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天に願いを
10話(前編)
作:赤目(RED EYE)



第十話
馴れあいましょうよ(前編)

 七森中学校からの帰り道を、業田雄二が歩いている。
 いや、身体は雄二なのだが、心の方は天願教の指導者である少女、峰谷摩耶香であった。
 とりあえず雄二になりすまして三日目。これまでのところ、事前の徹底的な下調べと摩耶香自身の勘の良さが幸いして、人格交換のことはバレていなかった。だが、さすがに周囲から不審の目が向けられているのは事実だった。
 確かに多少の失敗はした。雄二として学校に行った初日、休み時間に女子トイレに誤って入ってしまったり、体育の時間には女子更衣室に入る直前まで行って、女子から「変態」「痴漢」と罵声を浴びせられた。
 だがそんなことは小さなこと。既に当初の目的である、八風神社裏山の八つの封印は、二つまで解いた。予定を遥かに上回るペースだ。
 今日も帰宅後は、陽が落ちる前に封印をひとつ解いてしまうつもりだった。
 全ての封印を解けば、霊的能力を飛躍的に高められる古代の銅鐸が手に入るのだ。
 教団をこれまで以上に発展させ、父母の暗黙の期待に応えるには、どうしてもあの銅鐸が必要なのだ。もう後戻りなんてできない。
 それにしても……。摩耶香は改めて思った。
 女ってのはどうしてああもうざったいんだろう。

 雄二として学校に通い始めて二日目の今日、下駄箱を開けると、数通のラブレターがだだっと落ちてきた。さすがにちょっと驚いた。雄二がこんなにモテるとは思わなかったのだ。雄二の風貌は、なんというかヌボーッとした感じで茫洋としており、身体はやや大柄。こんな冴えない男の子のどこが良いのか、蓼食う虫は好き好きね、と摩耶香は少しあきれてしまう。
 とりあえずラブレターは封も切らずそのまま全部ゴミ箱に捨てた。さすがに他人(雄二)宛てのラブレターを無断で読むほど摩耶香も非常識ではない。それに、封印解除のことで頭が一杯で、こんなことに構っていられなかった。
 ところが、それを陰で見ていた女子がいたのである。
 たちまち、次の休み時間につるし上げられた。いわく、女の子の想いを踏みにじるなんてヒドイ、あんたは血も涙もないサディストよ、いったい何様のつもり調子づいてんじゃないの、うんぬん。
 言いたいだけ言わせて、最後に「オレは自分の好きなようにするだけだ」と言い放って、教室を出た。
 まだ何か女どもがキイキイ騒いでいたが、背中で聞き流して廊下を歩いた。
 なんだか、敵意とは違う熱っぽい視線を複数背中に感じたが、たぶん気のせいだろう。振り向いてまた女と目が合うと面倒なので、むろんそのまま去った。
 確かに自分も女だが、ああまで徒党を組んで迫ってくる感性はどうしても好きになれなかった。
 それに比べて男は……。
 雄二の親友の横山ってヤツはいい奴だし、男同士の会話は楽しかった。男としての生活も気に入っていた。何より、女のように万事細々としていないのが良い。もう毎日朝シャンする必要もないし、体重を気にして食事や間食を控えなくても良かった。

 だが、摩耶香はまだ気付いていなかった。雄二が突然モテ始めたのは、なにより摩耶香自身のクールな性格のせいだということに。摩耶香はまだ知らなかったが、実は彼女は同性からモテまくるタイプの女の子だったのだ。
 そしてもうひとつ、摩耶香の非常に強い精神力は、例え雄二の身体に入っていても、周囲の人間にすぐさま大きな影響を与えずに置かなかった。言うなれば生まれながらのカリスマなのだ。
 そんな訳で、雄二になりすまして二日目にして、ラブラブ眼になった女の子数名から恋文を貰う羽目になったのである。

