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すすめ!さざなみ児童合唱団

第四楽章 歌はよい子のお仕事(三)


作:赤目(REDEYE)



 霧島かなみ――ゆりのの姉ということになっているが、むろんその正体は本当の子供ではなく、一希と同じ世界からやって来た女流作曲家・仲町多貴子である。昨夜、霧島研究所の極小確率攪拌装置でもとの姿にもどったばかりで、しばらく休暇のかわりに大人のままでいる予定だったのだが、江戸城空襲という事態をうけて、またすぐ子供の姿になって今日のさざなみ合唱団の練習にも参加した。なるべく合唱団に身をおいて調査をつづけたほうが霧島研究所の研究もすすむ。決してかなみもゆりのも遊びに来ているのではないのだが――。

「何しにきたんだ、かなみ。ここは民間人は立ち入り禁止だからな、秘密要塞だぞ」
 一希が声をかける間もなく、恒夫がかなみの方をみて答えた。
「秘密要塞ねえ……合唱団の子みんなここのことは知ってるけど……」
 かなみは面白そうに口もとを緩ませた。
「うるさいなあ、作戦会議のじゃまだ。いいからもう帰れよ」
「そっかー、帰って早苗ちゃんや寂光院さんに、男らしくない山田君が陰口いってたって話しちゃおうかなー」
「なんだよ、告げ口か。だから女はいやなんだよ」
 一希がみると、かなみは恒夫に憎まれ口を叩きながらも、目は笑っていた。
「この様子だと、ソーコちゃんの例のギシキは終わったの?」
「あ……うん」
 ソーコは面映そうな微笑みをうかべながら、頭をかいた。
「以前はびっくりさせてごめんね」
「ううん、ぜんぜん。いたずら小僧の山田元帥に強制的にやらせているだけだもんね。ソーコちゃんかわいいから女の子の格好似合うし」
「かなみ、いったいなんでここへ来たんだ」
 恒夫が不服そうに再度訊いた。
「ここへ来たのはねー、ゆりのが心配だったってこともあるけど、交渉をしにきたの」
「交渉?」
「そうよ。重大交渉。――わたしもヤマダ軍に入ってあげてもいいわよ」
「なにッ」
 ヤマダ軍の三人は色めきたった。
「でもかなみ、おまえ一度入隊を断ったじゃないか」
「そうねえ、でも気が変わったの。妹ひとり入隊させるのもどうかなと思って。いかがかしら。一度に二人増えたらあなたたちだって嬉しいでしょう?」
 恒夫・ソーコ・佐伯くんは早速顔をつきあわせて相談しはじめた。
「なあどうする?」
「かなみちゃんを入れたら、ヤマダ軍は女二人になっちゃうよ。男の軍隊なのに……」
「でもボク、戦力をもう一人増やせるのは魅力だと思うの。五人いればいろんな遊びもできそうじゃない」
「人数増えるのはいいけどな。ホマレたかきヤマダ軍としてはやはり……」
 キンパクした相談がつづく間、一希はかなみに眼で合図を送ってみたが、なぜかそ知らぬ顔をされた。そういえば、子供の姿になっているときは、なぜかかなみ=多貴子は一希から距離をおいているようだ。やはり女の子としては認めてくれていないのかもしれない。幼女になってしまったのは一希の責任ではないのだが――。
 相談がなかなか終わらないのを見て、かなみが唐突に宣言した。
「もしあたしを入れてくれたら、妹のヒミツを教えてあげる」
「えっ?」
 三人はかなみのほうをみた。
 一希もびっくりしてそちらを向く。まさか、姐さん――。
 全員の視線が一希に集中した。
「え……と。あたし、ヒミツなんて別にないし」
 身をよじりたくなるような居たたまれなさを感じながら、なんとかそう言った。身体の奥がなにかもじもじするようで落ち着かない。これでは本当に霧島ゆりのという女の子になってしまったみたいだ。
「どうするの? 入れてくれたら教えるわよ。ただし、このことはヤマダ軍の中だけのヒミツにしてね。他の人には言っちゃダメだから」
 一希=ゆりのの必死の懇願の目も無視して、かなみが手招きして恒夫・ソーコ・佐伯を呼び寄せた。
 ひそひそひそ。
 かなみがないしょ声で何か告げている間も、一希は不安よりむしろ逃げ出したい気持ちでいっぱいになりながら、なんとか座りこんだままでいた。
「フーン」
 こちらを振り向いた三人の顔に、ニンマリとした微笑みが広がるのを見て、一希のおののきは頂点に達した。
「そうなのか、案外ガキんちょだな」と恒夫。
「ああー、やっちゃったね……」と佐伯。
「ゆりのちゃん、まだ小さいんだから仕方ないよ」
 ソーコはそう言って一希の前へ座り、その手をやさしく取った。
「え……?」
 一希はソーコの顔をやや呆然と見る。
「うん。――あのね、心配しなくてもいいよ。ゆりのちゃんくらいの歳ならよくあるもん」
「なにが?」
 ソーコはちょっと困った顔になって口を閉ざした。
 その時、その後ろからかなみの声がきこえた。
「オ・ネ・ショ」
「あ……」
 瞬間、自分の顔が真っ赤に染め上がるのがわかった。顔どころか、全身から火を吹きそうだ。理性の縛りがふっとぶ。
「うにゃああ! おっ、お姉ちゃん、なんでそんなこと言うのーっ、おねしょなんてしてないもん!」
 完全に等身大のゆりのになってしまっていた。ソーコの手を振りほどき、腕をぐるぐる振りまわす。
「嘘おっしゃい。――この子ね、今朝出てくる前こっそり日本地図作ったふとんを干してたんだよ」
 余裕たっぷりに宣告するかなみが悪魔にも思える。
「いやあぁぁ、お姉ちゃんのウソツキぃ! なんでそんなことわかるのよーぉ。誰もみてなかったもん!」
「フフ、ゆりのったら、語るに落ちたわね。あたしは見てたから。お姉ちゃんはなんでも知っているのよ」
「あ……あ……きらい、きらい、だいっきらい……うわぁぁぁぁん」
 その場へ泣き崩れると、そっと背中を撫でてくれる手があった。
 ソーコだった。
「ゆりのちゃん、本当に気にすることないよ。ボクもゆりのちゃん位のときはおねしょしちゃったし」
 上の方から佐伯の声も聞こえた。
「そうだよ、そうだよ。恒夫くんなんて去年の年末にも――」
「ぬわっ! 百貫デブなに言ってんだー!」
「あ痛っ! 痛いよ恒夫くん、痛いって」
 ドタバタするなか、ボソッとつぶやくかなみの声。
「ダメだこりゃ……。あのね、あんたたち」
 声が大きくなる。
「早く練習場へ戻らないとおやつがなくなるわよ」
「おやつ!」
 そういってガバッと身体を起こしたのは――。
「ゆりのちゃん……」
 ソーコがポカンとした顔でこちらを見ている。全員が唖然としていた。
「アハ――」
 ソーコの目が細くなった。

