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天に願いを
14話(その5)
作:赤目(RED EYE)



第十四話
学園はお散歩日和(その五)

 三人は再び校内を正門へ向けて歩いている。クラブ活動をしている生徒の他は、もうかなり人の数が少なくなった。
 そんな中、雄二と並んで歩いているイクが、先刻から雄二の顔をじっと見つめている。相変わらずイクへの注目度は超高いのだが、今はそれすら気にならないようだった。
「どうしたの、イクちゃん。そんなに見つめられたら恥ずかしいよ」
 と、雄二。
「え?……ああごめんなさい、でも……」
 イクは一旦そらした目線を、またすぐ合わせてひたむきな表情で言った。
「――雄二さんて、もしかしたら凄い人なのかな、と思って」
「おいおい、それってどういうこと」
 苦笑まじりに雄二。
「だって、あの姉さんを、曲がりなりにも跪かせるなんて。あんな風に姉さんがウロタエるところを見たのは、わたしでさえ滅多にないですから」
「ああ、なんかそれあたしもわかる。イク様に賛成だなー」
 反対側から、あゆみが相槌を打った。
「教団での雄二さんの活躍だって、まぐれや偶然で出来ることじゃありません。もしかしたら姉さん並みの霊能力者なのかも……」
「単に摩耶香ちゃんに口喧嘩で勝っただけでしょ。そんな、くすぐったいよ。それに、“男”には急所攻撃がもっとも効くから。あのつらさときたら女の子には想像もできないだろうけど。――って、イクちゃんは男の子だったか」
 雄二はクスッと笑った。
「……あの、キン……攻撃って、やっぱりすごく痛いんですか」
 あゆみが、ちょっと恥ずかしそうに訊いた。 
「うん、そりゃあ想像を絶するものだよ。野球なんかでも、時々あるでしょ。大の男が動けなくなっちゃうもんね」
 あゆみは納得したようだった。
「それでもあたし、雄二さんは特別な人だと思うなー」
 と言ったのはイクであった。
 その瞳には、憧れと尊敬がある。
 イクはちょっと躊躇っていたが、すぐ心を決めたらしく雄二に腕を絡めてきた。
「ちょっ、イクちゃんどうしたの?」
「しばらく、こうしていたいんです、お兄さま……」 
 気持ち良さげに頭を雄二のセーラー服の腕に預けてくる。
「な……! イ、イク様がそう来るなら、あたしだって」
 あゆみがライバル心を剥き出しにして、反対側からやはり雄二の腕を取ってしなだれ掛かってきた。
「こ、コラコラ、二人ともやめなさいって。みんな見てるでしょ。まだ摩耶香ちゃんの件だって解決してないんだし。――たはは、もう仕方ないなぁ……」
 今度は、恥ずかしいのは雄二の番であった。両手に花状態で校内を横切らざるを得なかった。

 正門を出たところで、華枝がワゴン車を止め、その傍らで待っていた。
「あらあら、どうしたんですか皆さん。そんな仲良さそうに」
「これには色々と事情が……。ホラ、そろそろ二人とも離れなさいって」
 雄二が言うと、二人とも「はーい」と答えてようやく密着するのを止めた。
「それで、どうでした、摩耶香様は?」
 華枝の問いかけに雄二は首を振った。
「そうですか……。教団の方のこともあるので、もしや説得が成功すればと思っていたのですが」
「というと?」
「今、イク様の携帯に連絡しようと思っていたのですが、教団の穏健派の人の話だと、私たちが出て行ってから教団内が真っ二つに割れ、内部はかなり混乱しているようなんです」
「えっ」
 さすがにイクが驚いた様子で身を乗り出した。
「そうでしたか、わたしが甘かった。こうなることは予想できたのに」
 イクは唇を噛んだ。その顔は、さっきまでの“なんちゃって女の子”モードとは違い、教団幹部らしいしっかりしたのものになっている。
「とにかく、一度教団に戻りましょう。姉さんのことは、混乱を収拾してからもう一度説得しに来るしかない」
 三人は車に乗り込んだ。
 だが雄二だけが、なにか思案顔で車外に立ち尽くしている。
「どうしたんですか、雄二さん」
「――ちょっと考えてみたんだけど、オレ、このまま八風神社に行って摩耶香ちゃんの説得を続けてみようかと思って」
「一人で、ですか」
「うん、オレがこのまま教団に戻っても、今出来ることは少ないと思うんだ。むしろ、また原理派が摩耶香ちゃんの身体を確保するために、強硬手段を取ってくるかもしれない。それならいっそ、自分の家なんだし神社に乗り込んで、摩耶香ちゃんを再度ギャフンと……じゃない、時間を掛けて説得した方が良いような気がしてさ」
「――なるほど、いいアイディアですね。ひとりで姉さんと対決しても、雄二さんならきっと大丈夫でしょうし……。でも、そんなことまでお願いしていいんですか」
「ああ、これも可愛い‘妹’のイクちゃんのためだから、ふふふ。まあ、危なくなったらまた急所攻撃してやるよ。それと、人格交換のことは両親には言わないつもりだから。言っても信じてくれないだろうし、摩耶香ちゃんや天願教団の名に傷がつくからね」
「――本当に有難うございます、何から何まで。でも雄二さん、またきっと教団に帰ってきてくれますよね……」
 イクは切なげな視線を向けた。
「ああ、もちろんさ。誓うよ」
 雄二はしっかりと頷いた。
 束の間、二人の間に甘く息苦しい沈黙が降りる。
「むっ」
 あゆみが、そんな二人のただならぬ気配を感じ取って、割って入った。
「あ、あたしだって、雄二さんの成功を祈っていますから」
「――あゆみちゃんも、有難う」
 あゆみは、「『あゆみちゃん“も”』?『も』?」と納得できない様子でブツブツ言っていたが、華枝が「じゃあ、そろそろ行きましょうか」と声をかけた。
 華枝が当面の交通費と携帯を雄二に渡し、エンジンを掛ける。
 ドアを閉める前に、雄二が「ああ、そうそう」と思い出したように言った。
「イクちゃん、教団に帰る前に、セーラー服は忘れずに着替えなくちゃね。でないと、余計に教団が混乱しそうだ」
「もう、雄二さんったら」
 イクがうるんだ眼で微笑んだ。
 扉を閉めようとする雄二に、だがイクは「待って」と言った。
「え?」
 イクはワゴン車からサッと降り立つと、雄二の胸に飛び込んできた。そのまま物も言わず抱きしめる。
「あっ」
 あゆみも華枝も、突然のことにボーゼンとしている。
 それは雄二も同じだった。なにしろ一瞬のことだ。
 イクは頬を染めて、顔を背けたまま、また車に乗り込んだ。
 扉を閉めると、車は走り去った。
 雄二はセーラー服の胸に手を当てて、それを見送るしかなかった。

==続く==


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