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天に願いを
14話(その4)
作:赤目(RED EYE)



第十四話
学園はお散歩日和(その四)

 それは雄二にとっても不思議な光景であった。目の前に、学生服を来た自分が腕組みをして立っている。だがそれは自分ではなく、人格は摩耶香なのだ。そしてその摩耶香の本来の身体に今入っている人格は、他ならぬ雄二自身……。
 こうして改めて対峙してみると、鏡でも見ているような錯覚に陥る。自分を完全に客観視できるとするなら、今の状態がそうであるに違いない。
「姉さん……」
 まずイクが一歩踏み出した。
「わたしたちが何でここにいるか、もうわかっているでしょう。……雄二さんのことを、原理派に任せずわたしを信用して預けてくれたのは、有難いと思っています。でも、わたしにはどうしても姉さんの無茶な計画をこのまま見過ごすことはできなかった。お願いですから教団に帰ってくれませんか」
「イク、そのことにはついては計画を始める前にあなたも一旦納得したはずでしょう。どうしても八風神社の銅鐸が必要なの。教団に必要なものは、どんな手段を使ってでも手に入れる。それが皆のためでもあり、父母の恩に報いる道なの。――あなたにもわかるはずでしょう」
「う……」
 イクはまだ何か言いかけたが、摩耶香の鋭い眼光に射すくめられて、言葉に詰まってしまった。
 雄二には、摩耶香が若いのに天願教団の教祖であるのがよくわかった気がした。短い言葉の中にも、非常に強いカリスマ性が感じられる。だいたい今の摩耶香の表情を見ていると、雄二がしたこともないような顔をしていた。強い意志を秘めた瞳。人格が変わるだけでこうも違ってくるものらしい。
「お姉さま、わかってください」
 今度はあゆみが、おずおずとだが前に進み出た。
「本当はあたしなんかが口を出していい話ではありませんけど……。最初計画の話を聞いたとき、他の神官の皆さんは危険はないと言っていました。でも、イク様から詳しく話をきくと、封印を解除していくのはかなり危ない作業だって……。教団では、それを知った人たちが皆心配しています。だから――」
「あゆみちゃん、気持ちだけは有難く受けとっておくわ。でも私にはどうしても銅鐸が必要なの。危険といっても、私の霊力ならどうってこともないレベルだわ。わかったらこんなところで油を売ってないで、教団に戻って修行しなさい。私が留守にしている間の宿題も出してあるでしょう」
 こう言われて、あゆみもシュンとしてうなだれてしまった。
 やはりイクもあゆみも、教祖の摩耶香には弱いらしかった。張り切ってここまでやって来たのに、いざ摩耶香を目の前にすると二人とも強いことが全く言えなくなってしまう。

