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天に願いを
16話(その4)
作:赤目(RED EYE)



第十六話
産まず女石と姫君(その四)

 雄二は、摩耶香が風呂から出た頃を見計らって、自分の部屋まで行った。ややこしいが、雄二の本来の部屋のことだ。
「襲っちゃだめだからね」
 と言いながら襖を開けて部屋に入る。雄二は摩耶香の身体を、可愛いパジャマ姿に包んでいる。
「誰が襲うか、誰が」
 摩耶香は机に座って、時間割を見ながら明日の準備をしているところだった。
「ん、男になっても勉強は真面目にしているわけね。ご苦労、ご苦労」
 雄二はベッドに腰掛けながら言った。
「そりゃそうよ、とにかくあんたに成りすますのが重要なんだから。……あ、そうそう、ベッドの下に隠してあった……ゴホン、えっちな本は全部捨てたから」
「な……! な、なんで、そ、そんな、勝手なこと……」
 寛ぎかけたところへ、急にドキマギして思わず中腰になる雄二。
「あーら、何を慌てているのかしら、“摩耶香”ちゃん? 女の癖に。へへ、オレはああいう本はキライなんだよ。オレの部屋なんだから何を捨てようとオレの勝手だろ?」
「ひ、ひどい。あんまりだわ……。横山から五千円で仕入れたスウェーデン物まであったのに」
「男ってホントにエッチなんだから。だから信用できないってのよ。どうせ風呂場でもあたしの裸を見て変なこと考えてたんでしょうが」
 意外なところで反撃に出る摩耶香である。
「だ、誰がこんな身体。ペチャパイの癖に」
 雄二はそっぽを向いた、
「い、言ったわね。何度もペチャパイだの胸がないだのと、人が一番気にしていることを。今度言ったらただじゃ……」
「ペチャパイペチャパイえぐれ胸〜♪」
「わーっ」
 摩耶香はベッドの雄二に向かってダイブした。
「きゃ、なにする……キャハハハハハハハハ、キャハ、キャハ、やめてー」
 摩耶香のくすぐり攻撃であった。
「笑いなさい、笑い死ぬのよ。自分の身体だから急所はよく……って、あははははははは、や、やめてぇー」
 雄二も自分本来の身体(=相手)の急所を突いているのであった。
 ベッドを上でドタバタ跳ね回りながら、互いに必死でくすぐり合う。
「まあ、お二人さん賑やかね。ジュース持って来……」
 そう言って小百合が襖を開けた時、何がどう間違ったかベッドの上で、摩耶香の右手が雄二の胸をしっかと握りしめる体勢になっていた。しかもめくれ上がったパジャマの下、ブラジャーに直接である。
 これは、小百合から見れば、ズバリ自分の息子が女の子にアブナイことをしている構図だ。
「……」
 三人は数秒間凍り付いた。 
「……ま、まぁー、ヤダー小百合困っちゃう。何て間が悪い親でしょうね。ではごゆっくりー」
 母は盆に載せたジュース二杯を置いてそそくさと出ていった。
「ち、違うんだー」「あたしは痴漢じゃなーい」
 二人の叫びが虚しく響いた。

「ほ、ほら見ろ。摩耶香ちゃんが変なことするから……」
「あんたが胸のことを言うからでしょ」
 二人はカーペットの上に腰を下ろしてジュースを飲みながら、まだいがみ合っていた。
「――こんなことしてる場合じゃない。そろそろ教団へ戻るのに同意してくれなくちゃ」
「だから、それはできないって言ってるでしょ」
「んもー、摩耶香ちゃんてここの御神体のオモイハツルヤ姫とそっくりだな。意地っぱりで人の意見を聞かないところなんてそのままだよ」
「誰が意地っ張りだって? あんな伝説の産まず女と一緒にしないでよ。だいたい姫は悲劇の主人公のはずでしょうに」
 八風神社の産まず女石伝説に登場する姫君の名だ。摩耶香も雄二に成りきるための事前調査で知っている。
「それは一般向けの由来の説明でね。実は、業田家秘伝の別バージョンがあるんだよ」
 雄二は話し始めた。
「摩耶香ちゃんも、ここの裏山に銅鐸『ナラヌガナラヌ鐘』が封印されていることまでは、古文書で知っているんだよね。それともうひとつ、セットで本殿の御神体に中に封印されているのが、破魔の剣『ネダヤシノツルギ』なんだよ。……」

