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すすめ!さざなみ児童合唱団

第五楽章 わざうたと月の夜(九)


作:赤目(REDEYE)



 ツキミーナと対決することへの不安は、やはり子供たちの心におおきな重石となってのしかかっていたらしい。しっかりしているようでまだせいぜい十歳からの子供たちなのだ。物の怪とも幽霊ともわからないような存在に、仲間の一人をさらわれ、あまつさえ今夜会って“話”をしようというのだ。大人の一希でさえ不安でないといえば嘘になる。
 だが葵鼎寺の住職に隠しごとを言いあてられ、赦されて後ろ盾をえたことで、そんな重い気分もふっ飛んでしまったようだ。どこか縮こまっていたみんなの表情に素直なあかるさがもどっていた。
 お風呂の時間になり、十人づつまとまって入浴することになったが、一希たちはヤマダ軍で固まり、そこへ普段は別行動のかなみ(――こと多貴子)もやってきた。上の学年なのでいつもは同じ歳の子たちといっしょだ。
「姉さん、どうしたの」
 一希は多貴子にすり寄って耳打ちした。
「どうしたのって、ぐふふ……別に」
「ぐふふって。……あの、まさか男の子の入浴を見に来たんじゃないだろうね」
「そうだよ」
 多貴子はあっさり認めた。
「だってこの年代の男の子ってカワイイんだもん。いっしょに入れることなんて二十一世紀でだってなかったんだぜ」
「あのねえ……」
 一希はあきれたが放置するしかなかった。当然、男の子も女の子もいっしょに入浴する形になるが、この時代はこれが普通だ。ヤマダ軍、かなみの他は、早苗とさち子、寂光院春江と新子もいる。春江はヤマダ軍の男の子三人には冷たい目を向けたが、どうやら合唱団トップのさち子とはいっしょの組にいたいようであった。
「寂光院こえぇよお」
 こんどは恒夫が一希にすり寄ってきてささやいた。
「ゆりの、なんだよあれ。わざわざこの組にきやがって。おまえ女だから理由がわからないか」
 “ゆりの”としても自分も春江に折檻されたことが思いだせて苦手意識はあるのだが、ここは大人の余裕、というか女の子としての余裕をみせて答えるしかなかった。
「恒夫くん、男のくせになに言ってんの? 女の子一人がこわくてアメリカ軍に勝てるのかなぁ?」
 ちょっとケイベツしたような表情をつくって言ってやった。
「バ、バカヤロウ。こわいわけないだろ。おれは平気だ」
 恒夫の態度もわからないではない。春江は、華族ということもあって普段は木下姉妹以外の子たちから距離をおいて超然としているし、生涯のライバルと認めているらしいさち子にしか心をひらかない。それでいて礼儀作法や挙止などはどの子にもいちいち注意するものだから、すっかりこわもてで通っている。
 脱衣場で服をぬぎ、それぞれカゴにたたんだ服をいれる。ここからして既にかなみが男の子たちのほうばかり見ているので、一希は背後へまわって尻をつねってやった。振りかえりもせず手を払い、返ってきたこたえは「うるさい」であった。
 早苗がさっと湯浴みをしてちょうどいい温度なのを確認すると、それぞれかけ湯をしてみんなでならんで湯舟につかった。
「うーん、いいお湯」
「ごくらくごくらく」
 こうして並んで風呂にはいると、また普段とはちがった深い仲間意識がわいてくる。姿こそかわいらしいが、童謡を歌わせたらとびきりだし、今夜することを考えてもいまの一希にはほんとうに頼もしい子供たちに思えた。
「ねえ、……新子ちゃん」
 めずらしくソーコが話しかけている。
「なに?」
「朝までに、市子ちゃんが帰ってこられるといいよね」
「……うん」
 あたたかな沈黙。みんなそれだけを考えて今日はここにやってきたのだ。
 一希は胸がいっぱいになるのを感じた。どうやら魔法の時間がやってきたようだった。
「みなさんは…」
 と、ためらいながらも声をあげたのは春江であった。
「みなさんは、いま幸せですよね。わたくしも、幸せです。――だって毎日大好きなお歌を歌えるし、日本一の児童合唱団で、日本一の相沢先生にご指導いただいているのですから」
 みんなおのおの頷いた。
