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天に願いを
18話(その3)
作:赤目(RED EYE)



第十八話
八風神社炎上(その三)

 ゴロゴロと不気味な音を響かせて山中を転がってくる岩石がイクたちの目の前に迫っていた。周囲が薄暗いこともあって、気付くのが遅れたらしい。
 イクや轡馬、神官たちも、あまりに突然のことで声も出せず、凍り付いたようになって動けない。
 だが次の瞬間、森の中で横から誰かが飛び出し、太い丸太を衝突ルートの真ん前に横向きになるよう投げ入れた。岩石は丸太を前方へ跳ね飛ばし、丸太はちょうど太い木々の間にかんぬきをするような形になったため、そこへ再び岩石がせき止められるように衝突した。
 丸太とそれを引っ掛けるような形になった二本の木々が折れ砕ける音が鈍い響いたが、それで衝突のショックが吸収され、岩石は止まった。
「フウ……皆さん無事ですか」
 壱郎がイクたちを振り向いて言った。いち早く岩石の襲来を察知して森に駆け込み、伐採され斜面に置かれていた丸太を担いで、直前に投げ入れたのである。壱郎だから出来た早業であった。
「壱郎さん、あ、有難う……」
 ようやく硬直から醒めたイクが代表して言ったその声に、《邪気》の悔しそうな雄叫びが重なった。
「ギィィィーッ、せっかく全ピン倒しーてスートライクってとこだーったのに、邪魔しーないでよお。こうーなったらもう一投……ウギャアーッ」
 《邪気》は、おぞましい悲鳴を上げてのろのろとうずくまった。
 山の中腹にいる四天王の三人が、《邪気》のアキレス腱に力を合わせて集中攻撃を加えたのだが、イクたちには無論そこまではわからない。
「――チャンスです、お手数ですがこのスキに封魔の儀をつづけてください」
 イクの言葉に、神官長が頷いた。
 他の女性神官たちと目くばせし、一斉に小刀を懐から取り出すと、それで各々自分の髪を少し切った。それを、やはり懐にあった呪符に畳み込むと、円陣の中央にある木の切り株の上に乗せ、次々と小刀で刺して固定する。切り株の上には、密教でいう護摩壇に似た板が置かれていた。
 呪法に身体の一部である髪の毛を使うことで、呪文の言霊に更なる強力な効果を持たせることができるのだ。だが、一歩間違えばそれは自分たちにも跳ね返ってくる諸刃の刃であった。
 女性神官たちの呪文の詠唱が始まった。
 イクは、それを聞きながら、やはり姉のことを思わずにいられない。
「姉さん……」
 自分の姉さえ、《邪気》の妖術から逃れることができれば、世界さえ壊れそうなこの状況を元に戻すことができるはずなのだが。空はますます暗く妖しくのしかかってくるようだ。そんな中何度心の中で摩耶香に呼びかけても、その想いが通じることはなかった。
 イクたちの周りは術の効果か物の怪の影も少ないが、少し円陣から離れたところでは、今やはっきりと目に見えるような魍魎の幻もうろついている。自分たちが到着した時より、状況は悪くなっていた。じわじわと最後の封印が外れかけているのであった。
 そうして、イクの心に浮かぶのはもう一人、雄二のことであった。雄二さんはいま一体どこに……そして、少しでも力を貸してくれたなら――そう思って唇を噛むイクに肩に、轡馬がやさしく手を置いた。
「イク殿……今は耐えることじゃ。必ず摩耶香様は上に登った信者たちが取り返してくれる。今は少しでも、神官たちの力になるべく我々も祈りましょうぞ」
「はい……」
 イクは頷くしかなかった。
 その背後から、儀式の邪魔になるのを恐れてか遠慮がちに小声で呼び掛ける声があった。
「イク様、あの……」
「え――あ、あゆみちゃん!?」
 驚いて声を上げかけて、イクは危うく手で自分の口を押えた。
 そのまま円陣から離れ、数メートル行ったところで、思わず握りしめていたあゆみの手を離す。
「だめじゃない、本部で寝てなきゃ。あんなことがあったばかりなのに」
「だって、いても立ってもいられなかったんですもん」
 あゆみは、困ったような拗ねたような口調で言って、目を伏せて両手の人差し指をつんつん合わせた。
「まあいいよ、来てくれたことには感謝するよ。――もう身体は大丈夫なの?」
「ええ、もうかなり。……それより、神社の本堂の方が大変なんです。車から降りてこちらに来る途中で見たんですけど、床に置かれている大きな石が発熱していて、今にも火が……」
「何だって!?」
 イクはすぐさま走り出そうとして、轡馬の方を一瞬振り返って目で合図した。轡馬は黙ったまま点頭した。
 イクはあゆみを伴って本堂へ向けて走り出した。話を聞いていた壱郎も、轡馬の「ここはワシだけで大丈夫じゃ」という声に、イクたちの後を追う。