「おーい、雄二」
 そんな声が後ろから聞こえてきた。
 摩耶香が振りかえると、その横山が自転車で走ってくるところだった。
「おう、横山。どうしたんだ?」
 最初はさすがに戸惑った男言葉だが、三日目ともなるとそれにも摩耶香は慣れていた。
 横山は摩耶香のことこまで来ると、自転車を止めて鞄を開けた。
「おまえ、放課後に職員室のミポリンのところまで来いって言われてたろ。もう忘れたのかよ、チャイムが鳴ったらさっさと帰っちまいやがって。ほれ、ミポリンからのプリント、持ってきてやったぞ」
「ミポリン? ああ、担任の森園美穂先生な。そうだったな、すっかり忘れてたよ」
「おいおい、しっかりしてくれよ。お前この頃おかしいぞ」
「そ、そうかな? オレは普通のつもりなんだが」
「どうも違うんだよなー。……まあいいや。それから別の預かり物がある」
 そう言って横山は神妙な顔をして数通の封筒を取りだした。
「ホラ、これ」
「……なんだ、ラブレターじゃないか? スマン横山、いくらお前が親友といっても、オレそっちの趣味は全然ないから」
「あっ、アホか。なんで俺がお前にラブレター書かなきゃならんのよ」
「じゃあ、ミポリンからか?」
「こういうボケ方はいつもと変わらんのだけどな……。女子からだよ。同級生と下級生から預かってきたんだ。親友の横山くんから渡してくれって」
「……そんなもんいらん。横山、悪いが返してきてくれ」
「雄二、なんてこと言うんだよ。せめて受け取って読んでやれよ。一生懸命書いたんだからさ」
「そうか? お前がそう言うんなら……」
 摩耶香はしぶしぶ受け取った。 
「それにしても、雄二が急にモテまくり始めたんだから、おかしいといえばこれもおかしいな」
「さ、さあ? 女なんて気まぐれなもんだからな。明日にはオレのことなんて忘れて別の奴を追いかけてるよ、きっと」
「……ともかく、結果はどうなったか、後で教えろよな」
 横山はにやりと笑いながら摩耶香の腹にパンチを入れてきた。帰りかけた横山に、摩耶香が言った。
「まあ待てよ。ちょうどここは河原だし。連れションしよーぜ」
「ま、またかぁ? お前昨日も連れションしようって誘ってきたじゃん」
「いいじゃないか、男同士だろ。立ちションは男だけの特権だからな」
「お前の方が変なシュミあるんじゃねーの?」
 と言いながら、横山は摩耶香と並んで立ちションする態勢になった。
 ある意味横山は正しかった。立ちションすると決めてあそこを取りだす時の摩耶香は、あきらかにワクワクしていた。
 とうてい弟のイクや天願教の信者たちに見せられたものではない。
 摩耶香は、教団指導者という重圧、そして女というがんじがらめの性からとりあえず逃れて、大きな解放感を味わっていたのである。八風神社の封印を解くという作業はまだ残っているにせよ。



「キライです、雄二さんなんか」
 そっぽを向いたイクに、雄二が懇願する。
「まあそう言わないで、笑ってオレを許してくれないかなぁ〜」
 今日の雄二の服装はいつもと違う。ノースリーブのキャミソールに、ちょっと短めのスカートと生足サンダル、長い髪はカチューシャとリボンで片側にまとめた、女の子っぽい可愛らしさの中にもほんのりとセクシーな装いだった。
「イヤです」
 雄二が前方へ回り込もうとすると、イクはまた別の方向を向いてしまう。
「そんなにいつまでもスネてないで……」
「スネてなんていません」
 イクのつれない態度は変わりそうにない。

 昨日はとてつもなく大変な一日だった。
 あの健太の除霊のあと、教団は大騒ぎになった。
 イクや雄二のいたはずの病室から、突然ガラスの割れる音や大きな衝撃音が何度も響いてきたのだから、信徒たちは当然ながらおっとり刀で駆けつけてきた。
 そこで彼らが見たのは、まるで爆撃にでも遭ったような室内の惨状と、気絶した三人の子供に寝こける女、そして一人だけ張り切って現場を仕切ろうとする雄二だった。
 いや、雄二のはずなのだが、なぜかその時だけは摩耶香本人の魂が身体に戻ったとしか思えないような采配ぶりで、個々の信者の名を呼びながら、散らかった室内の後片付けと、封印した悪霊についての善後策を具体的に指示した。
 確かに態度はややケーハクな感じだったが、摩耶香しか知らないような霊的知識や教団の事情に通じているのが判り、圧倒された信者たちは命じられるままに作業を行なって、たちまち部屋は片付いてしまった。
 そのあとで、ふっ、と雄二まで気を失ってしまったのだから、とりあえず一段落しかけていた騒ぎはまた大きくなってしまったのだ。

