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天に願いを・外伝
あのコはやっぱりお騒がせ


作:赤目(REDEYE)



 あるさわやかに晴れた土曜日の午後、八風神社の境内の外れ――。
 この神社を預かる業田家の息子、業田雄二がナップサックを肩に人待ち顔で楡の大木の下にたたずんでいた。足元には畳まれた小型携帯テントのバッグがある。
 待ち人は峰谷摩耶香――新興宗教・天願教の教祖となった少女である。雄二と同じ十五歳なのに、その類まれな霊能力で信者からの崇拝を集め、とうとう母親から正式に教祖の地位を譲りうけた。漆黒の長い髪も麗しい神秘的な雰囲気の少女であり、ちょっと近寄りがたい感じすらある。
 そんなやんごとなき娘をなぜ雄二みたいに何の取り柄もなさそうなボーッとした奴が待っているのかって? それは今からお話しすることにして、どうして二人がそもそも知りあい、唇を重ねると互いの心が入れ替わってしまう理不尽な体質になったかは、この外伝の本編『天に願いを』に詳しいので、そちらへ譲ることにしよう。
 まあとにかく、あの本編ラストのあと数週間経ってから今回のお話しが始まる。

 雄二が山中で一泊できる準備を整えて摩耶香を待っているのは、昨日の電話のせいであった。一週間ぶりに摩耶香から電話が掛かってきて、明日の午後に登山の準備をして待っていてくれ、詳しいことは会った時話す、ということだったのだ。
 火災で焼失した八風神社の本堂もカミカゼ的な突貫工事で既に完成しており、その後の“新装開店オープンセール”は地元S市のメディアでも紹介され、たくさんの参拝者が訪れていた。特に、先週まで摩耶香が臨時で巫女として毎日手伝いに来ていたこともあり、異常によく効くお祓いをしてくれる巫女さんの噂が参拝者増加に拍車をかけていたのであった。
 いくら火災の件で引け目があるとはいえ、ここまでしようとする摩耶香の頼みとあらば、雄二はどんな願いでも喜んで引き受けるに決まっていた。しかも、今の雄二は摩耶香から個人的に頼りにされる教団顧問にも就任しているのだ。

