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すすめ!さざなみ児童合唱団

第四楽章 歌はよい子のお仕事(五)


作:赤目(REDEYE)



「ねえゆりのちゃん、楽団の人たちとなにを話してたの?」
 合唱団の定位置にもどると、ソーコが声をかけてきた。
「ええとね、ドラムをおしえてもらって、手品をみせてもらっちゃった」
 一希が答えると、ソーコは瞳をきらめかせて身をよじるようにした。
「わー、いいなー。あたしも手品大すきなの。みたかったなー」
 ソーコは普段どおりまた一人称「あたし」に戻っている。
 カツラをかぶりブラウスとスカート姿のソーコは、どうみても惣太郎にはみえない。その自然な女の子らしい仕草と表情はたまらなく可憐だ。
 実際、特別な場合をのぞいて対外的にはソーコは女の子ということになっており、JOAKの関係者でも事実を知っているのはひと握りだった。ややこしい問題を避けるためでもあったし、合唱団として歌うことにはなんの関係もなかったからだ。
「うん、でも……えっと、あの手品はね、なんかいっしょにタネあかしもしてくれるからね……」
「え? タネも見せてくれるの? 親切な手品師さん」
 一希がどう説明しようか迷っていると、寂光院春江にいかめしい顔でにらまれた。
「ゆりのさん、あなた楽団のかたがたの邪魔をしてはいけませんでしょう。さっきお姉さんに言われたばかりなのに。子供がこんなところでウロウロしてはいけません。わたしたちはお歌を歌いにきたのですから、決められたところで待っているのがスジというものですわ。見習いのあなたがそんなだと、合唱団全員と相沢先生が笑われてしまうのですよ。それからソーコさん、あなたも……」
「まーた寂光院の説教がはじまったー」
 恒夫があさっての方を向きながらまぜっ返した。
「山田くん、なにか言いましたか」
「いえいえ、オジョーサマ」
「ごめんなさい!」
 空気が険悪になる前に一希は大きな声であやまった。
「――そうそう、わかればいいんですよ。ちゃんと私たちが歌うところを大人しく見ていなさいね」
 寂光院は意地悪をいっているわけではないのだ。一希はこの少女のことが少しわかってきた気がした。

 相沢がもどってきて、新しい曲のリハーサルが始まった。葵鼎寺で練習してきたばかりの曲だ。今度は楽団の伴奏付きだったが、その譜面も相沢が書いたものであった。


 『青のいろ』 (作詞:円頓寺玩助)

  おそらの色を みていたら
  ラムネの青が うかんだよ
  シュワシュワシュワワ 泡の音
  みんなでのんだら おいしいね

  うみべの色を みていたら
  ビー玉の青が うかんだよ
  カチカチカチン すんだ音
  みんなであそんで たのしいね


 歌をうたうときの子供たちの集中力。澄んだ愛らしい声のそろった美しさ。この曲にハーモニーパートはなくユニゾン(斉唱)で歌われるものであったが、それだけに息を合わせて一糸みだれず歌いあげるのは見事なもの――一希は傍らでみていてあらためて感心した。
 相沢も演奏の出来に満足したらしく、大きくうなずいた。
 リハーサルはもう二曲、これは従来のレパートリーから演奏した。
「いいですね。完璧ですよ、相沢さん」
 伊東ディレクターの顔にも笑みがひろがった。
「じゃあしばらくしたら、今度は‘通し’でリハーサルをしてみましょう」
 伊東は準備のため調整室にもどった。
「――みんな、よくやった。葵鼎寺で練習したときより声がでてる。この調子で本番もやろう。じゃあ、ちょっとその場で休憩していいよ」
 相沢は放送楽団の方へ打ち合わせにむかう。

