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天に願いを
16話(その5)
作:赤目(RED EYE)



第十六話
産まず女石と姫君(その五)

「お袋のやつ、タイミングが良すぎるんだよ」
 雄二は襖につっかい棒をしながら言った。
 くるりと摩耶香の方へ振り向く。
「今度やったらぶっ飛ばすからね」
「な、なによ。男の癖に、細かいことをイチイチ……」
「いま女だもん」
「男として女の子を口説くはどんな気分か、ふと知りたくなったのよ。ほら、あたしって普段は禁欲的な世界で暮らしているから」
「摩耶香ちゃんて、男としては強引でデリカシーゼロのタイプだね」
「グウッ」
「そんな、女の子の気持ちひとつ解らないで、教祖だの代表者だの言われてもねえ」
「失礼ね。これでも教団では色々気を遣っているのよ。あれだけの信徒をまとめるのがどれだけ大変か……」
「ふーん、じゃあ摩耶香ちゃんが一体どれだけ他人の気持ちを推し量ることができるか、テストしてあげましょう」
「テスト? なんであたしがそんな……」
「付き合ってくれたら、今夜はもう退散するよ。夜も更けてきたしね」
「わ、わかったわよ。何をすればいいの」
 雄二は満面の笑みを浮かべた。
「そうね、こんなのはどうかな? ――どういう結果になったかはわからないけど、摩耶香ちゃんの計画も終わり、二人は入れ替わりの術を解いて、再び元に戻りました。それで、しばらくぶりに再会したって設定で、演技するわけだよ。つまり、摩耶香ちゃんはオレに成り切って、オレは摩耶香ちゃんに成り切るってこと。それで、どこまで本人に近い演技が出きるか。他人の気持ちがわかるなら、そんなこと簡単でしょ」
「面白いじゃないの、やってあげるわ」
 二人の視線がぶつかって火花を散らした。
「――じゃあ、今から行くよ」
 雄二は目をつぶって、深呼吸した。
 目を開けると、もう雰囲気がゆるりと柔らかくなっていた。穏やかな微笑みを浮かべながら言う。
「雄二くん、久しぶりね」
「お、おう。摩耶香ちゃんも元気そうだな。教団の方はどうだい」
「うん、相変わらずってとこね。イクは甘えん坊だし、轡馬さんは頑固だし……。入れ替わりの件では色々迷惑かけちゃってごめんね」
「迷惑なんて掛かってないから心配するなよ。どちらかというとオレは楽しかったくらいだからな。ホラ、あれだよ、摩耶香ちゃんの裸なんか見放題だったし」
「やっだー、雄二くんたら嘘ばっかり。雄二くんに限ってそんなことをするわけないでしょ。きっと、お風呂なんかでも内心恥ずかしくて死にそうだったんじゃないの?」
「いいや、そんなことないよ。オレってむっつりスケベだから」
「ムッ。でも、あたしも雄二くんの裸を見放題だったからおあいこかな。股間のアレが珍しくて、毎日じっくり観察してたもの」
「お、おまえな……。冗談はやめろよ。淑やかで奥床しい摩耶香ちゃんがそんなことするはずがない」
「ううん、雄二くんてあたしのことを誤解してると思うな。あたしって本当はお調子者で、寂しがり屋で、その癖わがままだし」
「――そ、そんなことはないと思うけど。お前は頼る人もいないのに、独りでよくやっていると思うよ」
「そう、それよ、自分でも不思議なの。――なんであたしは人の忠告を拒んで、物事をいつも勝手に独りで決めてしまうんだろう。助けてくれる人は周りにたくさんいるのに。……なぜだと思う、雄二くん?」
 雄二が摩耶香を覗き込むようにして見ると、摩耶香は目をそらした。だんだん最初の設定をどこかに忘れてきてしまっている二人である。
「オ、オレが思うに……お前には意地ってもんがあるんじゃないかな。どうしても、他人なんかに頼らず独りでやってしまいたいんだ。なぜって……」
「なぜって?」
「そ、そんなことオレにわかるはずがないだろ。――そういうお前は、じゃないオレはどうなんだ? いきなり他人に入れ替わられて、自分の家の宝物まで奪われそうなっているのに、なぜオレはこんなに落ち着いていられるんだ? 自分でも理解できない」
「雄二くんが落ち着いていられるのは、きっと教団の人達を信じてるからじゃないかな。短い間だけど、教団で暮らしてみて、決して悪い人達じゃないってわかったみたいだし。とりわけ弟のイクとはもう他人じゃないほどの仲みたい、でしょう。なんせ唇まで……」
「――へ?」
「う、ううん、なんでもない。アハハ。……それと、やっぱり雄二くんは、とりわけあたしのことを信じていてくれたんだと思う。なぜだろう? でも最初からそんな気がしていたんだ、って思う。摩耶香ちゃんはとても良い子だって。銅鐸を欲しがるのも、きっと人には言えない訳があるだけだって。私利私欲じゃない純粋な志を魂で感じたんだよ、きっと」
 数秒の沈黙のあと、摩耶香が次第に赤くなった。頬をポリポリやりながら、ぼそっと呟く。
「なあ……いまのもしかして告白?」
「え……そ、そんなつもりじゃ」
 雄二も頬を染める。
 二人とも赤くなってうつむいていた。
「あの」「ええと」
 同時に喋り出そうとして声が重なる。
「どうぞ」
「いや、そちらこそ」
 譲り合ったあと、結局摩耶香が喋り出した。
「……信じてくれて有難う……って、きっと摩耶香ちゃんはいま思ったんじゃないかな? 強制的な入れ替わりで銅鐸を手に入れようなんて、そんな外道なことをしているのに、ね。……も、もしかして摩耶香ちゃんは、誰にも相談できずにやっているうちに、少し早まったことをしたのかも……」
「え?」
 雄二が顔を上げると、摩耶香はバツが悪いのか、横を向いていた。
「か、勘違いするなよ。そうじゃないかな、ってオレが思っただけなんだから」
「う、うん、そうだね、そうかも……」
「お前、せめて一度教団に帰った方がいいんじゃないのかな?……帰ったからって、別段すぐ入れ替わりを止めるわけじゃないし。帰るだけなら」
「うんっ、それ良い考えだと思う。あたしが顔を出すだけでも、みんな安心して喜ぶはずだよ。きっとゴタゴタなんかもそれで解決しちゃうし」
 雄二が身を乗り出して摩耶香の手を取ると、摩耶香もおずおずと顔を前へ向けた。
「許してくれるんだ?……い、いや、オレがお前を許してあげるって意味だけど」
「許すも許さないもないよ……そんな素直な雄二くんがあたしは好きだな☆」
「お、お前、また好きって……」
「あ……」
 ドツボにはまって、またもや真っ赤になる二人である。――もう見てらんない(作者・談)。

