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天に願いを
16話(その3)
作:赤目(RED EYE)



第十六話
産まず女石と姫君(その三)

「“摩耶香”ちゃん、そんなにたくさん食べるとまた太るんじゃないの?」
 ピク、と雄二の動きが止まった。
 気が付けば摩耶香が食卓の向こうからさりげなく、しかしマジで洒落にならない目でこちらを見ていた。
 久々の自宅ということもあり、ついつい箸が進む雄二であったが、体重のことをすっかり忘れていた。
 両親はもっともっとと寿司を勧めてくれたが、摩耶香に悪いというより、自分だって服のサイズが合わなくなるから嫌なのであった。一遍に食欲が無くなってしまう。
(女の子ってつらい……)
 今更ながら女の性の悲哀を噛み締める雄二であった。

 食後の居間で、顔を付き合わせて「教団に帰れ」「帰らない」の押し問答を小声で続ける二人。もちろん両親に怪しまれないように、当たり障りのない話題を時折大きな声で話したりはしている。
 そんなことをしているうちにあっという間に時間が経ってしまった。
「おやおや、もうこんな時間だぞ。えらいことだわい、峰谷さん、今から送らせてもらうが、取りあえず自宅に電話を入れてはどうだね」
「峰谷さん、お家は遠いの? いっそのこと今日はウチに泊まっていったらどう?」
 雄二にとっては大歓迎の展開であった。摩耶香が何か言いかける前に素早く、「わーぁ、雄二くんの家にお泊りなんて、楽しそう――。“雄二”くん、今夜はじっくりお喋りできるね」
 と、瞳をキラキラさせ胸の前で掌を組んで、メルヘン少女と化して言う。
 こうなると摩耶香は何も言えない。
 雄二は離れに泊まり、明日は大助に朝一番で送って貰うことになった。
「や、やったわね、このカマトト男」
 摩耶香が顔を近付け小声で抗議してきたが、おかまいなしである。
「大好きな雄二くんの家に泊まれるなんて、あ・た・し・ラッキー」
 と、まだお星様をきらめかせながら、節をつけて言う。
「勝手にやってなさい」
 摩耶香はそっぽを向いた。

 携帯で自宅へ電話すると言って、雄二は縁側から外へ出た。そのあとを摩耶香も付いていくる。
「もしもし、イクちゃん?……うん、こっちは大丈夫。今日は自宅で泊まることになったから。そっちはどうなの?――うん、うん。……そうか、教団がそんなことに。あ、いま摩耶香ちゃんも隣りに居るよ。電話代わる?」
 雄二は摩耶香に携帯を渡そうとしたが、摩耶香は首を振った。
「なんだか話す気ないみたい。まったく冷たい教祖様だよねえ。……いてっ、小突くなって摩耶香ちゃん。――うん、うん。そうか。……じゃあ、また電話するね」
 雄二は摩耶香に向き直ると、ちょっと厳しい表情で言った。
「教団は穏健派と原理派に別れて真っ二つ、互いに施設を占拠して相手を閉め出しているそうだよ。とりあえず摩耶香ちゃんが明日にでも戻れば、この状態は解消するんだけど」
「無理ね。あたしは全ての封印を解くまでは戻る気はないから。あと二つだもの」
「なんだって? あの八つある社の封印をもうそこまで解いたの?」
「――喋り過ぎたようね。でもその通りよ。でもこの最後の二つの封印は並み大抵のものじゃないわ。だからもう少しあなたに成り澄ましている必要があるのよ」
 摩耶香は急に思いついたように瞳を輝かせた。
「そうだ、どうせならあなたもあたしに協力しなさいよ。教団であったことを考えればあなたもかなりの霊能力を持ってるはずよ。そうすれば早く自分の身体に戻れるわよ?」
「ムチャクチャ言わないでよ。そんなことできる筈がない。だいたいあの封印は太古から存在しているもので、それを壊すことは周辺の霊力場を乱し、魔の者を呼んでしまう可能性があるって……」
 摩耶香は目を逸らした。
「心当たりがあるんだね?――やっぱり。……実は、イクちゃんには心配させないように伏せておいたけど、今日学校の帰りに、魔の者に襲われたよ」
「なんですって?」
 雄二はその時の状況を説明した。
「だから、これは摩耶香ちゃんのためでもあるんだよ。このままだと絶対に何か良くないことが起きる。頼むから一度教団に戻ってくれないか。今後どうするかは、そのあと決めれば良いんだから」
 摩耶香は唇を噛んだ。
「――峰谷さーん、お風呂湧いたわよー。一番だけど冷めないうちに入ってちょうだーい」
 小百合の声がした。
「ハーイ、じゃあお風呂いただいちゃいますぅー」
 雄二が一瞬で女の子に戻って返事する。
 摩耶香が目をパチクリしていた。
「お、お風呂って……やっぱり、裸になって入るわけか? あたしの身体で?」
「うん、そだよ」
 摩耶香は信じられない、という顔をしていた。

「♪ふんふんふん〜」
 久しぶりに自宅の湯舟に浸かって思わず鼻歌が出る雄二。
「♪お魚になったワー・ター・シー」
 なぜかかなり古い歌のフレーズも織り混ぜつつ、ご機嫌で洗い場に座った。
「ふふ、白魚のような手。すべすべのお肌。摩耶香十五歳。あたしってなんてスレンダーで綺麗なのかしら。……でももう少し胸があったらなぁー。んふ、もしかしたら自分で揉んだら大きくなるかな?……あ、だめ、この辺ってビ・ン・カ・ン。やん、あぁん……なーんてこと風呂場でしているわけじゃないから安心していいよ、摩耶香ちゃん?」
 雄二がそう言うと、開いた窓の向こうでギク、と誰かが凍りつく気配がした。事実、雄二は両手をだらんと下げたままだ。
「やーねぇー、“雄二くん”たら女の子のお風呂を覗くなんてぇー」
 その声を聞いて摩耶香はあたふたと退散したようだ。
「――ふふ、男の子の習性なんて把握ずみよ」
 そういう問題でもないと思うのだが。

 風呂から上がってタオル一枚の姿で髪を乾かしていると、恐る恐る摩耶香が脱衣場のすぐ外に立ったのがサッシ越しに雄二にもわかった。
「さ、さっきのは覗きじゃないからな。た、ただお前がどんな入浴をしているか、身体の持ち主としては心配で……」
「ああいうのは覗きというより、世間では痴漢と言うようですけどー」
「ち、痴漢……!」
 摩耶香は慄然としていた。
「もう少し、いま自分が男の子だってことを自覚してねー。その調子で誰か他の女の子の入浴でも覗かれた日には、あたしが迷惑するんですからねー」
 むちゃくちゃ言う雄二であったが、痴漢認定されたのがよほどショックだったらしく、摩耶香は反撃してこなかった。
「あ、あたしが、この天願教団教祖の峰谷摩耶香が痴漢……」
「まあ、そう気にしなさんな。男なら誰でもちょっと覗いてみたくなるもんだ」
 雄二はサッシを開いて摩耶香の肩をポン、と叩くと、女の子モードで「お風呂、お先にいただきましたぁー」と大きな声で言って、とりあえず離れの方へ去った。
「雄二ー、次はあんたが入りなさーい」
 小百合の声がした。

==続く==


●作者より
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