「でもね、……イヤダあたくしったら、なんでこんなこと。でも言いますわ。この幸せがいつまで続くかと思うと、ふとこわくなるのです」
 春江は言葉をきった。沈黙に万感がこめられているようであった。一希は、他の子たちもおなじ思いを持っていることを感じた。
「いまは戦争中です。このまま戦いがひどくなったら……さざなみ合唱団はいつまで続けられるのでしょう」
 それは誰も答えられない質問であった。ひとつの史実としての「未来」を知る一希たちでさえ、この世界の戦況は正確に予想できるものではない。
「日本は戦争に勝つ。――勝つんだよ。そしてさざなみはずっとつづく」
 いつも元気な恒夫だったが、いまは自分に言い聞かせるようにつぶやいただけであった。本当のところ、対米戦争がもうかなり危ない局面に入っていることは、子供たちでさえ知っている。普段はそれを表だって話さないだけだ。
「寂光院さん――」
 誰も答えられない質問に、あえて答えようとしたのはさち子であった。少し首をひねってから続けた。
「寂光院さんは大きくなったら結婚するでしょう?」
「な、なんですか、鈴原さん。そ、それはやはり……。良いご縁がありましたら、そうなりますわ」
 春江は、湯につかっているせいばかりでなく、顔を赤くして困ったように目をそらしながら言った。
「結婚したら、子供をつくります。――ね? あたしだって同じ。それで、生まれてきた赤ちゃんに、きっと童謡を歌ってあげると思うの」
 考え考えいうさち子の言葉に、みんな聞き入っていた。
 春江はさち子を見ている。
「そうですわね」
「さざなみで覚えた歌は、たぶん死ぬまで歌っていくと思う。合唱団をはなれてもひとりひとりがさざなみの一員であることは変わらないの。だからたとえ、合唱団がなくなってしまう日がきても」
 さち子は自分の言ったことにちょっとびっくりしたように言葉をきった。
「誰かひとりさざなみの子がいれば、さざなみは消えたりしない、っていうか…。そのキモチがある限り、どこかでまた始めればいいの。――うーん、あたしにはこれ以上うまく言えないや」
「鈴原さん、わかるわ。相沢先生に教えていただいたことは、一生忘れませんから。そう、あたしたちひとりひとりが先生の教えを受け継げばいいのね」
 春江とさち子はお互いを見あって微笑んだ。それは、心が通じた者どうしの自然の感情の現れであったし、普段はこんな風に内心を吐露しない春江と、こんなに人前で長く話さないさち子の、照れ笑いであったかもしれない。
 一方、一希と多貴子もこっそり目くばせして微笑んだ。鈴原さち子が、一希たちのいた世界では実際に相沢のあとをついでさざなみ児童合唱団を永らく率いていることを知っているからであった。
「よし、お前ら話は終わったか。全隊、立てー。風呂から上がって泡だらけ作戦を行う」
 恒夫は湯舟から勢いよく立ち上がりながら叫んだ。
「あたしたちはヤマダ軍じゃないからね!」
 湯船の波紋のとばっちりを受けた早苗が叫びかえす。
「恒夫くん、お身体洗ってさしあげましょうか、オホホ」
「な、なんだかなみ、気持ち悪いなあ」
「あーら、いつもデキのわるい妹がお世話になっていますから」
「そ、そうか? じゃあ」
 かなみはまんまと恒夫の全身を石鹸で泡だらけにする権利を得たようだ。
 一希はにんまりとした様子のかなみをため息まじりに横目で見やった。
「ゆりのちゃん、こっち。三人で洗いっこしよう」
 春江と洗いっこをはじめていたさち子が誘ってきた。
「――え、あたしなんか、だめです。まだ新入りだし」
「ゆりのさん何をしてるの。早くいらっしゃい」
 春江にまで言われてしまった。この二人に完全に見込まれてしまったらしいが、こうなると逃げ場がない。仕方なく少女ふたりと身体を洗いあう一希であった。
 このあと新子と早苗の洗いっこペアに、恒夫が派手に水をぶっかけたためひと波乱あったが、春江に一喝された恒夫が、形勢不利とみるや玉砕まえに浴場から撤退したので、その沙汰は大波乱にならずすんだ。

==続く==


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