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天に願いを
18話(その4)
作:赤目(RED EYE)



第十八話
八風神社炎上(その四)

「雄二はいます――あの産まず女石の中に」
 大助の言葉に、イクは大きな衝撃を受けていた。
 大助は裏山の山腹で暴れる醜い《邪気》の姿や、魑魅魍魎がゆらめく薄暗い朝の光景に困惑しながらも、神主という仕事柄怪異現象に慣れているのか、それらしい動揺もみせずに先を続けた。
「イクさんやあゆみさんの話からすると、あの《邪気》とかいう化け物を倒す方法はひとつだけです。伝説によると、産まず女石の中にはナラヌガナラヌガネを邪まな者から護るための神器、ネダヤシノツルギが封印されているという。たぶんその封印を外せば、雄二も……」
「おじさんっ、それは本当ですか!? それから一体どうすればその封印を外せるんですか?」
 イクが勢い込んで訊いた。
「イクさん、この封印はただの封印ではない。ネラヌガナラヌガネのものより更に強力な、神呪といわれるものです。もしそれを外そうとする者の心に一点の曇りや不純さでもあれば、たちまちその者の命を奪ってしまう剣呑な代物なのです。――それに、術者にはかなりやっかいな条件が……」
「教えてください、おじさん。わたしにできるならやってみます」
「だめっ、それならあたしが……」
 イクとあゆみの会話に、華枝が割り込んだ。
「それより、失礼ですが雄二くんがあの石の中にいるのは、事実なのでしょうか」
「雄二というか、身体は摩耶香さんというお嬢さんと入れ替わっているので正しくはどう言うべきかわかりませんが、ええ、本当です。《邪気》が私や妻に術をかける前に、雄二を産まず女石の中に閉じ込める、とはっきり宣告しました。そうやって私らが苦しむのを見てあの化け物は楽しんでおったのです。……本来、魔物は神呪に触れることすらできないはずだが……あの凄まじい魔力と、開きかけた封印の中のナラヌガナラヌガネがあれば……」
 地響きを立てて暴れる《邪気》の姿を見上げながら、大助はつぶやいた。
 山上から、《邪気》のダミ声が響いた。
「おーほーほーほ、あの雄二とーかいうオトーコ女を捜しているのかしーら? ムダムダムダー、少しは使ーえそうな奴だったーけど今は産まず女ー石の中よ。今後、あのガーキーは永ー遠に石のー中で眠るのーよ。ウゲッイテエ」
 また四天王の三人に一斉攻撃を食らったらしかった。どうやら神官団の呪文はもうほとんど効いてないらしい。
「くっ……お願いします、おじさん。封印の外し方を」
 イクは《邪気》の嘲笑に唇を噛みながら言った。
「こうなったのは姉である摩耶香の暴走と、それを止められなかったわたしの責任なんです。――このままでは、雄二さんはずっと石に閉じ込められたままです。この世界だってどうなってしまうか……」
「わかりました、イクさん。まだ新しい封印が行なわれて間もないし、安定していない今ならチャンスはあるかもしれない。産まず女石には、もともとオモイハツルヤ姫の魂が封じ込められている話は知っていますね?」
「はい」
「封印を外そうとする者は、“姫の迷い”を鎮めなければならないと言われています。男になって天に召されたいと願った姫の迷いだから、『男女の境』を超えた者がその業を行なうべしと伝えられる。しかも邪心や穢れがあってはなりませんから、できれば幼い者であるべきでしょう」
「男女の境を超えた、幼い者……」
「具体的にどうすれば良いのか、残念ながら伝わっていません。が、たぶん石に触れて、その私心のなさ、本当の癒しといたわりの心を自ら証明しなければならないと伝承されています。あの石が発熱したのは、ナラヌガガネの封印が外れかけたからですが、姫の昂ぶりと挑発でもあるのですよ――剣を取りに来る者に対する」
 神社の本堂は、いまはもう完全に火が回っており、イクたちが立っているところへも熱風が何度も吹きつけてきた。
 そんな業火を物ともせず、イクは力を込めて言った。
「わたしがやります。必ず雄二さんを救って、剣を受けとってきます」
「でもイク様――」
「イク様だめ――」
 あゆみと華枝の声が重なった。すぐあゆみが続けた。
「やるならあたしがやります。あたしなら少しは霊力だってあるし、頭だって今はこうなんだから」
 そう言って、あゆみは栗毛のかつらを持ち上げ、坊主頭を見せた。
「だめだ、あゆみちゃん。こうなったのはわたしと姉さんのせいなんだから。それにこんな危険なことは絶対にあゆみちゃんにはさせられない。――これは教団の副代表としての命令だから」
 あゆみは何か言いかけて、イクの迫力に押されたのか言葉を呑み込んだ。
「わ、わかりました……で、でもイク様のお手伝いはさせてください」
「うん、ありがとうあゆみちゃん。それから、かつらを貸してくれるかな? これから『男女の境』を超えなきゃ……ぼ……ぼく、女になるから」
 イクは初々しい含羞を見せて、目を伏せた。
「おじさん、これで良いんですよね? 男であるわたしが、女装をして女になる。そして、偽りのない心が産まず女石の眼鏡にかなうかその試練を受ける――」
「確かにそれで良いが――やはりいかん、命がけの仕事になる」
 間髪を入れずイクが答えた。
「構いません。わたしはどうなってもいいから、雄二さんや姉さんを助けたいんです」
 イクの言葉のあと、一瞬の沈黙が降りた。本堂の燃え盛る業火の音だけが周囲を重苦しく圧した。その瞬間だけは、《邪気》の暴れる音も聞こえない。
「わかりました。イクさんの真心に賭けてみよう」
 大助は承諾した。
 イクはあゆみからかつらを受け取った。頭に載せる前に手櫛で髪を整えながら言う。
「服は、どうしよう……」
「それもあたしの服を着れば――」
 そういうあゆみの声に、クラクションの音が重なった。
「服ならたぶんここに手頃なものがあるよ」
 華枝であった。強引に境内の真中まで乗り入れてあった軽自動車からだ。
「この車、クリーニング屋のを強奪したんだ。朝の配達の前だから――結構クリーニング済みの服がたくさん」
 イクとあゆみはそちらへ走り寄った。

