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天に願いを
10話(後編)
作:赤目(RED EYE)



第十話
馴れあいましょうよ(後編)

「イクちゃん……そんなに意固地にならないで。ね? お願いっ」
 雄二は、女官に教えられた取っておきの「おねがいポーズ」をしてみた。掌を胸の前で組み合わせて、小首を傾げてねだるような甘えた眼で微笑む。
 女の子だけに許される、破壊力抜群のポーズであった。
 イクは後ろを向いたままだったが、そのポーズのまま辛抱強く雄二は待った。
 イクが根負けしたように、ちらっと雄二の方を見た。思わず雄二は「うふふ」と笑いを洩らした。
 やっぱりカワイイ格好をしてきて良かった。
「ねえイクちゃん……」
 雄二はじりっ、とイクの方へ一歩近付いた。
「オレもわざとキスしちゃったわけじゃないんだ。それはイクちゃんもわかっているでしょう? 除霊のあとは、精神的な疲れが激しいんだ。それで、意識が飛んだ瞬間に隠れ人格が出てきちゃんだよ。そうなるとその間記憶はあるんだけど身体の自由は効かないしさ。今後は精進して抑えます。だから、許してくれないかなぁ?」
 イクは背中を向けたまま言った。
「……華枝さんとのキスはどうなりますか?」
「それもわかってるじゃない。あれは隠れ人格のせいじゃないけど、華枝さんが酔っ払っちゃって、オレも避けきれなかったんだよ。……うっ、あのキスを思いだすと、オレも頭がバクハツ状態なんだ」
 雄二は下を向いて顔を赤らめた。
「感覚とか、感触とか……全部覚えているから。――実は、隠れ人格がやった行動の場合は、感覚はあんまり覚えてないんだ。記憶はあるんだけどね。でもあの時は、普通のオレだったし、全部……。オレまだ中学生なのに。ふうー」
 雄二は赤くなった頬を、掌で扇いだ。
「だからさぁ、イクちゃん」
 雄二はまた一歩イクに接近した。
「イクちゃんも恥ずかしかったかもしれないけど、オレだってそうだったんだから。いってみれば、おあいこでしょう? そろそろ、許してくれないかなぁ」
 イクは、じっと考えているようだった。
 雄二は、思い切って、イクの後ろから抱きついてみた。
「ね?」
「ゆ、雄二さん、ちょっと……」
 イクは雄二を斜めに見上げて、困惑した表情をした。
「なーに、スキンシップ、スキンシップ。数々の困難をくぐり抜けてきたオレとイクちゃんの仲じゃない。摩耶香さんとイクちゃんはもともと姉弟だしさ、ノープロブレムだって」
 雄二は構わず、イクの頭に顔をうずめた。
「ふふふ、こうしていると、本当にイクちゃんの姉になったような気分になるよ。弟に甘える姉……。たまには良いでしょう?」
 雄二がイクに抱きついたまま、静かに流れてゆく時間。
 雄二は肌の露出が多い服装だ。ノースリーブのキャミソールから伸びる腕と、ミニ風のスカートから伸びる生足。もちろんそれらも、イクに密着している。
 さすがにイクがドキドキし始めたのが雄二にも伝わってきた。んー可愛い弟よ、と雄二はまたイクが愛しくなった。
 イクはまたしばらくの熟慮のあと、ぽつりと言った。
「キスのこと、姉さんに黙っていてくれますか?」
「――なーんだ、そんなこと気にしてたの? もちろんさ、秘密にするに決まっているじゃない。オレだって、イクちゃんや華枝さんと勝手にキスしていたなんてことが摩耶香さんにバレたら、何を言われるかわからないし。幸い、華枝さんはキスのことよく覚えてないみたいだし、イクちゃんとオレのキスは、オレたち以外は誰も知らない。二人だけの秘密にすればいいでしょう?」
 雄二はイクの耳元で低く囁いた。
「ひ・み・つ」
 イクは身をよじって小さく呻いた。ゾクゾクしてしまっているらしい。
 雄二には、固く閉ざされていたイクの心の壁が、ズブズブと蕩けていくのがわかった。緊張していたイクの身体から、余分な力が抜けてゆく。
 イクは、後ろから抱きつかれたままの姿勢で雄二を見上げて、「本当ですか?」と小さく訊き返した。
「本当に、内緒にしてくれますか?」
 その目は、限りなくイタイケで純粋だ。
「もちろんだって。オレが嘘なんか付くわけないっしょ。二人だけの魂の約束だよ」
 雄二もキラキラと輝く瞳でまっすぐイクを見返した。
 イクがとうとう落ちてしまったらしい。
 雄二の腕から一旦離れて身体の向きを変えると、改めて雄二の胸に顔をうずめてくる。
「お姉ちゃん……」
 と言って、甘えてきた。
「うんうん」
 と雄二も頷いて、イクを優しく抱きしめると、その頭に頬をすり寄せた。
「イクちゃんも、ここ数日大変なこと続きで疲れちゃったでしょう。お互い色々あったし……しばらくこうして慰めあってようよ」
 聖母のような微笑みを浮かべながら、そんな甘い言葉を囁く雄二。
 だがその微笑みの何割かには、あんなに意固地だったイクを女の子の魅力で落としたという優越感が、知らず知らずに混じっていた。なんのかんの言いつつ、心の奥底ではイケナイ小悪魔化が始まっている雄二であった。
 そして、そんなこととは露知らずなし崩し的に誘惑されてしまったイク。
 まあとにかく、傍目からすれば抱きあう二人は、美しい兄弟(姉弟)愛の権化であった。
 こうして二人は、小さな秘密を共有する仲になったのだ。

