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天に願いを
18話(その5)
作:赤目(RED EYE)



第十八話
八風神社炎上(その五)

 イクは女の子の衣服に着替えながら、「女らしい」ってどういうことだろう、と懸命に考えていた。女らしい、女らしさ、女っぽさ……その本質がわかれば、自分も“女”に変わることができるはずなのだ。
 物心ついて以来、一番身近な異性は母を除けば姉の摩耶香であった。母親にはここ二〜三年あまり接触していないし、もちろん母に感じるのは“女”ではなくまず母性である。その次に身近なのは教団の女性神官たち、それから最近知りあったあゆみや華枝ももちろんそうだ。
 だがその中で、やはりイクが女性と聞いてまず思い浮かべるのは摩耶香であった。
 姉は確かに勝ち気で頑固な性格だし、教祖としての仕事以外のときは冴えない――というか無頓着な服装をしている。そういった意味では女らしくないかもしれない。だが逆に巫女服を着てピンと張りつめた緊張のなかで拝礼している時は、例えようもなく美しかった。自分が好きな姉の姿のひとつだ。いつもは厳しいが、時としてふいに優しさをみせてくれる敬慕するひと。
 ――姉さん、わたしはどうすればいいのですか。イクは心の中で問い掛けてみた。
 その時、なぜか摩耶香と入れ替わった雄二のことが頭に浮かんだ。
 夢うつつのうちにキスしてしまった件で、自分の部屋に謝りに来た雄二。姉が絶対しないような、大胆に肌を露出させたキャミソールとミニスカートで、身体を寄せてきて……その先を思い出して、思わずイクは顔を赤らめた。でもなんというか、あの時の“姉さん”の姿は本当に――。
 そうか、もしかしたら女らしいって、ミテホシイってことかな。恥ずかしいけど……きっとそうだ。ハズカシイケド、ミテホシイ。
 そんなことを思いつつ、イクは栗毛のかつらを被り、セミロングの髪を整えた。
「イク様、《邪気》が山を下りてきます。早くっ」
 華枝の声が聞こえた。
「はい」
 そう柔らかな声で返事したとき、もうイクの心は切り替わっていた。
 ミテ、ミテ、ミテ。
 そんな気持ちで一杯のまま、振り向く。
 自分でも思ってなかったような、言葉が出た。
「どうですか?」
 自然と、髪が流れるままに小首を傾け、腕を少し広げている。
 控え目なフリルの装飾とチェック柄の刺繍が付いた乳白色のワンピース。そこへ栗色の髪がかかって、どうしようもなく艶やかであった。
 瞬間、そこにいた全員が息を呑んだほどだ。
 束の間の沈黙のあと、華枝が一同を代表してわざとらしく「ひゅう」と口笛を吹いた。
「あたしがイク様と同年代の男の子なら、いますぐさらって自分のものにしちゃうんだけどな」
「華枝さんたら、もう」
 あゆみが肘で小突いた。
「なによ、あゆみちゃんは違う意見だっての?」
「そ、そんなことはないけど……」
 あゆみは改めてイクの姿を見て、自分の言葉に頬を赤らめうつむいた。
「ありがとう」
 イクの反応は、普段からは考えられないそんな言葉と花開くような微笑みだった。つい昨日、死ぬ思いをしてセーラー服を着ていた子だとは思えない。
「いや、これは……」
 大助が汗を拭き拭き、ようやく言った。
「さすがは摩耶香さんのご一門というべきか。――それでは、“お嬢さん”、しっかり頼みますよ」
「はい」
 ごく自然な物腰でイクが頷く。
「イク様、もう時間がありません」
 壱郎が言った。
「私が本堂の壁を壊して、突破口を開きます。開いたらすぐに、中へ飛び込んでください。三分、いや、二分待ちます。二分待って何も起こらなかったら、どんなことがあっても私が突入して助け出します」
 壱郎が境内の片隅にあった手頃な庭石を抱えて持ってきた。
「壱郎さん、ありがとう。でもあたし、かならず――」
 そう言ってイクは燃え盛る炎へ対峙するように歩を進め、身体を開いた。
 激しくゆらめくオレンジの光と熱気がイクの髪とロングのワンピースを揺らしたが、イクは怖れも躊躇も感じていなかった。その心の中にあるのは、ただ雄二と姉を救いたいという願いのみである。
 その横顔を見て、あゆみは魂を奪われそうになった。
 胸の裡の純粋さと意志の力が、“人”より一段上の美の高みにイクを連れ出しているようであった。
「いきます」
 あゆみは合図すると《気》の力で壁の周囲の炎を一瞬抑え、そこへ壱郎が庭石を叩きつけて壁を壊した。うまく人一人が通れるくらいの穴が開く。
 その瞬間を逃さず、イクが頭をかがめワンピースの裾を掴みながらサッと飛び込む。
 次の刹那、再び壁は炎に包まれ、上から柱が落ちてきて穴は塞がってしまった。
 そこにいる全員が、イクの背が消えた業火の向こうを固唾を呑んで見つめている。まるでそうすることでイクが今すぐ全てを終え無事帰ってこれるかのように。