「――なるほど、なかなかのわからずやみたいだな、摩耶香ちゃんは」
 雄二が進み出た。
 名前の呼ばれ方がカチンと来たらしく、摩耶香は色をなして男言葉で言う。
「お前には済まなかったと思うが、それでも男なのにセーラー服着て喜んでいるヤツに言われたくないな」
「な、なによ」
 雄二も釣られて、つい女言葉で返してしまう。
「男といっても、いまは身体は女の子でしょ。それともガクランで来た方が良かったわけ? 下駄かなんか履いて」
「ぐ……」
 摩耶香は言葉に詰まった。
「だいたいあなたねえ、教祖ならイクちゃんとあゆみちゃんの気持ちを察してあげるべきでしょう。この二人があなたのことをどんなに心配しているか判っているかしら?」
 雄二がここぞとばかりに畳みかける。女言葉なので、つい女性特有の論理での追い詰め方になってしまった。
「せ、迫らないでくれる? 自分に怒られているみたいでちょっと……」
「いーえ、迫らせてもらいます。どうしてあなたはそんなにわからずやなの? 教団でも色々話を聞いたのよ。あたしの人格交換のことはこの際我慢するわ、摩耶香ちゃんってカワイイし……」
「え……?」
 摩耶香は一瞬の間の後、ちょっと頬を染めた(といっても身体は雄二だが)。
「ん? ……あ、えええっと」
 雄二は慌てて誤魔化そうとしたが時すでに遅し。
「よ、よくそんなこと臆面もなく言えるもんだな」
 形勢逆転である。
「や、やっぱり男なのにスカート履いて嬉しそうにしている奴は言うことが違うよな。カ、カワイイって、そんなこと面と向かって言われたことないし、そんなこと言う奴は信用しないし――」
 摩耶香も相当ウロタエ気味だが、今度は雄二を押し戻している。
「いや、これはその……落ち着いてよ“雄二くん”?」
 後ずさりながら、雄二は小首を傾げて愛想笑いを浮かべた。
「勝手にヒトの顔で微笑まないでくれるか? だいたいその髪だってやけに手入れが行き届いているのがおかしい、てっきりボサボサだと」
「そ、そりゃあそうよ、毎日二回、朝シャンとお風呂で……」
「お、お風呂!」
 摩耶香の頭に血が昇った。覚悟はしていたが、こんな状況で宣告されると恥ずかしいことこの上ない。
「だってつまり、お風呂といえばオレの裸も見放題なワケで……」
「し、仕方ないでしょ。あたしだって恥ずかしいわよ、最近は慣れてきたけど」
 雄二は小狡るそうに眼をそらした。
「な、慣れた? 慣れたっていうのかお前」
 摩耶香の声がうわずっている。そんな二人のやりとりをボーゼンと見守るイクとあゆみだったが、当然摩耶香の眼中にはない。教祖の威厳も何もあったものではなかった。
 雄二が正面を向いて反撃に出た。
「あなただって毎日お風呂入るでしょ。そんときは股間もしっかり洗うんでしょ。おあいこじゃない」
「な、な、なんてことを言うんだお前。やめてくれ“摩耶香ちゃん”、それってセクハラだぞ。女の子に向かってそんな……」
「あら、今は男の子じゃないの。その証拠にホラ」
 と言って、雄二は摩耶香(=自分本来の身体)の股間に手をやって、力一杯握りしめた。
「ぐえっ」
 摩耶香が未知の衝撃にたまらず声を上げる。
 そのまま、股間を押えてしゃがみこんでしまった。
 その光景を、髪をなびかせ腰に手を当てて冷ややかに見下ろす雄二。
「ふふふ、勝った」
 どう勝ったのかわからない。
「男の子に自分の身体を勝手に使われるのがいやなら、早く人格交換の術を解くことね。だいたいこんな事態を招いたのは、全部自分のせいじゃない」
 正論である。
「ま、お風呂の件は安心しなさい、なるべくイクちゃんと一緒に入って、身体とか洗ってもらってるから。これでも苦労しているんだぞ。体重増えればダイエットもしなくちゃいけないし……」
「ダ、ダイエット……?」
 摩耶香がそろそろと顔を上げた。
 イクがようやく口を挟む。
「雄二さんがデザートの食べ過ぎで、二キロほど……」
「二キロですって!?」
 摩耶香が色めきたって伸び上がった。思わず女言葉に戻っている。
「あんたねえ、二キロ体重増えたら元に戻すのにどれだけ苦労するかわかってんの?」
「だ、だからいま〇.五は戻したって」
 思わず弁解する雄二。
「そういえばどことなくぽっちゃりしているわ、この身体」
 摩耶香は、自分本来の身体(=雄二)を、セーラー服の上から触りまくった。
「ちょ、ちょっと止めてよ、ヘンなところ触らないでってば」
「何をいっているの、元々は私の身体じゃないのよ」
「そりゃそうだけど、キャッ、ダメだって」
「あーっ、やっぱりデブってる。恨むわ、雄二くん。一キロで一年、二キロで二年……」
「そんな大げさな」
「だいたい男の癖に何が『キャッ』よ、下着はどんなの付けてるってのよ」
 摩耶香は雄二のスカートをめくった。突然のことにポカンとする雄二。
「……へっ、水着?」
「キャーッ、“雄二くん”のエッチーーっ!」
 雄二は摩耶香の頬を張った。
 綾小路の時とは違い、今度は鮮やかに決まった。
「いってーっ」
 摩耶香は頬を押さえた。
 そこへ。
「おーい雄二、いつまでこんなところで……」
 と言いつつ階段から顔を覗かせたのが横山であった。あまりに親友が遅いので、呼びにきたらしい。
 だが雄二の、まるで小学生のようなスカートめくりのイタズラを見てしまい、二の句が継げず凝固している。

 雄二は一瞬で状況を判断して、とりあえず戦略的撤退を決意した。
「行こう、イクちゃん、あゆみちゃん」
 雄二は二人を引き連れ、踵を返した。
「……“雄二くん”、話の続きはまたすぐさせてもらうから」
 振り向いて、雄二はそれだけ言った。
 摩耶香は呆然と立ち尽くしていたが、頬を押えつつ「ちょっと待って」と言う。
「イク……イクちゃん」
「はい?」
 イクは振り向いた。
「そんなにセーラー服が似合うとは思わなかったわ。教団に帰ったら、憶えてらっしゃい」
 摩耶香が横山に聞こえないくらいの声で言った。
「えっ、ちょっ、これは……」
 イクは女装しているのをようやく思い出したらしく、自分の格好を見て耳まで赤くなった。やはりイクにとって摩耶香から言われるのが一番恥ずかしいらしかった。
 階段を通るとき、横山がイクに見とれているをみて、雄二は「横山くんの浮気者」とすれ違いざまに呟く。
「えっ……こ、これは違うんだよ、摩耶香ちゃーん」
 背中で横山のアセる声を聞きながら、とりあえず雄二たちは屋上を去った。

==続く==


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