「まーあ、なーんてかわいかったんでしょ」
 練習場への帰り道、男の子たちが先に行ってしまうのを見ながら、かなみが一希の横へやってきてつぶやいた。
「……」
 一希はむすっとした表情で沈黙をもって答えた。
「抱炉、怒ったか? 男がそんなことでスネるなんてみっともないぞ」
 かなみが急に大人びた口調でいう。
「お姉ちゃんなに言ってるの? ゆりのわかんない」
 わざと知らないふりをすると、かなみが一希の頬をつまんできた。
「ふふ、怒った顔もかわいい。ぷにぷにー」
「んもう、やめてよー」
「ふふふ。だいぶほんとうの女の子らしくなってきたじゃないの、え? なかなかグッとくる泣きっぷりだったわ。その前の絶望に打ちひしがれる少女の図も良かったし。抱炉はまだまだ女子になりきれてないから、今後とも抜きうちで女の子として振舞えるよう訓練してあげる」
 かなみの顔にはうきうきとした表情が浮かんでいる。
「く……お姉ちゃんのイジワル……」
「ふ、ふ、ふ、ふ」
 頬をすり寄せられ、そのままゴシゴシされた。
「おーい、ゆりのちゃん、かなみちゃん、早くー!」
 小径のかなり先から、ソーコが手をふって呼びかけてきた。

==続く==

●筆者より
 ムダ情報。作者としてはゆりのは「ちょっと成長したピノコ」のイメージです。


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