嫌を直したらしく、振り返って言った。
「でも、あんな言われるままに……しかも、他人の目があるのに……せめてもっとわからないように……ぶつぶつ」
「まさかイクちゃんが居るとは、知らなかったんだって。今後は周囲をよく確かめてから……あわわ違う、そういうことはよほどのことがなければ、しませんから。うん」
 うん、うんと長い髪を振り乱して大きく首を縦に振り続ける雄二を見て、イクは安心したらしく、「そのハイヒール、歩きづらいでしょ?」と言いながら鞄からパンプスを取り出して地面に並べてくれた。
「おっ、さすがイクちゃん、気配り上手」
 いい加減なおべんちゃらを言いながら、雄二はイクの手と肩を借りて、ハイヒールから底の低いパンプスに履きかえた。
「サイズはどうですか?」
 イクはしゃがんだままこちらを見上げて訊ねてくる。
「もちろんピッタリだよ。姉のことならなんでも識ってるイクちゃんが、足のサイズくらい間違うわけがナイ」
「またそういう……」
 イクが気を利かせて持参していた缶ジュースを手に、雄二とイクは手頃な庭石に並んで腰かけ小休止することにした。雄二が座るところへパッとハンカチを広げるあたり、イクは子供なりになかなかの苦労人であった。

 イクの説明だと、今回のことは昨晩突然摩耶香が思い立った計画らしい。ということは思い付いてすぐ雄二に電話してきたのだろう。止める暇もあらばこそ、イクにだけは全てを話して今日教団を飛び出してきたというわけであった。
 摩耶香はどうしても男の身体が必要だったというのである。
「それが解らないんだよ。マヤちゃんはオレの身体を強奪していったいどうするつもりなの?」
 雄二は当然の疑問を口にした。
「それは――言えません。言ってはいけないことになっていますので」
 イクは雄二の隣りで申し訳なさそうな顔をした。
「ははぁん、マヤちゃんに口止めされてるな? いや、どこかの山に向かったのはわかってるんだけどさ。あれだけオレに登山の準備させてたから」
「それも、ノーコメントです」
「まったくイクちゃんも教団の人達も相変わらずだなー。教祖・マヤちゃんの言いなりだもの」
「雄二さんだって姉さんの言いなりじゃないですか」
「言ったなー! 吐け、吐くんだよこのやろー」
 雄二はイクに背中から抱きついた。
「きゃはは、くすぐらないで下さいよ、だめ、だめだって、わたし首筋よわいんで」
「秘密を吐いたらやめる」
「い、いえません、きゃはきゃは――」
 どうやらこの作戦はダメらしい。
「――うっ」
 雄二は突然苦しそうに声を上げると、立ち上がり身体を震わせながら虚空を掴むような格好をして、すぐにガクッと両手と頭を垂らした。
「ど、どうしたんですか雄二さん!?」
 さすがにイクも腰を浮かせて驚いている。
 だが次に雄二が顔を上げたとき、その表情は一変していた。
「――あれ? ここはどこ?」
 キョロキョロと辺りを見回す。
「え?」
「なあんだ、八風神社だ。――イク、なんでここに居るの? あたし雄二くんと入れ替わって……」
 突然めまいに襲われたかのように、目許に手をやって再び座りこむ。
「ね、姉さんなんですか?」
「ああ、なんだか頭がぼうっとするわ。無茶な入れ替わりの後遺症かな……」
「え、えっと、大丈夫ですか?」
 イクが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「うん、まあね……でもなんだか記憶が混乱しちゃって」
 言いながらけだるい表情で危険な彩りを秘めた眼をイクへ向ける。
「あたし、雄二くんと入れ替わって何をするつもりなんだっけ」
 髪を掻き上げながら、物憂げに問いかけた。
「え……それは……だって姉さんは雄二さんの身体で――」
「身体で、なに?」
「ほ、本当は姉さんじゃなくて雄二さんなんでしょ? キスでしっかり入れ替わったじゃないですか。知ってるんですから、そんな簡単に戻るわけ……」
「ねえイク……」
 やるせない溜息をつく。
「最近イクはあたしに甘えてこないよね。弟が知らない間にどんどん大人になって遠く離れてくみたいで、あたし本当はね、少し寂しいんだよ」
 慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、イクにすっと擦り寄り、額をぴたっと相手のそれへ密着させる。
「あたしの眼を見て……姉さんが嘘言ってると思う?」
 甘い声で囁いた。
 イクは痺れたように凝固している。
「早く思い出して手を打たないと、入れ替わりが解けた雄二くんがあたしの計画に気付くかも……だから教えて? あたしは何をしようとしてたんだっけ」
「ね、姉さん……で、でも、違うもん。違うもん」
「なにが違うの?……ふふ、こうしていると幸せだわ。昔はよくこんな風に肩寄せ合って長い間話し込んだよね。イクが意地を張らずあたしに甘えてくれたら、いつでも胸を貸してあげるのに」
 言いながら、イクを今度は背中の方から抱きしめる。長い黒髪が前へ流れて、イクの頬を撫で胸にかかった。
 そのまま、イクの頭に顔を埋めて大きく息を吸い込む。
「遠慮せず昔の甘えん坊に戻っていいんだよ……今あたしたち二人だけなんだから」
「お、おねえちゃ〜ん……」
 眼を潤ませてとうとうイクは陥落した。
 身体の向きを変え、紅潮した顔で姉の胸に顔を埋めて思い切り甘えてくる。
 耳元へ囁かれる姉からの誘導尋問に乗り、またたく間にイクは秘密計画のすべてを白状していた。
「――ふ〜ん、なるほど、そういうことか」
 突然口調を変えた姉の様子にイクはハッとして顔を上げた。
「ね、姉さん……!?」
「まったく摩耶香ちゃんも水臭いなあ、そんなことなら最初から相談してくれればいいのに」
 雄二は頬をポリポリやりながら呟いた。
「あ……あっ……あーーっ! や、やっぱり雄二さんじゃないですかぁ」
 イクは半泣きであった。
「どうすんですか、どうすんですか」
 言いながら、拳でポカポカ殴りかかってくる。
「いやっ、どうするって言われても……オレ摩耶ちゃんの真似うまくなったでしょ? ヘヘ……って痛いよイクちゃん」
「うわーん、絶対言っちゃダメっていわれてたのに、もう喋っちゃったぁ」
 イクは泣き出した。
「おいおい、天願教団の副代表が、そんな子供みたいな……」
「ひどいひどい、雄二さんの悪魔ぁー」
 イクは泣き叫んだ。
 雄二は、「だから悪かった、悪かったって」と言いながらなだめるしかなかった。
 風がざあっと吹いてきて、楡の木の葉を揺らしていく。

==続く==


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