「雄二くん、お待たせたかしら?」
 ちょっと気取った声がして、雄二がそちらを見ると、ちょうど古い木造の倉庫の角を曲がって摩耶香が姿を現したところだった。
 その出で立ちに、雄二はあからさまにドッキリしてしまう。
 なぜって、いつもと全く違うぐっと大人っぽいスーツ姿の摩耶香がそこにいたからだ。アイボリー・ホワイトのツイードジャケットに、揃いのタイトスカート、そして襟の大きなライトブルーのシャツ。流れる黒髪をまとめるヘアピンもシックな色合いで、小さく控えめな耳飾りまでしていた。
 そして、驚いたことに、足元は白いハイヒールであった。
 こんな装いをすると、もともとほっそりとした肢体で凜々しい顔立ちの摩耶香は、もう雄二より四歳も五歳も年上に見える。それでいて全体的には清楚でかわいらしい少女の雰囲気を残していた。
 ああ、やっぱりマヤちゃんは天に選ばれた特別な人なんだなぁ――と雄二は深い感慨をもった。
 ただ着こなしこそ完璧にみえる摩耶香も、さすがに振る舞いには付け焼き刃な面が露になっていた。原因はハイヒールである。履き慣れないせいで、一歩一歩非常に歩きにくそうにしている。時々地面の凹凸や木の根につまずきそうになって実に危なっかしい。
 雄二が手を貸そうと摩耶香の方へ二〜三歩近付いた刹那、摩耶香はハイヒールの左足をぐぎっと違えてつんのめりかけた。
「きゃっ」
 と声がして、摩耶香の身体が雄二の腕の中に飛び込んでくる。
「マヤちゃん、大丈夫?」
 雄二は相手の身体をしっかり支えて、摩耶香が自分で体勢を立て直すのを待った。
「――ありがとう」
 摩耶香は雄二をちょっと上目遣いに見て、一瞬はにかんだような表情浮かべてを身体を離した。
 雄二はドキドキした。
 摩耶香が飛び込んできたとき、一緒に柔らく匂うものがあったからだ。
「マヤちゃん、香水つけてるの?」
「うん」
 やっぱりわかってくれたか、というような微笑みを浮かべて――どうやら照れも半分くらいはありそうだが――摩耶香は言った。
「華枝さんに選んでもらったの。フランスのナントカっていう香水なんだそうよ。この服も見立ててもらったんだ」
 ちょっとジャケットを見せびらかすようにする。
 シングルマザーの華枝もあの事件以来、すっかり摩耶香の個人的な相談相手になっているらしい。もしかしたら華枝も教団顧問といえるかもしれなかった。
「いやー、オレいま、われながらバカみたいな顔してるんじゃないかと思うけど……」
「なに?」
「……ちょっと見とれちゃうかな?」
「ふふーん? そう?」
 摩耶香は気取った仕草で髪を掻き上げてみせた。
「ハイヒールが履きたかったんだよね」
「?」
「それに合わせて、服とか全部コーディネートしてもらったの」
「ん? そういえば、登山するんじゃなかったの? オレはまたてっきり泊まりがけで山に入るんだと思って、気合い入れて準備してきたのに」
 摩耶香の出で立ちは、確かにそんなアウトドアの方向からは程遠い。
「ううん、山には入るよ?」
 そう言って摩耶香は謎の微笑みを浮かべると、ちょうど動物園の飼育係が動物の健康状態を診るときのように、雄二の腕やら肩やら腹やら足やらを、かがんだり回り込んだりしながら突然ペタペタと叩き始めた。
「ぬあ!? なにやってるのさ、マヤちゃん」
「まあ、いいからいいから」
 摩耶香はなぜか含み笑いを漏らしながら、その作業を続行した。
「おお、やっぱり肉付き、体付きは以前と比べて変わってないわね。雄二くんっていま健康だよね?」
「まあね。健康にだけは自信があるから。風邪ひとつ引かないよ」
「うんうん、結構、結構。それから、足は速かったよね?」
「一応ね。なぜかオレ、駆けっこだけは短距離も長距離も得意だから」
「いいわねえ、それは」
 摩耶香は感慨深げに腕を組んで言った。
「それと、今回のことと、どういう関係があるわけ?」
 雄二の質問に、摩耶香は「うん、それはね」と言って、なにか思い切ったような様子でくるっと後ろを向いてしまった。
「マヤちゃん?」
 雄二には、摩耶香の行動がどうも不可解だった。
「――あのね、雄二くん。聞いてほしいことがあるの」
 摩耶香は、大きな深呼吸をひとつすると、後ろを向いたまま話し始めた。
「うん」
「“あたしこの一週間、雄二くんに会わなくて、それで気付いたの”」
「?」
「“雄二くんがあたしにとって、いかに大きな存在かってこと”」
 雄二は首を捻った。なぜか摩耶香の話し方は大根役者がやるような棒読み調である。
「“だから――”、……んんっ、んもう……わかるでしょ?」
 だがこちらを振り返った摩耶香を見て、雄二はまたもやドギマギした。
 口調こそ怒っているような感じだが、摩耶香は恥ずかしがっている。人前でこんな顔を滅多に見せないのは、雄二も知っている。