 雄二が次に気が付くと、病室のベッドの上に寝かされており、教団専属の医師と看護婦がつきっきりで介抱してくれていた。イクとあゆみ、健太と華枝も寝かされており、ややあってイクも目を覚ましたようだった。
 身体に異状がないのがわかると、今度は轡馬がやってきて、事情の説明を求められた。
 雄二はとっさに、イクに教団の教義や秘儀についてみっちり教えられるうち、自分でも霊能力が目覚めてしまったこと、それで腕試しにあゆみと華枝の除霊を請け負ったこと、また時々摩耶香の別人格が目覚めて勝手に行動していることなどを、方便を織交ぜてうまく説明した。
 もちろん、除霊が成功したのはイクの指導と、あゆみの霊能力のお陰である、という点は強調しておいた。
 轡馬はさすがに驚いているようだった。
「ひとつだけおぬしが間違っていることがあるのう」
 と轡馬は言った。
「除霊が成功したのは、イク様やあゆみ君の力添えが大きかったのはもちろんじゃが、摩耶香様の別人格のお力の賜物じゃ。健太の霊を祓ったあと、その目覚めた別人格が、除霊の一部始終を語ったそうではないか。それによると、ほとんどぬしが一人で除霊を行なったとのこと。また相手は相当強力な悪霊じゃったようだのう。これが摩耶香様のお力でなくなんであるか」
 もちろん雄二は別人格のキス事件については話していない。
「これは大変なことになったものじゃ。追って指示を出すゆえ、しばらくここで休んでおれ。それから、未熟なお主を導いてくれたイク様とあゆみ君にはよくお礼を言っておくことじゃ」
 轡馬が行ってしまうと、雄二はようやく安心してイクの方を見て話そうとした。
 だがしかし。
 イクはこの時から静かな拒否の意志をにじませそっぽを向いたまま、ロクに口をきいてくれなくなった。キスのことを、怒っているのだった。

 その夜、雄二は初めて摩耶香の部屋に入って、摩耶香の寝室で寝た。さすがにベッドは使わずその横に毛布を敷いて寝たのだが、それでも赤の他人の女の子の部屋、ドキドキするのは仕方なかった。
 これは、拗ねたイクが雄二と一緒の部屋で寝るのを拒否したせいもあるが、轡馬の指示でもあったのだ。
 摩耶香の隠れ人格は、部分的には摩耶香本人そのものなのだ。とすれば、いまの雄二は、その何割かは摩耶香本人でもあると言われた。それならば、雄二は極力摩耶香として振舞わねばならない。摩耶香の部屋を使うのも当然の理であった。
 雄二はさすがに抵抗したが、摩耶香が自室にいることによって、教団の霊的安定度は増すのだ、と強弁されてあきらめるしかなかった。なんでも風水の理論を応用しているとかで、教団の本部施設全体がそういう設計になっているらしい。
 イクが怒ってしまいその庇護が受けられない今、逆らって良いことはひとつもない。仕方なく雄二は轡馬の指示に従うことにしたのだ。

 摩耶香の部屋は、それほど女の子趣味でないことが救いであった。どちらかというと実用的にまとめられた空間で、大きな祭壇が設置されていたり、奇妙なオブジェが並ぶ一角や、難しそうな宗教関係の書籍が並ぶ本棚があったりと、普通の女の子の部屋とはかなり趣を異にしていた。
 それでも、あちこちにぬいぐるみが置いてあったり、小さなマスコットがきれいにディスプレイされた棚があったりと、やはり年頃の子らしさはあちこちに漂っていた。
 寝室には大きなスヌーピーのぬいぐるみがあって、その様子からして、どうやら摩耶香は時々それを抱いて寝ているらしい。
 雄二は、寝る前にペタンと床に座り込んで、そのぬいぐるみに向かって話しかけてみた。
「ねえ、スヌー。あたしこれからどうなっちゃうんだろう……」
 小首を傾げて、スヌーピーの大きな鼻を指でつんつんした。
「……て、うわーっ! またオレの女の子化が進行してるーっ」
 その日は一日、轡馬や他の教団幹部の前で女の子の演技をしていたので(下手に一人称「オレ」を使うと、逆に厳しくたしなめられた。どうしても女の子として振舞えというのだ)、つい一人の時までやってしまった。
 このままでは近々身も心も女の子になってしまうかもしれない(既に身体はそうなのだが)。
 やはり、イクと一緒にいることで、かなり気が紛れて男として心身のバランスが取れていたのだ。
「よーし、明日はぜったいイクちゃんに許してもらうぞー。もう手段は選ばないからな。――見ていろよ、スヌーピー!」
 雄二はぬいぐるみにビシッと指をつきつけた。