 神族に見染められ、神のもとに嫁いだオモイハツルヤ(想い果つる耶)姫。だが長い間子供が出来ず、とうとう神は側室を迎えて赤子を設けた。神は姫を本当に愛していたので、離縁はせず手元に置いて可愛がっていた。だがそれが却って姫を追い詰め、いつしか姫は穢れた、そして役立たずの自分の女の身体を捨て去り、男になって心身を清め切り、天に召されたいと願うようになっていた。この時代、男尊女卑思想は女性自身にも普通にみられるものであった。
 神は姫の心を知り、なんども姫を説得し思い留まらせようとしたが、姫の考えは変わらなかったという。
 ある晩、姫は男根の象徴であった神器・ネダヤシノツルギの前で男装し昇天を本気で願い、それが偶然祭りの準備のため神殿にあったナラヌガナラヌ鐘を鳴らした結果、命を落としてしまう。神は姫を不敏に思い、剣とともにその身体を大きな石の中に封じ込め、いつまでも手元に置いて祭り、姫を忍んだ。
 そんなところから、この石が安産祈願に効くと言われるようになり、今日に至るのであった。

「男になって、心身を清めて昇天か……。なんだか哀しい話ね」
「そうだよ、愛する夫君の言葉を信じなかったばっかりに、そこまで思い詰めて……。別に、穢れてなんかいないのに」
「でも、ちょっとわかるような気がする」
 摩耶香は少しはにかみながら目を伏せた。
「?」
「――ほら、女ってさ、月のものがあるわけ」
「……あ」
 雄二も赤くなった。
「まだ、今月は来てないでしょ、その身体……」
「う、うん……」
 既に、耳まで火照っている。
「あと一週間くらいすると来るよ。つらいからね、覚悟しといて。自分の身体から血とかが自然に出ると、女って穢れているという思想も理解できるようになるから」
「……そ、そう? でもそれまでに、摩耶香ちゃんに元に戻ってもらわなきゃ。さすがに男としてアレを迎えるのは耐えられないよ」
「ふふ、一度体験しておきなさいよー、貴重なケイケンかもよ。――ま、それとは別に、男って女と違って自由で気楽で生き易いし、憧れるのもちょっとわかるけどね」
「……え? 憧れる? やっぱり入れ替わりを楽しんでるんじゃ……」
「う、うるさいわね。一般論を言っただけよ。――きっと昔のことだから、女への世間からの“縛り”みたいなものも今よりたくさんあったはずよ。姫はその重圧の中で押し潰されてしまったんだと思う。充分共感できる話だわ」
「うん、まあ女になってわかったけど、立ち振る舞いひとつ取っても、色々とね」
 そういう雄二はきちんと膝を揃えて横座りしているし、背筋も伸びている。一方の摩耶香は、のんべんだらりと足を投げ出ようにして座っていた。中身が入れ替わった結果がこれなのだから、どこか珍妙な光景ではあった。
「ねえ……もし姫の魂がまだあの産まず女石に封印されているとしたら、それを救ってあげることはできないかしら?」
 摩耶香の質問に、雄二は首を振った。
「ダメダメ、そんなことしちゃ。こっちには、神の呪い、神呪が掛けられているんだから。それを解こうとしただけで、グズグズしてたら命を落としてしまう危険な代物だよ。裏山の封印とはレベルが違うんだから」
「へえー? 本当は御神体のご利益がなくなるから嫌なだけなんじゃないのぉー?」
「ま、それもあるかな」
「ズルッ」
「だいたい封印の開け方がはっきり伝わってないんだ。でも、たぶん“男女の境”を超えた者が“姫の迷い”を鎮め、その魂を天に帰すことができた時、封印は開くだろうということらしい。昔の大神官の話ではね」
「姫の迷い……男になろうとして死んだ姫君だから、“境”を超えた者が救わねばならないわけか。――今のあたしには、充分その資格がありそうよ」
「だからダメだって。封印を解いたら一緒に出てくるのが何だと思うの? ネダヤシノツルギ、つまり破魔の神器だよ。これは、銅鐸を奪おうとする者を退治するための最終兵器なんだから」
「まあまあ、そんなこと言わずに協力してよー」
 摩耶香は、立ち上がって雄二の隣りへやって来た。
「あによ?」
「なあ、いいだろ“摩耶香”?」
 摩耶香が雄二の肩に手を回してくる。
「ちょっと、やめてよ」
「ふーん、あたしってこんないい匂いがするんだ。あー、女の子の肩って柔らかーい」
「悪ふざけもいい加減にしなさい」
「怒った顔もなかなかキレイだよ……フフ」
 摩耶香が、雄二の顎に手を添えてつい、自分の方へ向かせた。
「だめだって、だめ……」
 その時ガラッ、と襖が開いた。
「お二人さん、お夜食……」
 メロンを載せた盆を持った、小百合であった。
「……」
 三人はまたもや凍り付いた。
「――小百合、また失敗ぃ。エヘ。……雄二、あとはしっかりやるのよ」
 小百合は盆を置くと、そそくさと立ち去った。
「違うんだー」「あたしは本気じゃなーい」
 再び、二人の虚しい叫びが響いた。

==続く==


●作者より
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