「朝になったら、父さん母さんに事情を説明して、オレ学校休むよ。それで摩耶香ちゃんに付いて教団へ行くから」
 息苦しい沈黙が続いたあと、ようやく摩耶香が言った。
「うん、一緒に帰ろう。教団へ」
 雄二は最高の微笑みを浮かべた。
「――指切りしようか」
 摩耶香は、別段男のフリをしているからでもなく照れたが、強引に小指と小指をからめて指切りした。
「安心しろよ、男に二言はないから」
「頼もしいわね」
 小首を傾げて言う雄二。その時ふとイタズラ心が起きて――。
「約束よ――それとお礼」
 雄二は摩耶香の右頬に素早くチュッとすると、立ち上がって襖を開けた。
「じゃあ明日ね」
 廊下に出て振り返ると、摩耶香は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして口をパクパクさせていた。
(うふ、可愛い。――って、え!?)
 雄二はようやく男としての意識に戻って、今の自分の行動を顧みて青くなった。
(なにやってんだオレわー! しかも相手は自分だし……)
 いくらなんでも完全に“女の子化”し過ぎであった。
 雄二は廊下を足早に歩きながら、いま自分の胸がときめいているのは男としてか女としてか、それが果たして摩耶香に対してのものなのか、どうにも分からずにいた。