 次の日。雄二は一大決心をすると、女官を呼んで可愛い服をコーディネートしてくれと頼んだ。中年の女官は最初こそ驚いていたが、すぐにノってきて、他の女官二人を呼んで、三人がかりで摩耶香のクローゼットからあれこれ衣服を取りだしては、雄二を着せ替え人形状態にした。
 雄二は顔から火が出るほど恥ずかしかったが、ぐっと我慢した。
 なんでも摩耶香は、教団での「公務」が終わるとよくダサダサのジャージやトレーナー姿で施設内をうろついて、信者たちをがっかりさせていたらしい。ファッションへの興味が皆無なのだった。
 だから、クローゼット内の衣服は、ほとんど新品状態のものばかりだった。これらは女官たちが見繕って購入してきたものだが、どんなに熱心に説得しても摩耶香が着てくれないので、そのまま肥やしになっていたという。
 それらの衣服を雄二が文句も言わず次々と試着してくれるので、女官たちは大喜びであった。
 そして二時間後。
 ようやくコーディネートが決定し、髪のまとめ方とヘアバンドやリボンの選定に更に三十分かかったあと、本日の装いが完成した。
 雄二が、姿身の前で改めて自分の様子を見ると、びっくりするほど可愛いらしかった。鏡の中でちょっとはにかみながら佇んでいる少女が自分だとは、到底信じられない。
 やはり摩耶香は容姿端麗であった。ちゃんとした装いをすれば、見間違うような姿になる。
 そんな雄二の様子をみて、女官たちも満足そうだった。
 ようし、勝負だ。
 雄二は鏡の中の女の子に誓った。
 この格好で、イクちゃんに誠心誠意謝って許してもらうんだ。こんなにカワイイんだから、ぜったい大丈夫だ。
 一番歳かさの女官に、それでポーズを取って微笑んでみて、と言われ、雄二はあごに人差し指を持っていって、にっこりと微笑んでみた。
 女官たちが「ほう」と声を上げ囃し立てる。
 マジでくらくらするほどかわいかった。

 扉を開けて廊下へ出ると、ちょうど前を通りかかっていた二人の男性神官が、そんな雄二の姿を見て雷に打たれたように凍りついた。一人はパクパクと口を開け閉めして何か言おうとしているが、声が出ない。もう一人は既に向こうの世界に行ってしまったらしく、目の焦点が合っていなかった。
 雄二は自信を深めた。
 廊下を歩いてイクの部屋まで行く途中、出会った人々は全て劇的な反応をした。やはり摩耶香がこんな女の子らしい格好で出歩くことはなかったらしい。
 イクの部屋をノックする。
 そんな雄二の背後には、三人の女官やら廊下で雄二に出会って何事かと付いてきたひと十数人が控えている。
 イクが出てきた。雄二の装いを見るとさすがにイクも少しグラグラしているようだったが、すぐ立ち直ってぶっきらぼうに「ご用件は何ですか」と聞いてきた。
「イク様に折り入ってお話ししたいことが……」
 と雄二が春風のような微笑みを浮かべて言うと、その後ろにたくさん野次馬がいることもあって、イクは断りきれずに雄二を部屋に招きいれた。
 とりあえず雄二の作戦は成功したわけだ。
 だが、なんとか許してもらおうとする雄二に、イクはまだ冷たかった。
「キライです、雄二さんなんか」
 そう言ってそっぽを向いたのだ。

==後編に続く==


●次回予告 雄二が色仕掛けでイクを誘惑? あやうしイク!

●作者から 感想とかご要望とか、ひとこと掲示板に欲しいなぁ、と。皆さまの感想だけが私の創作のエネルギーです。感想が増えると執筆ペースが上がります(当社比)。



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