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すすめ!さざなみ児童合唱団

第三楽章 いまそこにある非常時(二)


作:赤目(REDEYE)



 仲町多貴子と名乗った女は、一糸まとわぬ姿のまま羞じらいもせず、玩具を与えられた仔猫のようなあの眼で一希を見つめていた。
 ここで視線を逸らしてしまったら負けだ。なぜか一希はそう思った。
「うー……」
 思わずあどけない女児の声で呻きながらも、一希はその場にへなへなと崩れてしまいそうな身体を、なんとか踏ん張って持ちこたえさせた。
 多貴子の堂々とした全裸の誇示に、他の男性所員たちは困った顔で眼を伏せたり、なんだかガックリうなだれたりとすっかり負け犬の様相だったのだが、いまの一希には目に入らない。
「――合格だよ」
 ふたたびにっと笑いながら多貴子が言った。そのまま霧島に頷きかける。
「抱炉くんは信用できますわ、博士。今後の任務をまかせて良い人間だと思います」
「うむ」
 霧島は満足そうに髭を撫でた。
「合格って……ア、アノナァ……」
 一希はこめかみのあたりがヒクヒクするのを感じた。
「抱炉君、まあ悪く思わんでくれ。君が本当に研究所の仕事をこなせる人間かどうか、ぜひとも試す必要があったのじゃ。ちなみに実際のところわしには孫などおらん。――まあともかくこれで試験はパスじゃ。今後は仲町君とともに、全幅の信頼をおいて我々の研究を手伝って貰うことにしよう。……井上君も、それで良いのじゃろう?」
「は? ……え、ええ、その通りです」
 多貴子の裸体に照れて赤い顔でうつむいていた井上が、なんとか返事をする。
「子供たちとも、うまくやっていたようですし――」
「ああ、そうだとも。こっちがどれだけ“霧島ゆりの”として正体バレないよう振舞うのに苦労したか」
 一希が思わず口を挟む。怒気をふくんではいるが、あくまで姿形は幼女なので迫力はない。
「その点はあたしが保証するわ。……襲われても最後まで霧島博士の孫娘として健気に振舞っていたもんねえ。『おねえちゃん、もうやめてっ』なんて叫んじゃって。ムフフ、まーあカワイイったらありゃしない」
 多貴子がすごい目で一希を卑しめながら言った。
「あ、アンタな……」
 何か言いかけた一希だが、つい小一時間前のあの陵辱のショックがまた蘇ってきて絶句してしまった。たとえあの淫靡な少女の正体が目前の成人女性だとわかっても、悪夢のような体験が消え去るわけではない。
「襲う……? あ!」
 井上はようやく練習場の納戸での出来事の真相に気付いたらしく、思わず多貴子の方を見たが、つい丸出しのバストへ目が行ってしまったらしく慌ててまたうつむいた。
「……あの、どうでもよろしいですが、仲町さん、そろそろ着衣願います。どうも恥ずかしくて」
「あたしは別に恥ずかしくないよ。とりわけ人様にお見せできないような身体でもないと思っているしな」
 多貴子は手を後頭部で組んで思い切り悩ましく胸を揺らした。男性所員たちから溜息とも懊悩ともつかぬ呻きが洩れる。井上は耳まで真っ赤になった。
 霧島は、コトの成り行きを興味深げに見守っているようだ。
「――ま、おまけに、あの様子じゃロリコンでもなさそうだし」
 多貴子が白々しい顔でまた一希を挑発してきた。
「そんなわけないだろう。こっちは正常だ」
 一希は即反論する。
「ロリコン……?」
 井上が、裸の多貴子の方を見るわけにもいかず、一希の方へ目をやりながら疑問を口にしたが、それに答えたのは多貴子であった。
「ロリータ・コンプレックスの略だよ。あたしらの時代の言葉で、幼女に異常な性的興味を示す男のことを指す」
「幼女に性的興味……ですか。一体どのようにしたらそんなものが持てるというのですか」
 井上はきょとんとしている。
「だから、早い話が変態性欲なのよ。変質者ってこと」
「へ、変質……! ほ、抱炉さん、あなた――」
「だから、違うって言ってるだろう」
 一希は腸が煮えくり返るのを感じた。
「あんな良家の児童子女が揃った乙女の園の合唱団に、ロリコン男なんか放り込んだら大変なことになっちまう。二十一世紀の人間の責任として、それは絶対避けたかったわけだ。だから抱炉くんをああいう風に試したんだよ」
