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天に願いを
7話
作:赤目(RED EYE)



第七話
ごめんあそばせ

 翌朝、イクの部屋。
 目が醒めてから隣りに誰かいることを知ったイクは、最初は寝ぼけてごにょごにょ言いつつ戸惑っていたが、突然タオルケットを跳ねのけベットから飛び降りた。
「ね、ね、姉さん!?……じゃなかったっ、雄二さん!」
「んーー、なんだいもー、うるさいなぁ。はぁ、オレやっぱりひと晩寝てもまだ女の子だよ……」
「そ、そんなのんきなことを言っている場合では――もうっ」
「なにを朝からいきり立ってるのぉ、イクちゃん……ふぁ〜あ」
「わ、わたしはあんなにソファで寝るっていってたのに……いつの間にかここで眠りこけてしまって……」
 イクは額に縦線が入っている。
「んもー、イクちゃんは恥ずかしがり屋さんだなぁ。姉弟なんだから一緒のベッドで寝てもいいでしょうが。――大丈夫だって、昨夜は何もなかったから。それとも本当に寝こみを襲ったほうが良かったの?」
「ゆ、雄二さぁん……」
「冗談、冗談だって。だいたい本当は男同士なんだから、何もあるわけないっしょ」
「で、でも身体は姉さんだし……」
「愛する弟に姉さんの身体(?)が何かするわけないでしょうに。あ、でもイクちゃんの寝顔はホント可愛かったから(ニヤッ)、昨日のラブコメ人格が発現したら危ないかな?」
 イクがマジで引いているのを見て、雄二は手を振りながら笑ってごまかした。
「ジョーク、ジョーク。おねーさんを信じなさい。はっはっは」
 ベッドで半身を起こしたまま胸を張る雄二を見て、(そんなだから信用できないのに)と朝からユーウツになるイクであった。

 雄二が苦労して摩耶香の長い髪を朝シャンして乾かしたあと、あまりに部屋に篭りきりだと怪しまれるとの配慮から、二人は朝食を食堂で取るため部屋を出た。イクも雄二(摩耶香)もパジャマを着替えて楽な服装をしている。
 もちろん、すぐ見張りの信者たちに囲まれたが、雄二は逆らわずにしおらしくしていた。
 廊下を歩いている間中、イクはもっともらしく教団の教義を語り続け、雄二は柔順に耳を傾けながら、ときおり「はい、よくわかりましたイク様」とか「もっとそのお話が聞きたいですわ、イク様」などと相槌をうっている。このあたりは雄二の悪ノリ好きが幸いしている。
 最初は疑り深そうにしていた信者たちも、すぐに雄二の様子が昨日とはうって変わっているのを知り、少し雄二への視線を和らげた。
 それでも信者たちが雄二を扱いにくそうにしていたり、目が合うと慌ててそらしたりするのは、やはり外見(身体)は彼らの指導者・摩耶香だからだろう。
 そんな機敏を敏感に感じ取り、ふと(このまま摩耶香のフリをしたどうなるだろう)と考えてみる雄二だった。
 (……駄目だな。オレには霊能力なんかないし、だいたい本物の摩耶香さんがオレの身体に入ったまま健在なのでは、どちらにせよすぐバレる)
 結局はイクに「洗脳」されたフリをするしかなさそうだが、それでも一度試してみる価値はありそうだった。

 朝食が終わってしばらくすると、雄二に轡馬から呼びだしがあった。そうらきた、という感じだ。轡馬は天願教創立以来の古参の信者で、いわば教団の原理派であった。穏健派イクが教団ナンバーツーとすれば、ナンバースリーの実力と人望がある。
 いや、イクに霊能力が希薄で、若齢のため穏健派をまとめるに至っていないことを考えれば、実際はナンバーツー級といって良いかもしれない。
 それでも轡馬が今の地位に甘んじているのは、やはりイクが、敬愛してやまないカリスマ・摩耶香の弟であることと、イクの意外な能力によるものであった。
 イクはとても優秀な株式相場師なのだ。教団の資産を“霊的指数”に基づいた独自理論のデリバティブで運用し、高い収益をあげている。ビジネスモデル特許も複数所持しており、これも教団にかなりの利益をもたらしていた。
 昨晩この話をイク自身から聞いたときは、さすがに雄二も驚いた。
「あ、安心してください。確かにわたしが表に出ないようダミー会社を通して株取引していますが、これは教団の活動とは完全に切り離しています。宗教法人の税制優遇措置とはむろん無縁ですから」
「すごいなー、イクちゃん。摩耶香さんもオレと同い年なのに教団代表だし、姉妹そろって大変なしっかり者だよ……」
「あの……姉妹じゃなく、姉弟ですが……」
 どうやらイクは一種の天才らしかった。これでは幼くとも教団内での発言力が大きいはずである。

