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天に願いを
17話(後編)
作:赤目(RED EYE)



第十七話
奪われしもの、復せしもの(後編)

「イク殿、この礼拝堂を使わせよとおっしゃるのですか」
 轡馬が原理派の信徒を引き連れて、イクに対峙している。
「そうです」
 イクが動じることなく、むしろ倣岸な態度で言った。
「しかし、つい先刻ここは我々が使うと合意したはず。今更そのような掟破りを申されるのは、どういう理由がおありなのですかな」
 そうだそうだ、と原理派の信徒たちが声を上げた。
「今は緊急事態なのです。ひとことで言うと、教団に危機が迫っています。理由を言ってもあなたがたのレベルでは理解も察知もできませんから、時間の無駄です」
 イクは、冷たく怜悧な目で言い放った。
 なんだと、と騒ぎ始める信徒たちを抑えて、轡馬が答えた。
「よろしい。そこまで言われるのであれば、何をされるか知りませんがやって頂きましょう」
 イクはその言葉を聞くと、押し黙ったままあゆみの方を振り向いて、頷いた。
「華枝さん、どうしよう」
 あゆみは華枝を見上げて、不安そうに小声で訊いた。
「あゆみちゃん、こうなったら睨まれようが何されようが、やってしまうしかないわ。もし例の気配のことが具体的にわかれば、ノープロブレムなんだから」
「そ、そっかぁ……」
 あゆみは躊躇いつつも、イクの後について礼拝堂の低い舞台の上に上がった。そこには祭壇があり、水晶玉が置かれている。
 あゆみが、それに手を伸ばそうとしたした刹那。
 イクが突然横からあゆみを突き飛ばした。
「きゃあっ、何をするんですかイク様」
「うるさいっ」
 騒然とする中、イクが隠し持っていたカーキ色のスプレー缶のようなものを取り出し、頭のピンを抜いた。白いガスが凄い勢いで吹き出す。それを、原理派の方へ向かって投げた。一本だけではない。二本、三本……。
「催涙ガスだ!」
 誰かが叫んだ。
 教団の倉庫に保管されていた、非常用の備品のひとつであった。
 礼拝堂の中はパニック状態になり、誰も彼もが出口に向けて殺到する。
 そんな中、華枝がなんとか出口近くで踏み留まり、壱郎に向けて叫んでいた。
「お願い、イク様を押えてくださいっ、狙いはたぶん水晶玉よ!」
「承知」
 答えるなり、人波をかきわけ、ガス避けにグローブのような手で顔を覆いつつ礼拝堂に突っ込んでゆく。
 だがここでさすがに華枝は人波に負けて、廊下へ押し出されてしまった。
 悲鳴やら怒号が立ち込めるガスに混じって響き、混乱は数分間も続いた。
 全ての窓が開け放たれようやくガスが収まったとき、祭壇の前にはイクが気を失って倒れており、その横に壱郎がいた。あゆみはガスの影響で、へたり込んで激しく咳き込んでいる。
 轡馬は、どうしたものかあの混乱の中でも礼拝堂に踏み留まっていたらしく、やはりガスで目や喉をやられながれも、最低限の威厳を保って詰問する。
「これは一体どういうことじゃ。あゆみ君、四天王よ! きっちり説明せい」
「あの、これは……」
 華枝が言いかけたとき、あゆみがなんとか気力をふり絞ったらしく立ち上がって切々と訴えた。
「違うんです、たぶんイク様は魔の者に操られたか、乗り移られたんです」
「なんだと!?」
「目的はたぶん水晶玉で……はっ、そういえば水晶玉は!?」
 あゆみが慌てて確認すると、まだ水晶玉は祭壇にあった。
「ああ、良かった……。壱郎さんが間に合ったんですね」
「いや、オレがここに来た時には、既にイク様は、倒れていた」
「とにかく、イク様が魔物の手に落ちたのであれば、このままにするわけにはいかん。イク様の身柄はしばらく当方で預からせて貰おう」
「轡馬さん、そうは、いきません」
 壱郎が轡馬と配下の者の前に立ちはだかろうとした。
「なんだと、貴様、ワシに逆らうというのか」
 だが、あゆみが壱郎を制した。
「いいんです、今はもうどうしようも……」
 イクは、原理派の信徒たちに連れていかれた。
「大変なことになったわね」
 華枝に話し掛けられて、あゆみはやるせなさそうに目を逸らした。

