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すすめ!さざなみ児童合唱団

第五楽章 わざうたと月の夜(二)


作:赤目(REDEYE)



 その日の合唱団の練習がおわると、一希はすぐに声をかけられた。
「ゆりの、ちょっと来なさい」
 見れば目もとのきりっとしたボーイッシュな女の子が腕くみをして立っていた。霧島かなみである。
「あ、おねえちゃん。なに?」
「おねえちゃんなに、じゃないの。いいから、ホラ」
 強引に手をひかれ練習場のそとへ連れだされた。
 かなみは周囲に人気がないのを確かめると、いきなり口調をかえて詰めよってきた。
「あのなあ抱炉、なに大騒ぎにしてんだ。霧島博士から隠密に調べるように、っていわれてたろ。あれほどあたしが注意したじゃないか」
 霧島かなみ、その正体は一希と同じく二十一世紀からやってきた女流音楽家、仲町多貴子である。三十六歳独身にしてバブル世代のパワフルレディで、若いころモデル経験もある才媛だった。一希にとってはどうもやりにくい。
「だぁーってぇー」
 一希はむずがるように身体をくねらせた。
「女の子のフリしてんじゃないよ。そんなことばかり妙にうまくなりやがって。ライターの癖に取材源秘匿ができてないじゃないか、バカモン」
 ポカッと頭をゲンコツでたたかれた。
「あ痛っ……」
 かなり本気だったので一希は頭を抱えて思わずうずくまった。
「おねえちゃん酷い! 姉妹DVだよ」
「うるさい、今は昭和十八年なの。暴力教育全盛なの。今後は姉として容赦なくゆりのに鉄拳制裁するから」
 宣言されてしまった。
「むー。……それというのも、おえちゃんがいつまで経っても合唱団のひみつを探れないからじゃない」
「お、痛いところをついてくるねこの子は。秘密ならもう探っとるわい」
「へえ、たとえばどんな?」
「そうだな……たとえば相沢先生とさち子ちゃんの母親の恵理子はデキてるな。デキてなくてもあれは思い思われの仲だな。相沢先生はいい男だからねえ。音楽への情熱に燃える若き作曲家、女はこういうのに弱いんよ。恵理子じゃなくても支えてあげたくなるのがスジだな。あたしも子供の姿じゃなかったらちょっくら唾を……」
「あーのーねー」
 一希が幼女なりに怖い顔でにらむと、多貴子は悪びれもせずピープー口笛を吹いた。
「そういえば、そっちは例のツキミーナがどうとか言っていたじゃないか」
「うん、まあね」
 一希は口調を普段とおりにもどした。
「ソーコちゃんをはじめ、何人かの子が同じような夢をみたからだけど……それだけではなんともいえない。ただ不可思議な現象といえば、子供たち全員に聞いて回ったけど、今のところは結局それだけだった。とりあえずその線を探るしかない」
「ふーん、ツキミーナか。いま新聞でも騒がれているアレだな。できるならあたしも一度見てみたいけどな。どうせ正体は調子にのったその辺の娘っ子なんだろうけど、音楽家のひとりとして、本当に万人を魅了する歌声なのかどうか確めたいもんだ」
「姉さん、やめといた方がいいんじゃないか。まだツキミーナと決まったわけじゃない。それにそろそろ警察も動きだす可能性がある。夜にしか出ないツキミーナを見るためにわざわざ夜桜見物にいく人がかなり増えているというし。トラブルになりそうなことは避けたほうが……」
「なに言ってんだ。いまからツキミーナのことを調べようという子が。だが相沢先生も、案外興味あるかもしれんぞ。音楽を生業とする者なら、一度は聞いてみたいさ」
 その時、練習場の中から早苗の呼び声がきこえた。
「ゆりのちゃーん、かなみちゃーん、おやつのお饅頭なくなるよー?」
「はーいっ!」
 一瞬で幼女にもどった一希は目の色をかえて練習場に駆けもどっていく。女の子になってしまってから甘い物に至福の情をおぼえるようになった一希である。
 多貴子はやれやれといった風でそのあとを追った。

