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すすめ!さざなみ児童合唱団

第二楽章 あおいの森の子供たち(六)


作:赤目(REDEYE)



 一希がさち子を追いかけて練習場の近くまで戻ってきたとき、小経の入り口に佇む人影が目に入った。恵理子、井上、かなみの三人だ。かなり近付くまで気付かなかったのは、逢魔が刻の悪戯のせいだろう。ちょうど一緒にこちらへやって来ようというところだった。
「あら、さち子、ゆりのちゃんも。遅いから、今捜しに行こうとしていたのよ」
 恵理子もこちらへ気付いて声をかけてくる。
「ゆりのちゃんと森の中でお話していたの」
 さち子が答える。さち子は恵理子のところへ行ってその顔を見上げた。
「どんなお話?」
「ふたりだけのひみつ。……ふふふ、お尻を見せあった仲だから」
 そう言ってこちらを振り返り謎めいた少女の微笑みを浮かべるさち子に、一希は思わず赤面してしまった。内緒にしようと言っていたくせに、さち子はもう自分から喋っている。
 改めて考えると、寂光院に折檻されたのも恥ずかしいが、森の中でさち子とお尻を見せあったのも、大人の男としては背中を冷や汗が流れ落ちるような出来事であった。
「まあ」
 恵理子は子供のことだからと笑っただけだが、井上は一瞬困ったような表情を浮かべた。だが一希は気付かなかった。その時、かなみの瞳が妖しく光ったのを。
「さち子ちゃん、あれは秘密だって……」
 “ゆりの”のか細い声に、さち子が答える。
「そうそう、指切りしたもんね。ゆりのちゃん、ぜったい約束したからね?」
「もう二人とも仲良くなったみたいで良かったわね。じゃあ今日はそろそろ遅いから、さち子、帰りましょうか」
「では私たちも……」
 井上の言葉に、かなみが割って入った。
「あ、あたし練習場の中に忘れ物しちゃった。おにいちゃん、ちょっとここで待っててくれる?」
「ああいいよ」
「それから、ゆりのも一緒に来て捜して」
 返事も聞かず、かなみは一希の手を取ると、練習場の方へ歩き出した。
 かなみの頼みなら仕方がない。一希も遅れないように付いていく。
 背後で、井上と恵理子たちが別れの挨拶をしているのが聞こえた。呼びかけるさち子の声に、一希も振り返って手をふる。かなみは一心に歩いていた。

