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すすめ!さざなみ児童合唱団

第四楽章 歌はよい子のお仕事(四)


作:赤目(REDEYE)



 内幸町にあるJOAKは当時の最新鋭の設備をそなえたラジオ局で、昭和十三年に愛宕山からうつされて新局舎が完成している。戦時において国民統制の手段としてのメディアの重要性、さらにいえばメディア自体に兵器と匹敵する価値があるのは既によく認識されており、帝国政府の肝いりで作られた六階建てのビルディングは風格があって、その分厚いベトンはかなりの爆撃にも耐えうるはずであった。テレビジョンはまだ実験段階だし、民間放送局も存在していないため、帝都唯一の放送局ということになる。

 路面電車に乗ってそのJOAKのまえまでやって来た一希は、歩道からその局舎を興味津々とみあげた。二十一世紀の時代に放送局に足を踏みいれたことはあるが、活字メディア中心のルポライターとしての職業柄、回数は多くない。ラジオが最新メディアだった時代のラジオ局は興味をひく存在であった。
「ゆりの、おのぼりさんみたいに見とれてないの。もう行くわよ」
「――あ、うん」
 となりで手をひいてくれているかなみである。もちろんさざなみ児童合唱団は全員いっしょだ。団員たちは移動中の車内でも行儀よく、歩くときははぐれないよう自然と二列になる規律正しさをそなえていた。団体での移動になれていることもあるが、年長の子が年下の子をしっかり面倒みているので、いつの間にか皆ちゃんと人前での振るまいが身につくらしい。

 このビルの三階に一番大きな第一スタジオがあり、一希たちが通されたのはこのスタジオであった。四百平米ほどの広さはあろうか、フルオーケストラがまるまる入れそうな場所であった。
「よう、来たな、おチビさんたち」
 人の良さそうなにやけ顔の伊東ディレクターがさざなみの一行を歓迎してくれた。
「こんにちは!」
 揃った声であいさつを返す団員たち。
「おう、みんな元気いいな。今日も日本中の子供たちのためにしっかり歌ってくれよ。――じゃあ早速だけど相沢さん、新しい曲のことなんだけど……」
 合唱団代表の相沢が呼ばれ、打ち合わせが始まった。
 その間に、誰にいわれるでもなくスタジオ内の定位置に整然と移動する子供たち。ホントに慣れてるなあ、と一希は感心してしまった。さいわい新入りの小さな女の子というのが今の一希の立場なので、いちいち感じ入ったりあちこち眺めまわしていても不自然に思われることはない。
 この時代のラジオのスタジオも、後年のそれと基本的には変わったところはなさそうだった。ただマイクがかなりごつく大きいのと、防音材の補助のため分厚いカーテンが四方に張り巡らせられていることが目立つくらいだ。これがテレビスタジオであれば機材などにもっと時代を感じてしまうのであろうが――。
 さざなみの子供たちは、緊張でガチガチになっている子はみられないが、さすがにみんな気持ちが少したかぶっているようだ。とくにかなみは目を輝かせ、いままで一希がみたなかでは一番イキイキとしていた。いつもはあまり感情を表にださず醒めていることが多いのに――(もっとも、これも偽の子供としての処世術だろうが)。
「おねえちゃん、うれしそうだね。どうしたのー?」
 整列した子供たちからすこし離れたところにいた一希は、かなみの横へいってそれとなく意地悪をにじませ質問してみた。
「うれしいわよ。スタジオはあたしが世界で一番すきな場所だもん」
 軽くかわされてしまった。
 二十一世紀で作曲家だった多貴子は、音楽制作のためレコーディングスタジオにこもることが多かったのだろう。それでこういう場所へくるとつい気分が高揚するにちがいない。
「ゆりのは見習いなんだからウロウロして大人の邪魔しないようにね!」
「はいはい」
「かなみ、お前まだあんまりスタジオに来たことないくせに。おれなんかもう半年以上ここへ通っているからな」
 さっそく近くにいた恒夫が軽口をたたく。
「でもかなみちゃん、いつもスタジオに来ると楽しそうだよね」と早苗。

 一希はその場のおしゃべりから離れ、かなみの言葉とは逆に少しスタジオ内を歩いてみることにした。ルポライターの習性のようなものだ。
 スタジオの隅までいくと、相沢と伊東ディレクターが話しあっている声がきこえてくる。
「相沢さん、まだ決めてくれないんですか。もうあと少しで新年度なんだから、うんと言ってくださいよ。JOAKとの専属契約、悪い話じゃないでしょう」
「はあ、そうですね。でもウチの団なんかにそんな大それた仕事がつとまるかどうか……」
「なにを言っているんですか、さち子ちゃんと春江ちゃん、ふたりも童謡歌手がいて、他の子たちのレベルもたかい。相沢さんのところ以外、放送児童合唱団の仕事を頼める団はありません」
「そう、そうですね。そう言って頂けるのは有難いのですが」
「なにが問題なんですか? 学校の授業の調整のことでしたら、こちらから関係機関に話をとおしておきます。なんなら子供たちの通う学校に直接JOAKから連絡しますから」
「はぁ……」
「本当にもう……。今日は、さち子ちゃんのお母さん、なんといったかな、ああ、恵理子さんは来ていないのですか」
「ええ、今日は仕事があって少し遅れます。本番までにはこちらへ来ると思います」
「じゃあ、恵理子さんの方と話しますから。それが一番早い」
「あ……ええと……それはちょっと……」
 伊東Dの猛烈なプッシュに頭をかいて逡巡する相沢を後目に、一希はそっとその場をはなれた。こんなとき機材の影に隠れつつ移動できる子供は便利だ。