 その夜遅く。夜陰に紛れて、教団本部棟の通用口から、外の様子を伺う小さな人影があった。
 人影はしばらく周囲の気配を伺っていたが、何か気に入らないものを察知したらしく、舌打ちをして呟いた。
「チッ、間抜けな神官どもが施設の周囲全部に結界を張りやがったか。仕方がねえ、もう少しこのガキに化けてるとすっか。朝までにはこんなチンケな結界なぞやぶってやるぜ。なんせ俺様には今や秘密兵器があるからな」
 小学生の女の子には似つかわしくない卑しい口調である。
 あゆみであった。
 《邪気》はあゆみに化け、イクをあやかしの術で操っていたのである。
「あらよっと」
 あゆみはスカートがまくり上がるのも構わず逆立ちする。ミッキーマウスの絵が入ったパンティが丸み見えになった。
 ゴロゴロと変な音がして、あゆみの首が突然太くなる。
 水晶玉である。
 あの混乱に乗じて、しっかり偽物とすり替え、本物の水晶玉を体内に隠し持っていたのだ。
 あゆみは逆立ちしたまま、ドンドン、と跳ねるようにすると、首でつっかえていた水晶玉がずり下がり、口の中に入った。それがあゆみの顔を、異様に膨らませている。
 ピョンと前転するように立ち上がると、膨らんだ両頬を掌でぐいと絞るようにして、水晶玉を押し出した。一瞬グボッと異様な音がしてあゆみの口が信じられないくらい大きく広がったが、それもすぐ元通りになる。飛び出した水晶玉を、空中で器用にキャッチする。
 あゆみに化けた《邪気》は、盗み出した水晶玉を見ながら、ニタニタと微笑んでいた。玉の中で、神秘的な光の炎がキラキラと揺れている。
 あゆみの声でささやいた。
「イク様、あたしにご協力いただいて、ありがとうございました。あゆみ、このご恩は一生わすれません……クククク」
 《邪気》は、水晶玉をベロリと舐め上げた。



