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天に願いを
17話(前編)
作:赤目(RED EYE)



第十七話
奪われしもの、復せしもの(前編)

 時間を遡って、前日の午後遅く。天願教団本部の廊下を歩く一人の女の姿があった。
「あら、帰ってきたのね」
 そう声を掛けられ振り向いたのは、髪をひっつめにした清楚な感じの女性である。
「あら、神官長様。はい、本部が大変だと聞いて、とりあえず市内の教団事務所を閉めて大急ぎで戻ってきました」
「それがいいわ。どうなるかわからないけど、いま教団は真っ二つだから、事務所にいても仕方ないもの。イク様も戻ってきたから、何とかなるでしょう」
「ええ、本当に早く元通りになると良いのですけど。……それでは、私は仕事がありますので」
 書類が入っているのだろうか、女性はひと抱えほどの大きさの段ボール箱を持って、廊下を曲がっていった。
 自室に入って後ろ手に鍵を閉めると、穏やかだった女性の表情が一変する。
「へへへ……これがこの女の部屋か。読み取った記憶通り、チリ一つない清潔さだな。いつ忍び込んでも女の部屋ってのはイイもんだぜ」
 舌なめずりをせんばかりにして、下品な物腰で室内を眺め渡す。
 《邪気》の“変装”であった。
 股を開いて、ドッカとクッションに腰を下ろす。
「しばらくはこの女に化けたまま、教団の内部を探るとするか。例の水晶玉の在処がわかったら、すぐにでも頂いてやるぜ。あれさえあれば、摩耶香は残った二つの封印を開けられる。必要なら他の誰にでも変装してやるからな、ウフフフ……」
 《邪気》は段ボール箱を開けると、中身を取りだした。折りたたんだ肌色のウェットスーツのようなもの数枚。もちろん女を模した“皮”であった。そしてカツラが幾つか、メーク用の道具……。合うカツラがない場合相手の髪を根こそぎにしてかつらにするためのバリカンもある。要は変装用具一式なのであった。
 最後に取り出したのはガラス製の偽水晶玉。擦り替えるつもりなのだろう。
 《邪気》は、着込んだ女の口をカッと開かせると、偽水晶玉をその中に押し込んだ。清楚な女性の顔は醜く歪み、ズボッと音を立てて玉が口内に吸い込まれる。嚥下するにしたがって、獲物を飲み込む蛇のように女性の首が膨らみ、やがてそれも元通りになり玉は腹の中に収まったようだ。
 ポンポン、と細い腰や腹を叩く。外からはそんなものが入っているとは全く分からない。
「いやだわ、こんなところ男の人には見せられないわね……」
 そう言って《邪気》は楽しそうに笑い声を上げた。



「ねえ、おにいちゃん、ボクと遊んでくれない?」
 四天王が本部の裏の広場でガックリと肩を落としてベンチに座り込んでいると、そう声をかけられた。見れば、幼い男の子が目の前に立っていた。
 四天王の一人、壱郎が顔を上げて、ようやく返事をした。
「ボク、名前は?」
「健太だよ。……ほかの大人は今日はみんないそがしいの。だれも遊んでくれないんだもん」
 その他意のない言葉が、また四人の胸に突き刺さる。
 他の大人は皆忙しい……。そう、自分たち四人は役立たずで、何もすることがないのだ。講演会のときの失敗のせいで、轡馬老からはお払い箱にされてしまった。食堂のオバチャンは許し慰めてくれたのが唯一の救いであったが……。
 四人が黙り込んでしまったのを見て、健太はちょっと不安そうに身じろぎした。
 たぶん、自分たち四人の外見からして、怖いのを我慢して勇気を出して声を掛けてきたのだろう。これ以上怖がらせてはいけない。
 そう気付くと、壱郎は努めて明るい声で言って立ち上がった。
「アア、遊んであげるよ。何して遊ぶ?」
 座っていても大きいが、立ち上がるとまるで山にように見える壱郎を見上げながら、それでも健太はにっこり笑って、「たかいたかいして!」とねだった。
「いいとも。ホラ――高い高ーい」
「きゃはは、すっごーい。ジェットコースターみたーい」
 健太の小さな身体を地面と空中の間で往復させる度、健太は何度も歓声を上げた。
「みんなー、やっぱりお兄ちゃんたち遊んでくれるってー。出ておいでよー」
 健太がそう叫ぶと、物陰からおずおずと小さな子供たち十数人が姿を現した。全員教団の子供たちだ。幼稚園児くらいの子を筆頭に、まだよちよち歩きの子も何人か混じっている。たぶんしばらく前から様子を伺っていたのだろう。
 四天王は顔を見合わせて苦笑した。子供たちの前で、ついさっきまで無様に落ち込んでいるところを晒していたなんて。漢として恥ずかしいことであった。
「オイ、お前たち、出番だぞ」
 壱郎がそう声を掛ける前に、他の三人も立ち上がっていた。
「さあみんなおいで――」
 最初は恐々だった子供たちも、四天王が外見とは違ってとても優しいことがわかると、急に元気になってまとわりついてきた。子供というのは現金なもので、とことん遊んでくれる人だとわかると態度が急変する。たちまち辺りに子供たちの歓声と嬌声がこだました。
 一番人気の遊びはやはり「高い高い」であった。なにしろ四天王の身長は全員二メートルを超えており、手を頭上まで伸ばせば、高さはゆうに三メートルを越す。子供にとってその高みは天上にも等しい。地上からそこまで一瞬にして急上昇、そして急降下を何度も味わえるのだ。
 四人は人間ジャングルジムになったり、お馬さんになったりと、子供たちの求めに応じてどんな遊びにも無心に付き合い、日暮れまでの時間を過ごした。