 練習場の中はもう誰もいなくなっており、シンと静まり返っていた。板張りの空間はストーブの余熱がこもっていて寒気は感じなかったが、たそがれ時の室内は明かりがないと薄暗く、古い木造の建物特有の闇が部屋のあちこちを侵食し始めている。
「おねえちゃん、忘れものって……」
 そんな一希の声も聞こえなさげに、かなみは“ゆりの”の手を握ったまま部屋をまっすぐ横切っていく。
 一希が連れられていったのは、練習場の隣りの四畳半の小部屋であった。納戸か控えの間らしく中は雑然としており、すりガラスから差し込む弱々しい光がさまざまな物品に濃い陰影を与えている。
 開け放たれていた襖のせいで、練習場の暖気がこの部屋にも流れこんでいたが、かなみは部屋に入ると後ろ手にその襖を閉めた。
「ここよ」
 一希の隣りの薄暗がりで、かなみが言った。
「何を捜せばいいの?」
「――とにかく、ちょっと座らない?」
 かなみは小さな卓袱台の前に腰を下ろす。一希も仕方なくその隣りで畳に座り込んだ。
「ねえ、ゆりの……」
 かなみは少し顔を伏せ表情を隠すようにしながら言う。
「あたしたち、お互いまだなにも知らないよね?」
「うん……そうね。まだ“姉妹”になったばかりだから」
 一希は、やや不審を覚えつつも答えた。
「おじいちゃまから、ゆりのには本当の妹して接するように、といわれたわ。義理の妹でなく、血の繋がった妹として」
 かなみは身体を不必要に寄せてきた。囁くように言う。
「それはあなたの方でも同じでしょ? あたしはあなたの本当のお姉さんってコト」
「う、うん……」
「そう、良かった。どんな事情があるかは知らないけど、あたしたちは本当の姉妹にならなきゃ」
 そう言ってかなみは、小首を傾けてびっくりするほど退廃的な眼で一希を見つめてくる。いまは童女になった一希の、しかし男の部分をまさぐり平常心をかき乱すような不穏な翳りがその瞳にあった。
「そ、そう、だけど」
 一希は座ったまま後ずさりそうになる。
「姉妹なら、お互いのことは全部知っていて当然でしょう? そう、何もかも、隅から隅まで――」
 かなみは一希にしなだれかかってきた。身体を密着させ頬擦りをして、うっとりと呟く。
「ゆりのの頬っぺって、もちもちで気持ちいい――」
「お、おねえちゃん……」
 一希は困惑のきわみにあった。その耳元で、かなみが囁く。
「ねえゆりの、あたしの捜し物がなんだかわかる? それはね、あたしのみ・さ・お」
 思わず身体を離そうとした一希の手を握り、しかしかなみは相手を強くは引き戻そうとせず、今度は握った手を自分の胸元へ持っていく。けだるい微笑みを浮かべながら、一希の掌を自分の胸に押し当てた。
「わかるカナ? あたし今、こんなにドキドキしてるってこと……」
「え……う、うん……ううん」
 一希はなんと答えて良いかわからなくなった。
 かなみは、空いていたもう片方の手で、ブラウスのボタンをいつの間にか外していたらしい。前をはだけると、握った一希の手をその中に滑り込ませた。
「こうすると、もっとよくわかるでしょう?」
「おねえちゃ……なんでこんな? もう、やめようよ。やめなきゃ」
「だーめ」
 かなみはクスリと仄暗い微笑みを浮かべ、一希の手を握ったまま、ゆっくりと身体を後ろへ倒してゆく。一希もそれに引っ張られて、かなみに覆い被さるような形で畳に倒れ込んでしまった。
「な……なにをする気なの」
「わかってるくせに。あたしにここまでさせといて、恥をかかせる気じゃないでしょうね」
「恥……って」
 一希が頭を半分起こしてかなみの顔を見ると、目を閉じうっすらと湿らせた口元で、相手の唇を待っているのだった。
「か、かなみちゃん――」
 一希はさすがに、いま何か根本的な異常事態に巻き込まれていると認識せざるを得なかった。
「だめ、だめだョ、こんなことやめなきゃ」
「――もう、じれったいわねえ」
 かなみは突然目を開いて身体を起こすと、今度は一希を強引に仰向けにして、自分はその上へどっかとまたがった。
「きゃ……い、いやぁ。いったい、ど、どうする気」
 畳の上から見上げる一希の目と、それを見下ろすかなみの目が合った。一希が付けていたリボンが捩れてしまっている。
「ああ、たまんないわ、あなたのその半泣きの顔。これから女の子の歓びをあたしが教えてあげる」
「えっ? ちょっと」
 一希の驚愕などおかまいなしに、かなみは覆い被さってきた。
「ふふ、いいわいいわ、この感じ」
「や……やん、や……やめて……やめて……よぉ」
 かなみは一希の首筋からうなじに舌を這わせながら、左手は胸をまさぐり、右手はスカートをまくり上げて、ショーツの上から一番敏感な部分を撫でつけてくる。
「ほら、ゆりの。息が荒くなってきたんじゃないの」
「あん……あぁん、だめ……だめだってぇ」
「小さな女の子だったら何も感じないと思ってた? 違うでしょ、ほらぁこんな――」
「お……おねえ……ちゃ……ちゃん、お、おねえちゃん、もうやめてっ!」
 一希は、力が全て抜けてしまったかのような身体を奮い立たせて、かなみをドンと突き飛ばした。
 すぐ上半身を起こし、はだけてしまった前を隠しながら、座ったまま壁際まで後ずさる。
 息が荒い。その顔は恥辱と興奮で真っ赤になってしまっていた。
「あなた……あなたほんとうにかなみちゃんなの?」
 涙でゆるんだ眼で、震えながらかなみを見る。
 かなみは畳に横たわったまま、乱れた衣服を直そうともせず、日没でますます闇に近付いてきた薄暗がりの中から、一希の方を含み笑いの視線で見返してきていた。その気配は、さながら悪戯好きの仔猫のようである。
 二人のちょうど中間に、形の崩れた“ゆりの”の真っ赤なリボンがぽつんと落ちていた。

 それにしても、なんという一日であろうか。

==第二楽章 終わり==


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