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天に願いを
16話
作:赤目(RED EYE)



第十六話
産まず女石と姫君(その一)

 タクシーを降りると、八風神社は目の前であった。
 雄二にとっては、懐かしの我が家である。摩耶香と入れ替わってからまだ二週間経っていないのに、もう何ヶ月も家を空けていたような気がした。
 まさか、女の子に“変身”してセーラー服で帰宅するとは思ってもみなかったが。
 イクと約束した通り、とにかく入れ替わりのことは両親には内緒にするつもりだった。そんな訳で、肉親の前でもきっちり他人として女の子を演じ切るつもりである。
 雄二は深呼吸をひとつすると、社務所に向かって歩き始めた。

「あのー、誰かいませんか」
 まず様子を見てみるつもりで、そう声を掛けた。だが返事がない。
 二度目、三度目を試したが同じであった。そういえば、今日は境内がやけにゴタゴタしていて、人の数も少なくない。小型のクレーン車まで待機している。
「ああ、忙しい忙しい」
 と言いながら、雄二の父・大助が偶然社務所の前を通り掛かったのは、その五分後のことであった。
「おや、何か御用ですかな」
 と、大助は雄二の姿(といっても身体は女の子だが)を見ると声を掛けてきた。
「はい――ええと、雄二くんは、もう学校からお帰りになられたかと思いまして」
「雄二のお友達ですかな? あんな馬鹿息子に敬語は不要ですぞ。この忙しい日にどこをほっつき歩いとるのか、まだ帰っておらんでな。全くあの昼行灯の親不孝者は」
 雄二はちょっと頬をヒクヒクさせながら、それでも努めて落ち着いた声で、「まあ、まだなんですか」と少しガッカリした顔をしてみせた。
「愚息を待ってくださるなら、よろしければ、あちらの家の方に行ってらっしゃい。ここに居ても良いがな。もうじきに帰ってくるはずだから」
「はい、ありがとうございます。……でも、今日はなんだかお忙しそうですね」
「いやなに、明日から毎年恒例の、当神社のご神体の一般公開が始まるのでな。その準備で、ご神体を宝物殿から出して本堂に移す作業やらなにやらで、ゴタゴタしておるのですよ」
「あっそうか、今年も、もうそんな時期なんだ」
「……なにか言いましたかな?」
「い、いえ、別に、何も……。ウチも宗教関係なので、こちらの神社のことは雄二くんから聞いて知っておりますのよ、オホホ……」
 動揺して思わずキャラが変わっている雄二である。
「ほう、それはそれは……。おっと、こりゃいかん」
 大助は用事を思い出したらしく、「お嬢ちゃんごゆっくり」と言って足早に去った。

 雄二は社務所の前で暫くぽつねんと佇んでいたが、一向に摩耶香が帰宅する気配はない。どうやら今日はバイト巫女の川村さんも休みのようで、社務所は無人のままである。
 そうこうするうちに、参拝客がお守りを買いにやって来た。
 ありゃりゃ、こりゃまずいよ、と思った雄二は、思い切って社務所に入って用を言付かった。セーラー服のままだが、割りと自然な光景らしく、参拝客も不審がらずに帰っていった。雄二にとっては自分の家であるから、こんな手伝いくらいは何でもない。
 更に数人連れ立ってきた参拝客の相手をしているところへ、また大助が通りかかった。
「おや、手伝ってくれているのですかな」
「勝手な真似をしてすいません。いつも家でしていますので、つい」
「いやいや、有難いことです。今日は人手不足でホトホト参っていたので、助かりますわい」
 大助は雄二に名前を訊ねると、ぜひバイトしていってくれと頼んだ。
「峰谷さん、よろしく頼みましたぞ。奥に巫女服もあるから、あとで着替えるといい。あの馬鹿息子のお友達にしては、よく出来た娘さんじゃわい、ヌファファファファ……」
 相手の返事も聞かず歩み去る大助を見て、ため息をつく雄二。父の強引なところは誰に対しても変わらないようであった。

 八風神社のご神体は、『産摩逗女(うまずめ)石』であった。軽乗用車ほどの大きさの丸みを帯びた石で、普段は一般公開しておらず、宝物殿という名の質素な蔵の中に保管されている。この時期だけ本堂に移され、誰でも触れるように専用のコンクリート台の上に設置されるのであった。この石に触ると安産に強力なご利益があるとされ、それ目当ての参拝客も多くなる。
 起源は大和朝廷成立以前の古代日本にまで遡ると言われているがはっきりしない。古すぎて確たる由来書の類も残っていないのだ。ただ口伝えで伝わる話では、神族に見染められその許へ嫁いだ姫君が、子供ができないのを苦にして自ら命を断った。それを不憫に思った神がその姿を石に変え、長く手許に置いて姫を忍んだという。その石こそが『産摩逗女石』で、そんなことから霊験あらたかな御神体として八風神社に祭られているのだ。

 雄二が巫女服に着替えてしばらくすると、ようやく摩耶香が社務所の前を通りかかった。
「雄二、今日こそ貸しっぱなしのゲームソフトを返してもらうからな」
 そう摩耶香の横で言っているのは、横山である。
「あらー、お二人さん、お帰りなさぁーい」
 雄二が社務所から精一杯明るく声を掛けると、摩耶香がこちらを見て一瞬しかめっ面をした。
「う……雄……じゃない、“摩耶香”? なんでお前がここに……」
 と言いかけた摩耶香を遮って、横山が嬉しそうに割り込んできた。
「誰かと思えば摩耶香ちゃん。うわー、巫女服似合うー。今日はここの手伝い? また会えるなんてボクタチ運命の糸で結ばれてるんじゃないかなー、なんちて」
 早速社務所の窓口に張りつきナンパトークを開始する横山。
「そう? 似合うかなー。実はあたしも巫女姿って気に入っているんだよねー。エへへ」
「摩耶香ちゃんがここでバイトしてるなら俺、毎日来ちゃうよ」
「えー、ホントー? 嬉しいなぁ」
「おい横山」
 摩耶香が割って入った。
「騙されるなよ。その女ときたら、平気で人の金玉を絞り上げるような奴だからな」
「や、やだぁー、“雄二”くんたら。女の子に向かって何言ってんの、信じられなーい」
 雄二は思いっ切りシナを作って非難の目で摩耶香を見てやった。
「そだそだ、こんなに可愛い摩耶香ちゃんに根も葉もないことを。……って、なんで可愛いと言われて雄二が照れてんだ?」
「う、うるさい。横山、お前ってやつはデリカシーのかけらもないな」
「なに横山くんの悪口言ってるんだかー。横山くんって豪気なんだからね」
「え? ああ、もちろんだよ」
「その証拠に、雄二くんに貸したゲームソフトなんていちいち取りに来ないよね?」
「お、おう。あんなもんいつでもいいさ。雄二、もうあと2〜3週間遊んでていいぞ」
「キャー、さっすが横山くん、太っ腹ぁ!」
 雄二が囃し立てると、横山は「えっへん」と胸を張った。
 もう騙されている横山である。
「あ、アホくさ。お前らにはついていけんわ」
 摩耶香はそっぽを向いた。
 そこへまた大助が通りかかった。
「こら雄二。この忙しいのにどこをほっつき歩いておった。お友達の峰谷さんまで手伝ってくれておるというに。それから横山君。いいところへ来た。君も手伝っていきなさい」
 そんな訳で、全員が八風神社を手伝わされることになったのであった。

==続く==


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