 多貴子は腰に手を当てながら捲し立てた。
「なんせ最近の若い男はロリコンが多いからな(二十一世紀の話だが)。姉“かなみ”のふりをして妹“ゆりの”を襲ったのは悪かったが、地金を見るにはああするしかなかったんだ。――赦せ赦せ、わっはっは」
「ぐ……」
 一希は唇を噛んだ。俗にグウの音も出ないというが、今の一希が正にそれであった。
「ま、お詫びのしるしといっちゃナンだが、今ここであたしの乳を吸ってもいいぞ。Cカップ89センチ、自分で言うのもアレだが悪くない数字だろ」
 一希は愕然とした。恥知らずな言動にも程がある。それとも一種の照れ隠しなのだろうか。
「ち、乳……」
 井上は真っ赤に茹で上がった上、もう眩暈で足元がフラフラしているようだ。
「おいどうした抱炉くん。まさか鈴原恵理子の乳なら吸えてあたしのは吸えないってのか? お前それは問題だぞ。聞くところでは恵理子と入浴して胸へデレデレ甘えたそうじゃないか。――あたしはこう見えても嫁入り前なんだよ、嫁入り前! 恵理子なんか子持ちの後家じゃんか、比べるまでもない。それともなにか、やっぱロリコンか?」
 一希の中で何かがブチッと切れた。もう無茶苦茶だ。どうなろうと知ったことか。
 一希はつかつかと多貴子に歩みよると、ターンテーブルにぴょんと飛び乗り、ジロリと多貴子の顔を見上げて、そのまま腰を抱き剥き出しの乳房に顔を埋めた。
 さすがに霧島の制止する声が聞こえたが、もう止まらなかった。この“対決”を研究室中が固唾を呑んで見守っているのがわかる。
 ――この女、イかせてやろうか。
 そんなことを半分本気で考えつつ、舌で乳首を転がし、あるいは噛む。
「あ……コラ、そんなに強く……い、意外と子供の小さな口で舐められるのも……はん」
「わああ、もうイヤだ!」
 突然叫びながらドン、と一希と多貴子を突き飛ばしたのは、井上であった。
 弾みで二人は抱きあったまま装置から床へ落ちる。
「この戦争に負けたら五十年後日本はこんな人達ばかりになってしまうのか! 破廉恥極まりない、道徳心も羞恥心もないっ。僕は、僕は、そんな未来は金輪際何があろうと認めないぞ!」
「井上君どうした、落ち着きたまえ」
 霧島がさすがに慌てて井上の暴発を抑えようとしたが、井上は腕をぐるぐると振りまわして喚き続けた。
 研究室中が騒然となる。
「博士、止めないで下さい、こんな不埒な輩どもは輝ける二十一世紀の大日本帝国にいる資格なんてないんですっ。僕はこの者たちの無軌道な多淫ぶり、軽佻浮薄たる行動を指弾する! こうなったら戦争には絶対勝利しかありえない。鬼畜米英の悪徳で日本の純真を汚されてなるか。僕は、僕は……」
 興奮した井上が足を絡ませ、よろよろと近くの装置のところへ倒れ込んだ。
 裸の多貴子の腰に抱きついたまま、呆然と成り行きを見守っていた一希は、瞬間イヤな予感に襲われていた。どうしようもない既視感。
 その通りだった。
 井上が倒れ込んだのは、筆と墨を使った例の巻物印字装置であり、井上が身体を支えようと掴んだのは墨のタンクにつながるパイプであった。
 ガキッ。
 パイプの外れる音がして、真っ黒い墨が吹き出し、見事という他のない照準で一希と多貴子の全身に降りかかる。
 研究室中が上へ下への大騒ぎになった。
 怒号が飛び交う中で、墨で頭の上から足の先まで真っ黒になりながらも、多貴子が負けじと声を張り上げる。
「コラ井上、このバカ野郎。……ぶべっ、ぺっぺっ。レディの全身に墨を浴びせかけやがって、てめーコラこっちへ来いっ」
「イテテ、イテテ、何すんですか、す、すいませんてば。ど、どこへ……」
 見れば多貴子は井上の耳たぶを掴んで引きずっている。
 井上は一挙に青ざめた顔になりされるがままだ。
「どこへって、これから女風呂へ行ってあたしの全身をピカピカになるまでお前が洗うんだよ! こんな大チョンボしやがって、当たり前だろうがこの史上最低のドジ男」
「え、そ、そんな……。ア、アイタタタ」
 多貴子は強引に井上を引っ張ってゆく。一希も付いていくより他はない。

==続く==


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