 翌朝。二人は朝食を摂りそれぞれ学生服とセーラー服に着替えると、居間の大助のところへ行った。
「二人とも出かける準備は出来たかね」
「はい、それで――ちょっとお話ししたいことが」
 雄二はそう切り出した。
「実は――」
「あら、こんな朝からお客様だわ」
 玄関の方から小百合の声が聞こえてくる。
「――まあ、先生でいらっしゃいますか。今日はまたどういう……」
 そこで小百合の声は途切れ、ドサッという何かが倒れるような音がした。
 雄二たちが不審に思って玄関に通じる廊下の方を見ていると、足音がしてレモンイエローのスーツ姿の若い女が姿を現した。
「あれっ、森園先生?」
 ミポリンこと担任の森園美穂先生であった。ミポリンはいつもとまったく変わらない笑顔を浮かべている。
「――雄二くん、おはよう。朝からお邪魔します」
「いやいや、これは森園先生ですか。いつも息子がお世話になっております」
「いいえ、とても手のかからない良いお子さんですわ。特に厳重な封を開けるのがとてもお上手です。――今日は雄二くんにその力を存分に発揮して貰いたくて、迎えに来ました」
「こいつ、森園先生じゃない! 気を付けて、《邪気》よ」
 摩耶香がそう叫んだ途端。
 森園の着ていたスーツの肩と脇の部分がバリバリと破れて、新しい腕が左右に三本づつ生えた。合計八本の腕で、千手観音のような姿になる。
「おのれ、物の怪か!」
 大助が叫んで飛び掛かろうとしたが、逆に八本の腕で殴り掛かられては、防ぎようがない。
「不覚……」
 とつぶやいて、大助は床に倒れ込んだ。
 森園の皮を着込んだ《邪気》は、たまらない微笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。上半身は半裸で形のいいバストやピンクの乳首が見え隠れしているが、却って不気味であった。
「化け物っ、近寄らないで!」
「うるさい、あたしは学園のアイドルなのよ! 化け物呼ばわりは許さない。――さあ言え、あたしがキレイだって」
 どこまで本気かわからない戯れ言を喚き散らしながら、《邪気》は四本の腕で摩耶香を絡め取った。そのうち一本は首に巻きついている。
「摩耶香ちゃんっ!」
 雄二は居間にあった竹刀を掴んで、森園に化けた《邪気》に殴りかかろうとした。
「おっと待った」
 邪気は苦しそうにうめく摩耶香を前面に押し立てた。
「この子がどうなってもいいのかしら? よく考えることね、本物の雄二くん?」
 《邪気》は森園の声で、楽しそうに笑った。
「くっ、卑怯だぞ……」
「あたしは同じ手は食わないことにしてるのよ」
 雄二は竹刀を捨てた。
「それでいいわ」
 《邪気》は恐ろしい声色でそう言うと、残った四本の腕で、雄二の腹にパンチを入れた。
 雄二は声も上げられず気を失って倒れ込む。
「これで邪魔者はとりあえずいなくなったわね。でも……俺様に屈辱を味あわせた雄二、お前を許さない。あとでもっと酷い目に遭わせてやるから待ってろ。……ウフフ、さてその前に、っと」
 《邪気》は自分の額を摩耶香のそれに当てると、怪しい呪文を呟き始めた。
 もがいていたマヤカの身体から、すうっと力が抜けてゆく。

==続く==

●どうなる雄二!? そして摩耶香の運命は?
 次回は舞台が教団に戻ります。


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