 雄二と、なんのかんのと理由をつけて一緒についてきたイクは、轡馬の待つ部屋に入った。
 部屋には轡馬と、原理派の神官たち数人が待ち構えていた。
「おお、イク殿も来られましたか」
 と、轡馬。
「はい、この業田雄二をとりあえず監督するものとして、責任がありますから」
「そうでありましたか。昨晩のことといい、まことに心強いことじゃ」
 轡馬は実の孫でも見るように目を細めたが、すぐに雄二に向き直った。
「さて、業田雄二」
「はい、なんでしょうか轡馬様」
 あくまで女性らしく淑やかに返答する雄二。イクは隣りで見ていて可笑しかったが、どうやら雄二が本格的に女の子のフリをすることにしたらしい、と悟った。
「ほほう、昨日とはうって変わった態度のようじゃの」
「ええ。きのうひと晩かけてイク様に教団の素晴らしさを教えていただきました。また、この身体の本来の持ち主、摩耶香様の偉大さについてもたっぷりとお話を伺いました。そうであれば、摩耶香様があとでお戻りになられても恥ずかしくならない行動をとることが、あたくしの務めですわ」
 小首を傾げて微笑むと、神官のうちの何人かは完全に雄二(摩耶香)の笑顔に“もってかれて”しまったらしく、ポカーンと見とれているのがわかった。
 普段の摩耶香は、こんな笑顔を見せたりしないのかもしれない。あまりおおっぴらに認めたくなかったが、本当のところはちょっと優越感に浸った雄二だった。
「そうかそうか、それは良い心がけじゃ。さすがはイク様の説教じゃ、あの反抗的なおぬしがひと晩でこのように従順になるとはのぉ。それでは、やはり摩耶香様のご指示は正しかったことになる」
「と、いいますと何か――」
 イクが口がはさんだ。
「今朝、『業田雄二』として登校途中の摩耶香様に教団の者が接触しましてな。最新のご指示を仰いできました。それによると、霊力場の乱れが収まるまでは、業田雄二を軟禁状態にせよのことじゃ。その間の世話はイク様にまかせるとのこと」
「そうですか、姉――摩耶香様がそのようなことを」
「もちろん、イク様に全幅の信頼をよせておられるからでしょうな。今現在、水晶球を見てみますと、まだまだ霊力場の乱れは収まっておらぬ。これでは業田雄二を眠らせるのは不可能ですからな。イク殿、お手数ですがしばらくの間、この者の教育と監視をよろしく頼みましたぞ。なに、霊力場は二〜三日もすれば収まります。そうなればすぐ催眠の儀式を始められる」
 轡馬は雄二に向かって言った。
「その節は暴れたりせず素直にご協力を頼みますぞ、業田雄二君」
 どうも轡馬の中では雄二は“君”付けに格上げされたらしい。
「はい、喜んでご協力させていただきますわ」
 にっこりとしながら、心にもないことを言う雄二であった。

「それではみなさま、ご機嫌よう」
 部屋を辞するとき、再びお嬢様モードでかわいらしくお辞儀して微笑むと、またもや神官たちの目が釘付けになった。
「ホホホ……」
 と上品に笑いながら廊下に出た雄二のあとを、内心あきれながらイクが続く。



 イクの部屋に戻る途中、監視役の信者たちに聞こえないよう、イクは小声で雄二に話し掛けた。
「どうしちゃったんですか、雄二さん。あんなに『女の子化』を嫌がっていたのに」
「いや、ここの信者の様子を見ていて、オレが摩耶香さんのフリをしたらどうなるかと思って。ちょっとテストしてみたんだ。どう?摩耶香さんっぽかった?」
「ぷっ……全然ですよ。姉さんはあんなお嬢さま風じゃありません。もっとエキセントリックだし」
「でも神官たちはかなり注目していたぜ」
「……そ、そりゃあ姉さんがあんな可愛らしく笑うことは滅多にないし……ちょっと珍しい光景だったんじゃ……ないかな」
「ふふふ、そう? もしかしておねーさんに惚れ直した?」
「も、もう、雄二さんたら。やめてくださいよ、姉さんの身体で遊ぶのは――」
「あ、あのう……」
 突然、話し掛けられた。すぐ横に立っていたのは、イクと同年代で、背格好もよく似た女の子だった。おかっぱ頭で、目がクリクリしている。
「わたたっ……、で、で、あるからして教団においては個々人が天との交わりを果たすべく――あ、なんだ。あゆみちゃん」
「イク様、ご熱心ですね。もしかしたら今お忙しいのですか?」
「い、いいえ。これからこの業田雄二をさらに教育するところです。ですから、暇といえば暇……や、じゃなく、いやその……」
「――そうですか」
 あゆみと呼ばれた子は暗い顔をした。
「じつは、できればご相談もうしあげたいことがあったのですが……」
「イク様、お話だけでも伺ってあげてはいかがですか? あたくしはもう充分教団の素晴らしさをお教えいただきました」
 雄二が女の子モードで助け舟を出した。
「う、うむ。雄二さんがそう言われるのであれば、そうすると、しようかな」
 精一杯威厳のようなものを取り繕いながら、イクが言った。
「相談ごとがあれば、いつでもわたしの部屋にいらっしゃい」
「はい、ありがとうございます。それでは後ほどうかがいます」
 あゆみは嬉しそうにきびすを返そうとした。
 そこへイクがあわてて囁く。
「あ、あゆみちゃん。ぼくをイク様って呼ぶのはやめてよー。同い年の子からそんな風に呼ばれるとめちゃくちゃ恥ずかしいよ」
「あら、でもイク様はイク様ですから。――だって、偉大な摩耶香様の弟君さまでいらっしゃいますし」
 あゆみはチラッと雄二の方を見た。
 雄二がにこっと微笑んでちょっと手を振ると、あゆみはなぜか頬をそめて、「それでは」と言い残して足早にその場を離れていった。

==続く==



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