 とりあえずまた変わった出来事や夢をみたら教えてほしいと合唱団の子たちに頼んだ一希だったが、この件はあまり重要視していなかった。先日の手品の一件のように、誰の目にもあきらかなほど劇的な事件ではなかったからだ。
 しかも、『取材』のもうひとつの目的、もし子供たちのなかに何か不審さが感じられる子がいれば見つけられないか、という点でも不発であった。みんな見た通り素直なよい子ばかりだ。考えてみれば一番不審なのは自分とかなみである。
 ところが面白いもので、ツキミーナのことがさざなみの子供たちの間で話題になると、意外なところから情報が入ってきた。帝都唯一のラジオ局JOAKである。
 さざなみ児童合唱団は、新年度からのJOAKとの契約がきまり、いよいよラジオ出演の回数が増えていた。自然とJOAKのスタッフと顔をあわせる機会もふえ、待ち時間にツキミーナのことを子供たちが話していると、局員たちが知っている話をいろいろと教えてくれた。なんといっても帝国政府の肝入りでつくられた最新メディアの放送局である。日本中のあらゆるニュースがさまざまなルートで入ってくるのだ。
 それによると、いよいよ警察がツキミーナ捕縛に動きだしているらしい。政府の関係機関が戦時下の治安をみだす存在として認知したのだ。警察は警視庁から優秀な捜査員を投入し、現在ツキミーナの目撃情報があいついでいる関西地方での捕縛作戦を近日中に開始する。特高も動くという話がささやかれており、警察は手柄を横取りされないよう面子をかけて取りくんでいる――これが一希がいろいろな情報を総合してみちびきだした現在の状況だった。
(ちなみに局員がツキミーナの話をするとかならず根掘り葉掘りききにくるので、いよいよ一希は『名探偵リボンちゃん』の名をほしいままにした)

「――と、いうわけです。すべて聞いた話ばかりなので、本当でないこともまじっているかもしれませんが、いまのところわかっているのはここまでです」
 葵鼎寺の練習場にそろったさざなみの子供たちたちの前で一希が頭をさげると、拍手がおこった。日に日に暖かくなってきた午後のひととき、一希は皆の前でこれまでツキミーナについて調べた話を発表することにしたのだ。
「うん! ゆりの、お前よくやった。さすがヤマダ少年探偵団の団員だな。団長としても鼻がたかいわ、あっはっは」
 恒夫が得意満面そりかえって言うと、横あいから早苗がすかさずつっこんだ。
「なに勝手に名前をかえてるの、さざなみ少年少女探偵団だっていってるでしょ。それから団長はゆりのちゃん」
 はい、と手をあげる声がした。
「ソーコちゃん、質問ですか? はい、どうぞ」
「このままだとツキミーナは捕まっちゃうんですか? いちど本物が歌うところを聞いてみたいなぁと思ってたのに」
 そうそう、と同意の声がもれる。
「そうですね……それはまだわかりません。でも警視庁というのはふつうは帝都だけの事件をあつかうところですから……それがわざわざ関西までいくんですから、おまわりさんはかなり本気ですね。政府のうえのほうから命令がでているかもしれません」
 へー、そうなんだー、さすが霧島博士がおじいちゃんだけあって物知りだね、という声が子供たちからあがった。
 かなみは首をコキコキやりながら「幼女がそんな感じじゃまずいだろうよファッキン」という顔をしていたが、一希はとりあえずスルーした。
「捕まるわ! きっと捕まる」
「そうよ、日本の警察はすごく優秀だもん」
 市子・新子の木下姉妹であった。
「あたしは、できたらツキミーナといっしょに歌ってみたかったな。今度の園遊会は夜だよ。まださくらも咲いているんじゃない? そこにツキミーナがきてくれたらいいと思ってた。――リボンちゃん、なんとかツキミーナを園遊会にごしょうたいできませんか?」
 そう言うのはさち子であった。
 一希は微笑むしかなかったが、この合唱団トップの少女のいうことは捨て置いていくわけにはいかない重みがある。こんな可愛らしい子でもやはり居並ぶ子供たちの中心であり代表なのだ。
「もしツキミーナと連絡がとれれば、ごしょうたいをうけてくれるかもしれません」
「わあ! 一緒に歌えたらいいな……どうにかれんらくできないかな」
 子供たちが少しざわついた。
「そうだわ、夢よ、夢のなかで呼びかけばいいんじゃない?」
 早苗がいった。たしかにまだツキミーナの夢は何人かの子たちの間で断続的に続いていた。
 同意の声があちこちから上がる。
 こうしてこの日の練習の合間のおしゃべりは、少女らしいかわいらしい計画の相談でおわった。恒夫だけは「それじゃツキミーナをおれたちがタイホできないじゃないか」とボヤいていたが。
 だがほどなくして、ツキミーナの一件は大きな転機をむかえることになる。

==続く==


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