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すすめ!さざなみ児童合唱団

第五楽章 わざうたと月の夜(六)


作:赤目(REDEYE)



 一希の口からふっと出てしまった言葉、それは――「合宿しよう」だった。
 子供たちが急にさわがしくなった。一希がなにを意図しているかそのひとことでわかったからであった。みな口々に一希の提案について熱心に語りあっている。
「うん、しよう!」
 さち子が代表してこたえた。さち子は満面の笑みでお気にいりの少女=霧島ゆりのへの全幅の信頼をよせてきた。さち子だけではない。合宿する案はこのみじかい時間でほぼ全員に受けいれられたようで、何人もの子供たちが素直に敬意の視線を一希にむけてくるのであった。
 これには、なにも具体的なことを考えていなかった一希のほうが慌てなければならなかった。
「ちょっと待ってみんな、まだそれで本当にいいかわからないし……」
 自分の声がいかにも頼りなげな幼女そのもののように響くのがわかる。
「ゆりのちゃん、なにいってるの? もうそれで決まりだよ」
「さすが名探偵リボンちゃん」
「やるじゃないかゆりの! お前はヤマダ軍の二等兵から上等兵へ格あげだ」
 すでにどこで合宿しようか、という話が子供たちの中ではじまっていた。
「あうう…」
 ここで地獄に仏というか、合唱団を率いる相沢が練習場へ入ってきた。
「やあ皆、遅くなって悪かったね。新しい曲を書いていたらすっかり時間が経ってしまってね」
 ところが早苗がすぐに相沢のところへ近づき物怖じもせず言うのだった。
「すいません先生、いまわたしたち大事な相談をしているんです。もうちょっと団員だけで話しをさせてもらえませんか」
「おお、そうなのかい? じゃあ僕はあとすこし外の空気を吸ってこよう」
 相沢はそそくさと練習場を出ていった。
(相沢先生……)
 一希はなんだか哀しくなった。相沢は当然、市子が行方不明になったことは木下家から聞いているはずで、その件で子供たちなりの納得するまでの話しあいを尊重したともとれるのだが、本当に優しすぎる先生だ。
「ゆりの、ちょっと」
 姉のかなみに腕をつかまれた一希は、練習場の隅まで連れていかれた。
 かなみは身体をよせて小声で話しかけてくる。
「抱炉、どうするつもりだ」
「といわれても……姉さん、どうしようか」
「どうしようかじゃねーよ、お前が提案したんだろ」
 かなみは姉貴分の多貴子にもどって詰問してくる。
「合宿するのはいいとして、子供たちに危険はないのか。井上クンの話だとツキミーナは変異現象だそうじゃないか」
「……」
 多貴子の心配はもっともであった。
 たぶんことの経緯からして、市子がツキミーナに連れ去られたのは間違いないと思われる。
 そのうえで一希が合宿を提案したのは、さざなみの子供たちが一箇所に集まって就寝すれば、そろって同じツキミーナの夢をみられ、そして夢のなかで皆でなにかできる、具体的には協力して市子をとりもどすことができるのではないか、と閃いたからであった。そこまでは、子供たちも一瞬で理解していた。だが市子が実際にさらわれている以上、そのとき子供たちに危険はないと断定することは困難だった。――といって、何もしない場合でも条件は変わらないように思える。ツキミーナをなんとかしない限り、また子供たちがさらわられる可能性はありそうだ。
「姉さんどう思う? ツキミーナを霧島研究所がなんとかできるだろうか。最低でも市子ちゃんを取りもどして、他の子たちの安全も以後確保しなくちゃならない」
「……」
 こんどは多貴子が沈黙する番であった。
 状況はいまの時点で五分五分のように思われた。だが一希には確かめたいことがあった。そもそも、なぜツキミーナは木下姉妹のところへやって来たのか。
「おねえちゃん、ちょっと待っててくれる?」
 一希は幼い少女にもどると、すっかりお泊り会の相談にうかれる子供たちをぬって、まだ春江といっしょにいる新子のところへいき、ある質問をした。そして予想どおりの答えをえた。先日の調査で、団員の家庭のことはだいたい把握していたのだが、木下姉妹の父親は警視庁のエリート警部であった。そして新子の話だと、ツキミーナ捕縛の夜に大阪へ出張していたのだ。これでツキミーナと木下姉妹がつながった。