 山腹では、《邪気》が燃え盛る八風神社の本堂を見ながら、愉快そうに八本の手を交互に叩いて囃していた。足元には雑魚の信者たちや、四天王の三人がちょこまかと動き回って自分を惑わせようとしているが、所詮は無駄なことだ。もうすぐナラヌガナラヌガネを抑えていた最後の封印が開く。それは、山頂の上空に次第に形になり始めたその銅鐸の黒い影を見ても明白なことであった。
 山頂付近を振り向くと、男性神官たちが呪文を詠唱しながら二列縦隊で結界に何度も突っ込んでは、その度に弾かれて転がり折り重なって倒れていた。見かけ倒しのヒヨッコども。所詮は摩耶香の傍へ行くことすらできないのだ。
 もう自分の勝利は目前だ――《邪気》はそう思った。
 だが、気になることがある。
 八風神社の本堂には、不確かながら伝説の秘剣が隠されているという話が伝っている。あの雄二とかいう、摩耶香と入れ替わった少年を閉じ込めた石もそこにあった。
 教団の副代表――つい昨夜、自分の術で操ってやったイクという摩耶香の弟が、先刻から何やら怪しい動きをその本堂の前でしているのだ。
 どうせ、あの神官どもでは山頂の摩耶香には指一本触れられまい。
 そう思うと、《邪気》はゆっくりと山を下り始めた。
「あーらー、イクちゃん何をしーているのかしーらー。先ー生にも見せてくーれない」
 そんな戯れ言を大音量で周囲に響かせながら。

「いかん、《邪気》が神社の本堂の方へ、向かい始めた」
 四天王のひとり、五十六が言った。
「ここにいても、オレたちでは、山頂の結界は破れない」
 時郎が答えた。
「あとを追おう。――他の信者の方々は、山頂へ、向かってください」
 三四郎が叫び、三人は《邪気》を追って山を飛ぶように駆け下り始めた。
 幸い、《邪気》は図体がでかいだけに動きがのろいのと、斜面を下るためそろそろと四つん這いになっている。なんとか離されずに済みそうであった。

==続く==

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