 裏山の山頂の上空に、とうとう禁断の銅鐸、ナラヌガナラヌ鐘が姿を現した。そのどす黒い巨大な影の存在は周囲を重苦しく圧迫し、今にも《邪気》の意のままに現世(うつしよ)を壊すため打ち鳴らされそうであった。
 ただ、封印の最後の頼みの綱――文字通りの――として、黄金色の太いしめ縄が銅鐸の全周に張り巡らされていた。これが切れてしまえば、もう本当に鐘を縛るものは何もない。《邪気》の手に落ち、世を混乱させるためだけに使われてしまうだろう。
 そのしめ縄でさえ、摩耶香の霊力で、はや一部が裂けてブチブチと音を立てて切れ始めている。
 ふもとまで下りた《邪気》は、その銅鐸の様子を見上げながら、勝利の雄叫びを上げていた。
 女性神官たちを蹴散らし、それを救おうとした小うるさい四天王の三人をマニキュアを塗った手で地面に押え込んでしまうと、もう邪魔立てする者は誰もいなかった。
「おーほーほー、マヌケ教団の信者ども、もーうあきらめるのーね」
 だがそこへ、境内から強引に走ってきた一台の軽乗用車が突っ込んでくる。
 車が《邪気》の腫れ上がった大根のような足に激突する寸前、運転席と助手席から男女が飛び出し、地面に転がった。男はひと抱えほどの鉄の球体を抱えている。
「ウゲェイテーッ、なにすんのよー。出すなスピード守ろうルール、お前ら道交法違反じゃなくってー?」
 もちろん華枝と壱郎であった。《邪気》に蹂躪される神官団を見て、大助がイクの救助役を買って出、壱郎に参戦を要請したのだ。どのみち《邪気》が本堂まで来てしまえば全てが終わる。壱郎は《邪気》の阻止を誓い、華枝と共に駆けつけてきたという訳であった。
 《邪気》がひるんだ隙に、壱郎と華枝は《邪気》の手で動きを封じ込まれている三四郎のところに飛び付いた。
 だがビクともしない。逆に他の手が二人に迫ってきて、すんでのところで二人はそれを避け地面に転がった。
 華枝は無意識のうちに大切に抱えていた包みに気付き、それをサッと開いて壱郎に差し出した。
「そうよ、これを――せめてこれを」
「これは――」
 壱郎は驚いたが、すぐそれを華枝の手から直接口にした。みるみる力が全身にみなぎる。
「くくく、こんな時だが、これほど美味しいものはない」
 壱郎は再び取り付くと、凄まじい怪力を発揮して《邪気》の手をぐい、と持ち上げた。
「き、き、きさまいったい――」
 《邪気》が驚愕の叫びを上げた。
 助け出された三四郎にも、同じ物を華枝が差し出した。それを食べた三四郎も驚異的な回復力をみせ、今度は壱郎と二人で次の仲間を救い出す。こうして同じようにたちまち三人が自由の身になり、四天王が揃ってしまった。
 四人が食べたのは、食堂のおばちゃんが作った特製おにぎりであった。
 華枝とあゆみが教団を出るとき、図体のでかい息子同然の四天王がお腹を空かせているだろうと、おばちゃんが握って持たせたものであった。
「オバチャンの愛情が篭ったおにぎりはオレタチに無限の力をくれた。さあ来い、《邪気》とかいうチンケな化け物め」
 壱郎の言葉に、《邪気》が激しく哄笑を浴びせ、本格的な戦闘が始まった。

==続く==

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