「……ス、しよう……」
 摩耶香はうつむき加減にしながらほとんど聞き取れない声でつぶやいた。
「え?」
「だから、キ、ス、よ……」
「う……」
「……」
「……」
「……ってなによこの沈黙は!? 乙女が勇気を出してこんなお願いしてるのに」
 摩耶香に睨まれ、あいまいな微笑みを浮かべながら後ずさる雄二。
「や、はは、だ、だけどさ。摩耶香ちゃんも知っての通り、オレたちキスすると心が入れ替わっちゃうし……」
「そんなの、あとでもう一度キスすればいいでしょ。とにかく――しようよ」
「う……ううん。でもいきなりそんな……」
「んもう……お願いしなくちゃダメなの?」
 摩耶香は小首を傾げ掌を胸元で組み合わせる仕草で、しっかり“お願い”してきた。その切なげな表情、たまらなく蠱惑的だ。
 雄二は一瞬で陥ちた。摩耶香みたいな娘に目の前でこんな顔をされて、耐えられるわけがない。
 二人はそっと歩みよると、目を閉じ、互いにこわれものに触れるかのごとく、ゆっくりと唇を重ねた。
 次の瞬間。
「やったぁ!」
 聞き覚えのある自分の声がして、雄二が目を開けると、目の前に自分が立っていた。もちろん中身は摩耶香で、つまり心が入れ替わったわけである。今の雄二の心は、逆に摩耶香の身体に入ってしまっている。
 問題はそこからであった。摩耶香(=身体・雄二)は、ガッツポーズをして、「男GET!」と嬉しそうに叫んだのである。
「は……はぁ?」
 雄二は、今は摩耶香のそれになった声で、思わず間抜けな声を出してしまう。
「ちょっとマヤちゃん、一体コレはどういう……?」
「はっはっは、男なら細かいことは気にしない気にしない」
「なにか企んで……で……て、あ、あーっ、もしかして!?」
「気にしない、気にしない」
 言いながら摩耶香は携帯テントのバッグを掴み上げて、後ずさりし始めた。
「ちょっと待っ……」
 雄二が一歩踏み出すと、摩耶香は背中を向けて一目散にそこから逃げ出した。
「あっ、やっぱり! こらぁ、オレの身体を返せー!」
 後を追おうという雄二の努力は、すぐにハイヒールの足がグギッとくじけることで挫折した。そのまま地面に両手を付く。
「悪い、雄二くん、カラダ少し貸して。日曜の夜までには帰ってくるから」
 摩耶香は境内を駆け去りながら叫んだ。
「貸すって……だいたい一体どこへ」
「それは秘密ー! じゃーな“摩耶香”、明日まで女らしくしてるんだぞー」
「や、やられた……」
 雄二は、地面で四つん這いになったまま、絶望をおぼえた。摩耶香の姿はもう見えない。すぐに参道の石段を駆け降り、表の道路まで出てしまうだろう。
 それにしても、摩耶香の作戦はカンペキであった。わざわざハイヒールを履いて、入れ替わった雄二が絶対後を追えないようにしているのをみても、周到な計画性が伺える。香水を付けたり、大人っぽい格好をしてきたのも、ぜんぶ雄二を誘惑してキスへ持っていくためかもしれない。
 齢十五にして悪女の資質が濃厚に感じられる摩耶香であった。
「カァ、カァ――」
 裏の里山から飛び立ったカラスが雄二の頭上を飛んでゆく。
「……」
 雄二は敗北に耐えた。
「……まっ、いいかぁ」
 顔を上げる。摩耶香の艶やかな長い髪が、顔の左右で揺れている。
「マヤちゃんキレイだし、入れ替わるの久しぶりだから、明日まで……た、楽しんじゃおうカナ」
 こういう脳天気なところが雄二の特徴である。雄二は衣服や身体についた土を払いながら立ち上がった。
「あれ?……なんか足全体に違和感があるかと思ったら、マヤちゃんストッキングまで履いてるよ」
 雄二は、摩耶香の、というか今は自分のものになった足を見下ろした。
 スカートから伸びているそれは、確かにナチュラルな肌色のストッキングに包まれていた。
「うわぁ……マヤちゃんただでさえ足とかキレイなのに、こんなの履くとまた一段と……」
 雄二の胸はドキドキした。健康な十五歳の男子としては当然の反応である。
 雄二は、ゴックンと喉を鳴らして、おそるおそる、という感じで、スカートをめくり上げはじめた。
「ああ……見たい……でもやっぱダメだ。……ああ、でも……我慢が。げ、限界だぁ。あああ、マヤちゃんごめん、手が勝手に……」
「雄二さん」
 雄二は飛び上がった。
「ひゃういっ、ごめんなさいごめんなさい、ちょっとストッキングが伝染してるんじゃと思っただけで、決して誓ってやましいことは全然っ――」
 背後から聞こえたのは、摩耶香の弟・イクの声だった。

==続く==

●作者より
 「やおい」ではありませんが、外伝は「やまなし、おちなし、いみなし」ということでお願いします。いや、ほんとオチはありませんて。


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