 スタジオ内にはすでに楽団がスタンバイしており、ちょうど小編成のオーケストラとビッグバンドを合わせたような弦・管・リズム隊からなるバンドマンたちが、楽譜をみたり打ち合わせをしたりしていた。いわゆる放送楽団というものらしく、この編成なら童謡はもちろん、クラシックからジャズや流行歌まで、ひととおり対応できるはずであった。ちなみに音楽としてのジャズはビッグバンドの最盛期で、ロックはまだ存在さえしていない。
 一希は半分素人とはいえ、ドラマーとして二十一世紀でインディーズ盤のレコーディング経験があるので、ついドラムセットのところに目がいってしまった。「未来」において普通に使われるセットよりシンプルな構成ではあるが、ドラムはドラムである。シンバルにタム類にスネアにバスドラムがちゃんとあって、なんだか安心してしまった。
 思わず微笑みが漏れたところへ、ドラムセットのところに座っていた優しげな眼の青年と目があって声をかけられた。
「やあ、さざなみ児童合唱団の子?」
「はい」
「いつもみんな定位置から動かないのに珍しいね。こっち来る?」
 一希は頭をかいてそちらへ向かった。
「わたし、まだ見習いなんです」
「そうか、ちかごろ新人獲得難だってきいたけど、このご時世に感心感心。ドラムに興味あるの?」
「あっ、はい……ちょっと」
「よっしゃ」
 青年は一希をかかえあげて膝の上に座らせると、ひととおりドラムセットの説明しながら音を出してくれた。かなり生真面目な感じの人だった。「やってごらん」と言われたので、スティックをとってこわごわな感じを装ってシンバルとスネアを叩いてみた。
「おっ、きみなかなかリズム感いいよ」
「あはは、そうですかー?」
「名前なんていうの?」
「霧島ゆりのです」
「えっ、霧島って、霧島博士のところのお孫さんか」
 青年はちょっと驚いた様子で確認してきた。
「ねー能都くん、この子霧島博士のところの子だってさ」
「おっ?」
 といって振り向いたのは、近くの席で楽譜を確認していたギタリストだ。この人もまだまだ青年といっていい歳にみえる。
「おー、そうかー。かわいいねー。お兄ちゃんさあ、霧島博士が開戦前に大学で教鞭をとっていた時代に教えてもらっていたんだ。そっちのドラマーの甚伍くんも同じ大学だったんだけど。不肖の学生だわなあ、こんな時代にバンドマンしてんだから」
「ちょっとちょっと能都くん、小さい子の前で何いってんの。あ、ぼくピアノ弾きの鹿猪」
 いかにも調子よさそうな男が割りこんできた。
「それにしても霧島先生、むかしは孫の話なんて全然してなかったなあ」
 一希は肝をひやした。世間は狭い。なんとかボロを出さないように祈るばかりだ。
「そういえば、もう一人合唱団にいるんだよね、霧島博士のお孫さん」
「あ、はい。姉のかなみが……。正式な団員です。あっちにいますけど」
「おお、やっぱりそうか。伊東ディレクターから話だけは聞いていたんだけど。なかなか確かめる機会がなくてね。ちなみにそっちの暗井くんも同じ大学出てんだぜ」
 ウッドベースを抱えた、若いのに鼻の下にヒゲをたくわけた男が「フッ」とニヒルに笑ってこちらをみた。なかなかの二枚目だ。
「んー、そういえば」
 能都は楽譜を譜面立てにおいて、ジャケットのポケットをごそごそやりはじめた。
「まだ時間があるからね……お兄ちゃんがいいもの見せてあげようか」
「出た出た、能都くんの手品!」
 鹿猪が囃すと、周囲から苦笑がもれた。
「普通に見てるとタネがわかるから、半眼になって見るのがコツね」
「おいおい、そこまで酷くないよ。これでもギタリストになろうか手品師になろうか迷ったんだからさ」
「ゆりのちゃん、無理して見なくていいんだよ」
 そんなに微妙なのか、とちょっと心配になりながら、一希は女の子らしく反応しておいた。
「わーい、あたし手品だいすきー。みたいみたい」
 席の前までいって一希が拍手すると、能都は上機嫌でトランプを使った手品をみせてくれた。
 とにかくひどい腕前で、ボロが出るたびに周囲から横槍がはいって笑いがおこった。
 結局、一部始終をみていたかなみが「妹がお邪魔してごめんなさい」と言いにきて連れ戻されたが、「また手品見せてあげるから」とギター弾きに約束されてしまった。
 一希のみるところ、楽団の人たちには悪い人はいなさそうだが、それでも少し気になることがあった。
 スタジオの中からはガラス張りの水槽のように見える、調整室のなかの視線であった。

==続く==


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