 一方、山中では。
 四天王の三人が《邪気》を陽動しているうちに、男性神官たちが樹々と暗がりに紛れ、なんとか山頂直下まで辿り付くことに成功していた。
 今や山頂で水晶玉を抱えて一心に呪文を唱える少年の姿――雄二の身体に入った摩耶香だが――を、十数メートル先に捉えることができた。水晶玉の内部に踊る光りのせいで、あたり一面がぼうっとした明るみに包まれている。その身体の傍らには最後の封印を宿した祠があった。
「摩耶香様、おやめ下さいっ」
「我らがわかりませぬか」
 口々に叫びながら近付こうとした神官たちは、目に見えない柔らかな壁に阻まれて、ある者は横側へ飛ばされ、またある者は後方へ押し返されて尻餅を付いた。
「これは、結界!?」
 摩耶香の周囲には、余人が近付けぬよう強力な結界が張られていたのだ。
「おっほほーほ、いーまごろ気付いたかマヌーケ神官どーも。お前らの霊力では摩耶香とアータクシが張った結界を破るーのは不ー可能ですわよ、うーほーほーほ」
 《邪気》が、山腹から頂上を振り返ってけたたましい嘲笑を浴びせかけた。
「ぐ……。我らの力を舐めるか化け物め。総力を上げてこの結界を破ってくれるわ」
 年長の神官が吠えた。

 イクたちが境内に着くと、既に開け放たれた本堂からはブスブスと真っ黒い煙が上がっていた。
 覗き込むと、本堂の奥に安置された大きな石が目を覆うような高熱を放っており、それが周囲の床を焦がし炎を生んで燃え広がっているのだった。
「産まず女石……」
 イクも、雄二から直接この石の話を聞いたことがあった。伝説では、この中には悲劇の姫君が眠っているという。八風神社の御神体である。
 もしもこの本堂の中に雄二さんや業田家の人がいたら――そう思うと、イクは居ても立ってもいられず、本堂の中に飛び込もうとした。
「イク様、危険です。ここは、私にまかせて下さい」
 壱郎がイクを遮り、防火用のバケツに手水舎の水を組み、石や床に掛け始めた。だが、まさに焼石に水――水は次々と蒸発し、火勢は収まる気配が無かった。
「大丈夫よ、本堂の中には誰もいないわ」
 業田家の住居の方から声がした。
 イクたちが振り返ると、玄関から華枝が出てくるところだった。華枝は業田家の主婦らしき女性を抱き抱えるようにしている。女性はまだ意識がはっきりしないようだった。
「この中に、まだご主人の大助さんがいます。手を貸して」
 イクとあゆみは顔を見合わせると、ダッシュで屋内へ向かった。やはりまだ足元のおぼつかない大助を二人掛かりで支えると、外へ出る。その頃には、本堂からはかなりの炎が上がっていた。
 熱気と火の粉が飛び散り、イクたちのところへもそれが振りかかってきた。
「駄目です、もう手の施しようが、ない」
 壱郎が悔しそうにしていた。消化器も使っていたが、結局及ばなかったようだ。
 小百合を介抱しながら、華枝がイクに言った。
「あゆみちゃんとわたしがここを通り掛かった時に、既に石が発火する直前だったの。それで、わたしが本堂の中をひと通り調べたわ。誰もいなかった。そして住居の方を調べると、畳の下から弱々しい声がしたので、畳を剥がしてみたらお二人が縛られていたってわけ」
「そうだったんですか……」
 話を聞きながらも、イクは火勢の強くなり始めた本堂の方を不安そうに見た。もしもまだこの中に雄二さんがいたら――。
「雄二は、あの中にいます」
 大助の苦しげな言葉に全員が息を呑んだ。
 ようやく《邪気》の妖術の影響から脱しつつある大助だが、まだ身体は完全ではないようだ。だがその言葉はしっかりしていた。
「雄二はいます――あの産まず女石の中に」

==続く==

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