「ふぅー……」
 イクは、あゆみと並んで廊下を歩きながら、やるせないため息をついた。
 教団の礼拝堂で行なわれた穏健派と原理派の代表者会議――というか、睨み合いながらのギリギリの話し合いの結果、しばらく両派は「別居」することで合意した。
 イクたち穏健派は本部施設。そして轡馬老たち原理派は礼拝堂と付属施設。棲み分けて衝突しないように、というのが合意事項であった。
「大変なことになりましたね」
 あゆみが不安そうにイクに話し掛ける。
「うん、でもああするしか無かったから……。下手をすると信者同士で暴力沙汰になりかねないからね。こちらに付いてくれた人達はそんなことしないと思うけど、相手方に過激な人が多いから」
「……そうそう、そういえば四天王の人達は、轡馬さんからリストラされちゃったって、さっき聞きました」
「え?そうなの!? ……彼らはもともと、姉さんが拾ってきた人達なんだ。また教団全体のために働いてくれると良いんだけどな……」
「でも、講演会のときイク様を拉致しようとしたじゃないですか」
「あれは、命令した人が悪いんだよ――ってシーッ、声が高いってば」
「うぷっ。……んもー、イク様ったら。雄二さんみたい」
 あゆみは半笑いで抗議した。
「えっ、そ、そう? ……とにかく、できれば今後教団内で小競りあいがあったら、仲裁くらいはしてくれたら嬉しいんだけどな、頼り甲斐のある人達だから。――あとで話してみよう」
「早く摩耶香様が帰ってきてくれれば良いんですけど。そうすれば衝突なんかも回避できますし……。今ごろ雄二さんは何をしているかな……」
「大丈夫だよ。きっと雄二さんのことだから、姉さんを連れ戻してくれるはずだから。いつもはボーッとしているけど、本当はすごい人なんだから」
 イクは自分に言い聞かせるように言った。
「んっ?」
 あゆみが顔をしかめて、急に立ち止まった。
「どうしたの、あゆみちゃん?」
「……何か、おかしな気配を感じるんです。悪霊なんかとは違う、異様な気配――。ごくわずかなんですけど……」
「本当? ……まさか、八風神社の封印が外れかけている関係で、市の反対側のここまで影響しているのかなぁ?」
「……。とにかく、あたしちょっと礼拝堂へ行って調べてきます。あそこが一番集中できますから」
 そう言って、あゆみは元来た道の方へ足早に戻りはじめた。
「あっ、あゆみちゃん無理しないで――。何か見つけたら神官長さんに応援頼んでね」
「はいっ、わかりました――」
 あゆみは廊下の角へ消えた。
 それを見送るイクの背中を、こっそりと物陰から伺う女の影があった。

==続く==


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