「雄二さん、ごめんなさい」
 ややあって、イクがほんのりと紅潮した顔を上げて言った。その目は切なげだ。
 二人はソファーに移動している。
「うん?」
 雄二がほつれた髪をかきあげながら答えた。
「本当は、あゆみちゃんの除霊のことだって、華枝さんのことだって、雄二さんには感謝しなくちゃいけなかったのに。実際、雄二さんには人格交換のことで最初から迷惑を掛け通しで、それでも雄二さんは文句ひとつ言わず、わたしの味方になってくれて。それになのに、わたしはキスのことだけに目を奪われて……」
「いいんだよ、イクちゃん。イクちゃんが怒るのも無理ないもの。オレだって自分の行動にびっくりなんだからさ。それに、喜んでいいかどうかわからないけど、だんだん女の子の生活にも慣れてきちゃったよ」
「そういえば……」
 イクは雄二から少し離れて、その装いをはじめてじっくりと眺めた。
「今日はやけに女の子っぽい服装……ですよね」
「うん、そうだよ」
 雄二は立ち上がると、乱れた服装を直し、ちょっと腕を広げてポーズをとった。
「イクちゃんにどうしても許してもらわなきゃ、と思ったから、張り切ってヨソユキにしてきたんだ。女官の人が三人がかりで、選んでもらうのに二時間半もかかったんだから。――弟から見て姉のこのファッションはどう?」
「え? い、いえ、その、えっと……」
 イクは三秒ほど見とれたあと、今更ながらウロたえて目をそらした。
「んふふ、イクちゃんはホント正直でカワイイんだからぁ。他の人とは困るけど、イクちゃんとならもう一度キスしてもいいかなー」
 雄二はウインクした。
「――なんちゃって」
「ゆゆゆ、雄二さん、またわたしをからかって――」
 結局、元の木阿弥であった。

 その時である。
 廊下へ通じる扉のあたりから、ギシギシギシといやな音が聞こえてきたかと思うと、ずばーんと派手な音がして扉が室内に倒れてきた。それと同時に、十人以上の人が悲鳴とともに室内に倒れこんでくる。
 雄二もイクも唖然とした。
 どうやら、雄二がイクの部屋に入ってから、ドアに密着してじっと聞き耳を立てていたらしい。
 雄二とイクは瞬間的にアイコンタクトして意思を疎通しあった。
 (イクちゃん、今までのやりとりは聞かれてない?)
 (大丈夫です、この部屋は防音のはずですから)
 ちょうど雄二がソファーのイクから離れて、立ち上がっていたのも幸いした。これなら怪しまれないだろう。
 イクがもっともらしく、いかめしい声を出した。
「みなさん、どうやら少々お行儀が悪いようですね。信仰心以前の段階で、他人のプライバシーを詮索するのは感心しません。さあ、早く退散して下さい。それから、扉を修理したいので、修繕部の係を呼んでください」
 さすが教団ナンバーツーのイクである。こんなに歳若いのに、威厳のようなものも感じさせる物言いだ。先程まで雄二に甘えていた子と同一人物とは思えない。
 倒れこんできた人々は、バツの悪そうな顔で口々に詫びを言いつつ、部屋から去ってゆく。
 だが廊下には、まだ呆然とした様子の女性が一人立っていた。高沢華枝であった。
 どうやらイクに用事があって部屋まで来たのに、人だかりがしていて入れなかったらしい。そのうち扉が倒れてしまって取り残されていたのだ。
 華枝は雄二とイクを認めると、頭を下げた。

==続く==


●次回予告 そんな、二人掛かりで縛らなくても……



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