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天に願いを
16話(その2)
作:赤目(RED EYE)



第十六話
産まず女石と姫君(その二)

 陽が落ちる前になってようやく仕事が片付いて、社務所に大助がやってきた。偽雄二こと摩耶香も一緒だ。
「峰谷さん、今日は本当にご苦労さまでしたな。遅くなってしまったので、あとで車で家まで送らせていただくよ。お家には電話しなくて大丈夫かな? とりあえずこれは今日のバイト代です。それから、もうすぐ寿司の出前が届くので、よろしければ夕飯も一緒に食べていきなさい」
「えー、そうですかぁ? どうしようかな」
 雄二としては、今日はもともと摩耶香を説得しに来たわけで、これは好都合であった。
「こいつ、夕飯まで食べていくのかよ」
 そうボソッとつぶやいた摩耶香は、大助に拳骨を食らった。
「この親不孝者めが! なんちゅう失礼なことを」
 そんなやりとりをシリメに雄二がバイト代の封筒を覗くと、結構な額が入っていた。
「わぁー、こんなに!? いいんですか」
「峰谷さんのお陰で大助かりだったからのう。勘もいいし、巫女姿も板についておる。今後ともお願いしたいくらいですわい」
「――あのぉ、父さん」
「なんだ雄二、その手は」
「オレのバイト代は?」
「ばかもん。お前は家の仕事を手伝って当然じゃ。そんなものは出ん」
「えーっ、あれだけ力仕事手伝わされて、タダ働きかよー」
「んふふふふ」
 思わずニンマリの雄二である。例年なら、今の摩耶香の台詞は雄二自身がつぶやいているものなのだ。それにしても、摩耶香も随分男の子=雄二のフリがうまい。本音かもしれないが。
「さあさあ皆さん、出前が届きましたよ。お家の方へ来て下さい」
 そう言いながら入ってきたのは、母・小百合であった。
「あら? 横山君が見当たらないわねえ。どうしたの?」
「ああ、横山ならさっき、もうこれ以上重い物持ったら死ぬって、ダッシュで逃亡してったよ」
「男の癖に少々根性が足りんようだな。まだバイト代も渡しておらんのに」
「そう、残念ね。横山君は痩せの大食いだから、奮発して特上寿司をいっぱい取ったのに。――大変だわ、峰谷さん夕飯しっかり食べて行ってね。余っちゃうわ」
 これで、どうしても夕飯を食べていかざるを得なくなった。ラッキーである。
 それにしても横山、つくづく運のない奴。密かに合掌する雄二であった。

 社務所の奥の八畳間。
 雄二はここで巫女服を脱いで、きれいに着物ハンガーに掛けると、持参の着替えを出してそれを着込んだ。淡いレモン色のタンクトップにデニムのスカート。タクシーでここに来る途中、街中の洋品屋でツルシになっているのを見て、こんなこともあろうかとGETしてきたのだ。ついでに下着も一式。摩耶香の身体のサイズは既に知っているので、選ぶのにあまり恥ずかしい目に遭わずにすんだ。
 鏡台の前に座り、黒々とした長い髪に櫛を通す。ふと思いついてヘアバンドをセーラー服のスカートのポケットから出すと、髪を左右で束ねてツインテール風にした。
「うん、これで良しと」
 鏡の向こうには、麗しくも颯爽とした少女が座っていた。ガッツボーズを取り、気合いを入れる。いよいよこれからこの身体の持ち主・摩耶香と本土決戦(?)なのだ。
「――これで良しと、か」
 いきなり声がしたのに驚いて振り返ると、襖が少し開いていて、摩耶香が腕を組んで横顔を覗かせていた。もちろん今は男、雄二の身体だ。
「随分とおめかしがお上手のようですな、お嬢さん?」
 摩耶香が襖を開けて入ってきた。
「の、覗いてたワケ? サイッテー」
 さすがにドギマギしながら雄二が抗議した。つい女言葉になってしまうのは、相手の出方のせいもあるが、もはや習性かもしれない。
 摩耶香は入り口から二〜三歩のところで立ち止まって雄二を見ている。
「さっきは嬉しそうに参拝客の相手しちゃって。いやはや立ち振るまいも完璧で、どこからどう見てもあきれるほど女の子だったわ、あんた」
「――何が言いたいのかな、ボクちゃん? 教団できっちり女の子として振舞うことを強要されたからね。過保護な誰かさんの身代わりとしてね」
「な、なんだって」
 雄二は摩耶香の迫力に押された。
「……そ、そういうあなたこそ、なんだか嬉しそうに腕まくりして力仕事手伝ってたじゃない。横山とギャーギャー言い合いながら。本当は男になったのを楽しんでいるんじゃないの?」
 摩耶香はそれに無言で応える。
 そろそろ逢魔が刻、あたりは薄暗くなってきた。相手の表情が読みにくい。
「その服はいったいどうしたんだよ」
「これ?」
 雄二はタンクトップの布地をちょっとひっぱってみせた。
「かわいいと思ったから買ったんだよ。悪い? 似合うでしょ」
「……」
「今度これで横山をユーワクしてみよっかなー」
 雄二はスカートの裾をチラッとめくり上げた。
「やめてくれないか」
 摩耶香の突然の大声に、思わず身をすくませる雄二。
「なあ――」
 摩耶香がにじり寄ってくる。明らかな恐怖を感じた。
「こんなところまで追ってきて、一体どうするつもりなんだ」
 雄二は座ったまま後ずさった。
「ど、どうするって……」
 知らず知らず声が震えた。
「入れ替わりのことやら何やら、すべてを両親の前でぶちまけるつもりなのか?」
 もう摩耶香は目の前だ。自分の顔なのだが、凄い形相をしている、ような気がする。
 雄二は怖くて目を合わせられない。
 悲鳴を洩らさないよう口に手を当て、無意識に顔を背けてしまう。
「そ、そんなこと、しないよ。だってイクちゃんと約束したもの。天願教団や摩耶香ちゃんの名を傷つけることになるから。あ、あくまでオレは摩耶香ちゃんを説得したいんだよ」
「……そうか」
 摩耶香も納得したらしく、中腰で身を乗り出すようにしていたのを止め、畳に腰を下ろした。
「お前って案外、良い奴みたいだな……」
 その時、タイマーで社務所の表の蛍光灯が一斉に点いた。
 その光が差し込んで、部屋の中も明るくなる。
 雄二はホッと一息ついた。
 でもまだ胸がドキドキしている。手をやってみるとそれがわかった。
「怖かった……」
「は?」
「だって、襲われるんじゃないかって思ったんだもん」
 いまだ不安と不信の入り混じった顔で摩耶香をこわごわと見る。
「男の子と二人きりになるのがこんなに怖いなんて……」
「ば、ばっ、馬っ鹿じゃないの!? なんであたしがあんたを襲わなきゃいけないのよ? 相手は自分よ、自分! 襲うかふつう!?」
 摩耶香は激怒した。
「キャー、やっぱりこわいー」
「何がこわいの、これはあんたの身体だろうが。あっ、待て逃げるな。勝手に人の顔でそんな被虐嗜好で誘うような表情をするなっ」
「ちょ、ちょっと、やっぱりあたし見てムラムラきてるんじゃないのよ! このナルシスティック・スケベっ。信じらんない」
「だからどうしてそんなに女のフリがうまいのよ、え!? ――こ、こら、待てー。待てって」
 二人は社務所を飛び出し、住居に向けて駆け出した。

==続く==


●作者より
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