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天に願いを
17話(中編)
作:赤目(RED EYE)



第十七話
奪われしもの、復せしもの(中編)

 教団本部裏の広場に差す陽もかなり傾いてきた。
 教団の建物から青木和代こと食堂のオバチャンが顔を出す。
「おやおや、小さな子に混じって図体のデカイ子供が四人いるようだね。アハハハ。あんたたち、夕食早めに作ったから、子供と一緒に食堂へ来て食べちまいな。今日は礼拝堂の第二食堂へも配膳しないといけないから忙しいんだよ」
「オ、オバチャン……。まだオレタチにご飯を作ってくれるのか?」
 壱郎が、子供数人に抱きつかれたりよじ登られたりしながら言った。
「当たり前じゃないか。今日は特別たくさん作ったから、遠慮なくお食べよ」
「ア、アリガト……」
 四天王は目を潤ませた。
「お兄ちゃんたち泣いてる――」「キャーおとなのくせに泣き虫なんだー」「なきむしなきむし――」
 子供たちが一斉に囃し立てる。
「ホラホラ、ちっちゃい子に笑われてるよ。――ちゃんと手を洗ってからおいで」

 四天王は、キャーキャーはしゃぐ子供達を引き連れて廊下を歩きながら、心地よい疲れを感じていた。
「子供の相手が、こんなにハードだとは、知らなかったな」
「ああ、午後遅くから今まで遊んだだけなのに。これまでのどんなカゲキな特訓より、疲れた」
「だが、楽しい」
「オオ、もちろんだ」
「考えてもみろ、保育園の保母さんは、こういう子供を数十人まとめて、朝から晩まで世話しているのだ。それに比べて、オレタチはどうだ」
「ふふふ、まったく、だ。オレタチはこれまで一体、どう己を鍛えてきたというのだ。もう世界最強レベル、などとうぬぼれていた」
「保母さんにも負けるということだな」
「それと、子供にもな」
 四人は顔を見合わせ笑いあった。
「まだまだオレタチがこの教団で学ばなければいけないことは多いようだ」
 四天王は新たな目標を見つけ、ようやく顔を上げ歩き出した。


 ところは変わって、イクの部屋の前の廊下である。
 あゆみが、「うーん」と首を傾げつつ腕組みして立っている。
「そんなところでどうしたの?」
 そう声を掛けたのは、偶然通り掛かったらしい華枝であった。
「あ、華枝さんいいところに……」
 あゆみは手招きをして、廊下の隅に華枝を連れていった。
「どうもイク様の様子がおかしいんです」
「私の様子もおかしいのよ、特に腰の辺りが……アイテテテ。原理派の引越しで色々運ばされてしまってね」
 あゆみの白い視線に気付いて、曲げた腰を伸ばす華枝。
「ごめんごめん。――で?」
「じつは……」
 あゆみはイクと別れて礼拝堂へ向かったところまでの一部始終を話した。悪霊とも違う怪しい気配をわずかに感じるので、礼拝堂へ行って探ってみようとしたこと。
「でも、もうあそこは轡馬さんたちに押えられていて、あたしは入れてもらえませんでした。せめて周囲で集中できなそうな場所を探したんですけど、マゴマゴするだけで時間ばかり経っちゃって。それで、帰ってきてイク様にそのことを報告したんですけど……」
 あゆみはまた首を傾げた。
「なんか、全然関心がない、というか、心ここにあらずという感じで」
「イク様も疲れていたんじゃないかな? なんせ今日は朝から私たち頑張ったからね」
「この程度で、あたし疲れません」
「うう、若い子がうらやましいわ。あたしは今日の夜筋肉痛になりそうよ、アテテ……」
「……それだけなら良いんですけど、どうもその怪しい気配を感じるんです」
「怪しい気配って、誰から?」
 あゆみは意味ありげに目くばせした。

 あゆみと華枝は意を決して、イクの部屋のドアをノックした。
 返事はなく、イクもなかなか出てこない。
 あゆみが再度ノックしようとした時、前触れなくドアが開いてイクが顔を出した。
「……あゆみちゃんか。さっきも来たよね。まだ何か用でも?」
 と、イクにしては確かに素っ気ない言い方で冷たく来訪者を見ている。
「……ん、ええと……」
 あゆみは気後れしたらしく、言葉に詰まった。が、華枝に肘でそっと小突かれ、二人で考えた作戦通りに喋り出した。
「あの……さっきも言った通り、礼拝堂は使えなかったんですけど、次に集中できるのが摩耶香様の部屋なんです。あそこは、廃寺から譲り受けた大きな霊石がありますから。それで、イク様のご許可を頂きたくて」
「それは、姉さんの部屋を使うってこと?」
「はい」
「だめだ」
「え……」
「見習い神官ごときが姉さんの部屋を使うなんて許されることじゃない」
「そんな、イク様……」
 華枝が取り成そうとするが、イクは取りあわない。
 確かに様子が変であった。
「でも、安心していいよ」
 イクは、薄く微笑んだ。
「もっと集中できる場所を、あゆみちゃんに提供するから。礼拝堂が使えればいいわけだ」
「それはそうですが、でも……」
「わたしが一緒に行って交渉してあげよう。あそこには水晶玉があるし……」
 あゆみは華枝に目くばせした。やはり、イクから怪しい気配を感じるという合図であった。

 三人はイクを先頭に廊下を歩いて、別棟にある礼拝堂に向かった。あゆみと華枝は不安そうだが、今は付いていくしかない。
 その途中で、食堂の横を通り掛かる。
「あっ、ママ」
 と声を上げたのは、健太であった。
「あらー健太、ここに居たの」
 華枝はあゆみに目で合図すると、小走りに健太のテーブルに近寄った。四天王も一緒に座っているが、食事を終えたところらしい。
「お兄ちゃんたちにずっと遊んでもらってたんだよー」
「まあ、それは……有難うございました」
 華枝は頭を下げた。
「イエ、こちらこそ。講演会のときは、お恥ずかしいコトを」
 壱郎が答える。
「恥ずかしいといえば私の方ですわ。いい歳なのに水着で……オホホホ」
 全然恥ずかしそうでない華枝の破顔一笑であった。
「それで、お世話ついでで申し訳ないのですが、もしよろしければひとつお願いが……」

 華枝は渡り廊下ですぐイクたちに追いついた。そのあとをこっそりと壱郎が尾けてゆく。



 本部棟のとある空き部屋。
 全裸にされ、緊縛のうえ猿轡までかまされた人影が床に転がされている。どうやら眠らされているようだ。
 そして、やはり床の上には、半ばよじれた肌色のウェットスーツのようなものが一着、衣服や下着と供に脱ぎ散らかされている。
 いや、よく見るとそれには爪もある手足の指や、盛りあがった乳房に薄くけぶる陰部もあり、加えて髪の毛や顔も付属しているようだ。黒く落ち窪んだ目は大きく見開かれ、何かを咥えこむように開かれた口は、やはりポッカリ黒い空洞になっている。表情こそ品がないが、顔立ちは清楚な感じの女のようだった。
 もちろん、《邪気》の脱ぎ捨てた「皮」である。

==続く==


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