「姉さん、思ったとおりだった。たぶん市子ちゃんたちの父親がツキミーナを連れてきてしまったんだ。さざなみの子供たちとの関係はわからないけど、これまで繰り返しみてきた夢や、ツキミーナが市子ちゃんたちに気付いた途端、さらおうという行動に出ている点からして、ツキミーナが木下姉妹だけでなく他のさざなみの子にも同じことをする可能性は大きいと思う。なにかさざなみとツキミーナのあいだには特別な関係があるんだろう」
 多貴子のところへもどると、一希は自分の推理をはなした。
「ふむ……あたしもそんな気がしてたよ」
「それと、オレは一度だけしか見てないけど、夢に出てきたツキミーナの感じは……」
 一希と多貴子は目を見あった。
「ゆりのの言いたいことはわかる。……昨日は夢をみてないのか」
「ああ、井上さんに遅くまでデータ整理を手伝わされて……」
「なんだそうか、きっぱり断ればいいのに。あたしは見たぞ。そのとき聞いたツキミーナの歌の旋律はしっかり採譜しておいた」
「さすがおねえちゃん」
 一希は多貴子の胸を頭で小突いた。
「ゆりのちゃんかなみちゃん、お泊りの場所がだいたい決まったよ。みんながゆりのちゃんの意見をききたいって」
 ソーコが一希たちを呼びにきた。
「えっ、もう?」
「うん。決まったらこのあとみんなで先生に頼んでみようって」
「もうそんなところまで話がすすんでるの?」
 一希はあわてて子供たちのところへもどった。
「みんな、ちょっと聞いてもらえますか」
 一希の呼びかけに子供たちの注目があつまった。
「あたしはさっき合宿の提案をしました。もうその意味はみなさんもわかっていると思います。みんなで同じ夢をみて夢のなかで協力しあい、ツキミーナから市子ちゃんを取りかえすということです」
 子供たちがうなずいた。
「でもこの作戦はいいことばかりではありません。ツキミーナへ積極的にちかづこうというのですから。最悪、市子ちゃんのようにさらわれてしまうかもしれないのです」
 一希は子供たちを見わたした。
「といって、この件で大人の力を頼ることはたぶんできません。夢のなかで市子ちゃんがさわられた、なんて信じてもらえるはずがないからです。大人だって、どうしていいかわからないでしょう。結局、さざなみの団員が結束して解決するのがいちばん近道にもおもえます。ただ……」
 一希はどう言おうか一瞬考えて、結局そのまま疑問を口にしてみることにした。
「みなさんは、ツキミーナをどう思いますか。夢のなかでどんな感じをうけたでしょう。あぶない感じでしょうか、それとももっと別の感じでしょうか。――そうだ、みんなちょっと目をつぶってください。手をあげて答えてもらいましょう」
 一希の予想通り――というかそれ以上だった。目を開けたまま挙手して一希と目があったかなみは、微笑みをうかべた。
「ありがとうございます。目をあけてください。結果は全員がツキミーナをあぶないとは思っていない、ということがわかりました。ちなみにあたしもそう思います。――新子ちゃんも、それでいいんですね?」
 新子はうなずいた。
「おねえちゃんがさらわれたのに変だけど……なぜかツキミーナがほんとうの悪者には思えないの。たぶんおねえちゃんも同じことを言うとおもう」
 子供たちはなんとなく顔をみあわせて互いの思いを確かめあった。
「よし、やろう。ツキミーナにみんなで会って、市子をとりもどすんだ」
 恒夫がいった。
「でも、強引にぶつかっていくのはよくないと思う。あくまで始めはお願いするのがいいわ」
 早苗が継いだ。
「ツキミーナに会ったら、市子ちゃんを返してもらって、お礼にみんなで歌をうたってあげられたらいいね。ツキミーナもいっしょに歌ってくれるかな?」
 さち子は邪心のない笑顔で夢のなかでの夢にみちた空想を語った。
 一希には、そんな子供たちが心から頼もしくおもえた。例によって頭からずり落ちそうな大きすぎるリボンをすこし直しながら、みなを見渡す。
「では、決まりです。市子ちゃんをとりもどすこの作戦を……そうですね、『夢ものがたり作戦』と名づけましょうか」

==続く==


●作者より
 この第五章はまだかなり長くなりそうな予感。皆様応援よろしくお願いします。

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