 すぐ一希のところへ、さち子が足早に歩みよってきた。
「ゆりのちゃん、手品って?」
 目をかがやかせてねだるように言う。
「ああ、うん、楽団のギターの人が見せてくれたの」
「あたしも頼んだら見せてくれるかなぁ」
「もっちろん! やさしいお兄ちゃんだったよ。ここの本番がおわったらたぶん、寂光院さんもゆるしてくれるでしょう?」
「うん」
「じゃあソーコちゃんやほかの子もさそっていっしょに行こう、頼んであげるよ」
「ありがとう!」
「あっ、でも、なんかあの手品、ずいぶん手もとがね……」
「え?」
「こらこら、ゆりの。だめじゃない、また楽団のひとに迷惑かけるようなことを話してるな」
 いつの間にかやって来ていたかなみが割りこんできた。
「おねえちゃん、カタいこといわなくてもいいでしょ。楽団の人はいい人ばかりだよ、ほら」
 偶然ギター弾きと目があった一希が「おーい」と手をふると、向こうで能都が奇術師風に両手をひろげキリっとポーズをとった。
「アハハ。あのおにいちゃん面白い」
「ノリがカルいわね……この人種は昔もいまもいっしょだわ」
「――え、昔って?」
 さち子は不思議そうな顔をした。
「いえ、な、なんでもないの」
「ほら、言ったとおり。ダイジョーブだから」
「しかたないなぁ。じゃあわたしも付いていくことにする」
「あは、じゃあ約束」
 さち子は自分の持ち場にもどった。
「コラぁ抱炉、あんまりスタジオでうろつくなって言っただろ」
 かなみは身体をよせてきて囁いた。
「んんー、なーんで? 別にいいもん、遊んでもらいたいだけだもん」
「都合よく幼女のフリをするな。さざなみはいいとこの坊ちゃん嬢ちゃんが揃った行儀のいい合唱団でとおっているんだから。あたしら大人が評判おとしてどうすんのよ」
「でも多少のコミュニケーションは必要でしょう? 楽団のひとたちもさざなみの子たちとぜんぜん喋ってないって言ってたし」
「ヘリクツいわないの、ミュージシャンも本番控えて集中してんだから。これから生本番なのよ」
「……え? 生本番?」
「そうだよ、知らなかったの? 今日の放送は生放送――っていうか、この時代のラジオ番組はすべて生番組ってこと」
「ええっ?」
 一希は心底驚いてかなみの顔を見返した。
「てっきりこれから録音するんだと……。まだオープンリール式のレコーダーは使われていませんか」
「チッチッチ、甘いな抱炉君。テープレコーダーはまだ高価な上に不安定で実用段階にないよ。音盤式の録音機も音質がよくなくてやっぱり現場では使われていないから。音楽から喋りからすべて生で通すのがこの時代のラジオよ。当然、さなざみ児童合唱団も生で歌うことになるわね」
 一希は口笛を鳴らしかけた。
「毎回スタジオライブで全国生放送状態か……」
「そういうこと。それでもしっかり仕事をこなす子たちなんだから」
 一希は居並んだちいさな歌い手たちをあらためて畏敬にも似た目でみやった。この子たちには幾度驚かされるのだろう。思った以上のとびぬけた技量であった。
「おっと、リハが始まりそう」
 かなみはあわてて持ち場へかえっていった。

「『よいこのじかん』をはじめます」
 スタジオの伊東ディレィターの合図で、マイクの前の女性アナウンサーがタイトルを読みあげると、楽団がテーマ曲を演奏しはじめた。
「みなさん、一週間ぶりのごぶさたでしたね。学校やおうちでよいこにしていましたか? 今日は童謡三曲と、お話の朗読をおおくりします」
 アナウンサーの朗読にあわせて、楽団が要所要所で伴奏をいれ、物語が一段落するところでさざなみ合唱団の歌う童謡がはさまる、という形式でリハーサルは進んでいく。
「それでは、本日はここまです。来週のこの時間をおたのしみに」
 再度テーマ曲の演奏が入ってリハーサルは終わった。
「――よおっし、うまく行った。言うこと無し」
 伊東ディレクターが上機嫌でスタジオ内を見まわした。
 とりあえず緊張がとけたスタジオ内に安堵の空気がながれる。
 そのときである。
「伊東君、ちょっと待ってくれ」
 調整室からマイクを通して声が聞こえたのである。

==続く==


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