「な、なんということじゃ、この水晶玉は偽物でないか。ワシとしたことが、もっと早くこの手でしっかり確認しておれば……」
 礼拝堂の祭壇の前で、轡馬が呆然としていた。翌朝早くのことである。
「轡馬様、大変です、イク様が……」
 信徒が慌てて掛け込んできた。
「イク様がどうかされたのか」
「さきほど気が付かれて、神官たちに診させたところ、悪霊の類が憑いたりしている形跡はまったくない、と」
「一時的に操られておったのじゃな。それで?」
「自分を操っていたのは、あの北里あゆみという女の子に化けた魔物だったと言われるのです」
「なんだと!?」
 轡馬は絶句した。
「そしてその本人は、空き部屋で縛られているところを発見されました。昨日の夕方からそうされていたそうです。傍らには大人の女の抜け殻のような“皮”が脱ぎ捨ててあり……」
「な、なんと!? 魔物が誰かに化けてこの教団に侵入しておったか。では昨日の騒ぎも、あゆみ君に化けた魔物がイク様を操り、スキをみて水晶玉を……。なんということじゃ」
 轡馬はがっくりとうなだれ、跪いてしまった。
「ワシがいながら、目の前でこのような大失態を。グウウ……」
「――轡馬さん、落ち込んでいる暇は、ありませんよ」
 イクの声であった。
 轡馬が顔を上げると、信徒たちに支えられて、まだパジャマ姿のイクが礼拝堂の入り口に立っていた。
「話はさきほど全部聞きました……わたしとて……ツッ……魔物なんかに操られるなんて、痛恨の大失態です」
 イクは《邪気》の術の後遺症か、それとも倒れて運ばれるとき手荒に扱われたからか、どこか痛むらしく苦しそうにウメキながら喋った。頭に包帯を巻いている。
「でも魔物に操られて意識がなくなる直前、奴=《邪気》の考えが一瞬垣間見えました。《邪気》は、水晶玉を持って……ゥゥ……姉さんに会う気です」
「摩耶香様に!?」
 轡馬だけでなく、そこにいた信徒全員が色めきたった。
「どうするつもりかは判りませんが、どうせナラヌガナラヌガネを横取りするとか、良からぬことでしょう。姉さんだけでなく、雄二さんや業田家の人達も危険です」
「大変じゃ……《邪気》という魔物はもう八風神社に向かったのであろうか」
「はい、たぶん……。《邪気》の手には水晶玉がありますから、その力を利用すれば、気付かれずにこっそり結界を突破するのも可能でしょう」
 信徒たちのざわめきがひときわ大きくなった。
「轡馬さん……こうしている間にも、何か取り返しのつかないことが起こるかもしれません。教団内部で反目し合っている場合ではありません……すぐに八風神社に向かいましょう。――わたしたちに協力してくれますよね?」
「協力するもなにも、こうなったら信徒全員が力を合わせて困難に立ち向かい、摩耶香様をお救いするしかないわい。――イク殿、やりましょうぞ」
 信徒たちから、口々に賛同の声が上がった。


 病室に担ぎ込まれた時、あゆみはまだ泣いていた。
 その頭は、バリカンで乱暴で刈られたらしく、丸坊主になっていた。《邪気》が、合うかつらが無かったためか、あゆみ本人の頭髪を奪い、それを変装用の皮に移植したためであった。
 青々とした頭が余計に痛々しさを感じさせる。半身を起こして点滴を受けているが、一向に元気になる様子はない。
「あたしが油断したばっかりに……」
 あゆみは看護人から大体の事情を聞いて、自責の念に苛まれさらに落ち込こんでいるのだ。
「あゆみちゃんは全然悪くない」
 傍らに華枝がやってきて、優しく囁いた。
「私だって、魔物の変装を見破れなかったんだから……。それを考えると私の方が責任感じるよ」
「でも……」
「ううん。まさか、あんな凶悪な魔物がこの教団に侵入してくるなんて、誰も予想してなかったんだから。――それより」
 華枝は、後ろに隠し持っていたものを、あゆみの頭に被せた。
「似合うと思うわよ?」
 栗色のセミロングのかつらであった。
「あ……」
 すかさず、華枝がかつらの具合を整えてやり、あゆみに手鏡を持たせる。
「わぁ、いい感じ……。――華枝さん、ありがと」
「女の子だもんね」
 華枝はウインクした。
「決めた」
 あゆみは涙を拭って、華枝を見上げた。
「あたし、皆と一緒に八風神社へ行く。少しでもみんなの役に立ちたいの。それから、《邪気》とかいうふざけた魔物に、オトシマエを付けてやるんだから。百倍返しで」
「ふふふ、その意気よ。じゃあ、あたしもいっちょ張り切ってボディガードすっか。大人の女を騙すと後が怖いってことを思い知らせてやるのよ」
「うん」
「よしっ」
「エイエイオー!」
 二人は――あゆみは点滴したままだったが――ガッツポーズをとった。

==続く==


●次回予告

 ――超古代の封印が開かんとする時、何かが起きる。雄二たちは《邪気》を止めることができるのか? そして自ら炎に飛び込むイクに最大の危機が――え!?ライトノベルじゃなかったの? 作者もビックリの次回、クライマックス。
 第十八話「八風神社炎上」。


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