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天に願いを
14話(その3)
作:赤目(RED EYE)



第十四話
学園はお散歩日和(その三)

 三人は雄二の教室がある校舎の二階にやって来た。とりあえず廊下の外れでイクとあゆみを待たせると、雄二は教室を覗き込んだ。
 まだ生徒は結構残っているが、ざっと見たところ摩耶香――今は雄二の本来の身体に入っている訳だが――は、見当たらないようだった。
 誰か頼りになる奴はいないかな、と捜していた雄二は、一番うってつけの人間を見つけて、思わず声を上げてしまった。
「あ、横山――くん」
 いつものように親友を呼び捨てにしまって、その後いま自分は身体だけは摩耶香だったのを思い出し、慌てて敬称をつける。思わず「えへへ」と照れ隠しの笑いが浮かんだ。もう慣れたはずなのに、いつもの教室に戻ってきて油断が出たのであった。
 名前を呼ばれた横山は、顔をこちらに向けて、初めて見知らぬ他校の女子が教室の入り口で立っているのに気付いたようだ。
「横山ってのはオレだけど……。なんか用?」
「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな?」
 媚び媚びの視線を送って微笑んでみた。このところ深夜密かに鏡の前で練習していた表情である。可愛さには自信があった。
 横山はそそくさと席を立って入り口にやってきた。
 (ふふふ横山、魅了されているな)
 そんなことを思いつつも、天使のような微笑みを浮かべながら応対する雄二。
「いきなり呼んじゃってゴメンね。実は業田雄二くんのことを捜しているんだけど、どこへ行ったか知らないかなぁ?」
「ああ、雄二ならさっき屋上へ上がっていったみたいだよ」
「ふうん、屋上ね……。そんなところに何の用かしら。いつもならオレ……あわわ、あたし、でもない、雄二くんって帰宅部でしょう」
「――さあ、なんか女の子に呼ばれてるって言ってたみたいだけどな」
 横山は不審そうにしながらも、教えてくれた。
「女の子?……へええ、珍しいこともあるものね、あの雄二くんが」
 自分の名前を出しつつも、雄二は首を傾げた。
「キミ、さっきからやけに雄二のことに詳しいよな。知りあい?」
「う、うん……。ちょ、ちょっと、しゅ、宗教関係の繋がりで。うん、そうそう、そうなのよ。雄二くんの家って神社でしょう、だから――」
 横山は目の前の女の子も、他の神社の娘かなにかだと思ったらしく、納得したようだった。まさに摩耶香は巫女と言われれば一番しっくりくる容貌であった。
「横山くんのことも、あたし雄二くんから聞いていたから。――それで、このところ雄二くんって学校ではどうなの?」
「それがなあ、雄二の奴ってこのところ急にモテはじめちゃってさ。他にもなんだか人が変わったようになってるし、親友のオレもびっくりだよ」
「ふーん、そうなんだ」
「キミも宗教関係の人だったら、ちょっと雄二を診てやってくれない? まるで何かに憑かれてるような感じでさ」
 う、するどい。親友の洞察力に思わず感心する雄二である。
「うん、わかった。ありがと横山くん」
 踵を返そうとした雄二を、横山が呼びとめた。
「ちょっと待って。キミの名前は?」
「え?――ああ、峰谷摩耶香っていいます」
 横山が賞賛の眼差しで自分を見ているのをみて、雄二はふとイタズラ心を起こした。
「お礼、まだだったね」
 そう言って横山の手を取ると、チュッと音を立てて手の甲にキスをする。
「じゃあね!」
 雄二は教室を去った。
 たちまち背後から「今の誰だ横山ー」とか「横山くん他校の女子にまで手をつけるなんて」とか「今の子は雄二くんとどういう関係よ! 他校生のくせに許せないわ」とか、ガヤガヤと声が聞こえてきた。横山は残っていたクラスメートにとっちめられているらしい。「おい、違うって。誤解するなよ」と横山が弁解している。
 (スマン横山、許せ)
 親友を見捨てる雄二であった。

                 *

「だから、何度言わせるんだ。オレは女なんかに興味はない」
「他の女の子に興味を持ってくれなくても良いですわ。あたしだけを見て下されば」
「とりわけ君には興味ないから」
「な、なにを言われるのですか……」
 場所は屋上。摩耶香(雄二に身体に入っている)と女生徒が二人きりで言い争っている。
 それを物陰から見つめる雄二、イク、あゆみの三人組。
「すっごい、修羅場だわ……」
 あゆみが目をランランと輝かせてつぶやいた。
「あゆみちゃん、そ、そんな楽しそうにしなくても」
 雄二が複雑な表情で言った。
「だって……面白いんですもん(クスッ)。それにしても、あれが雄二さんの“本来の姿”なんですか? なんだかクールなワルって感じです。こんな人だったなんて……」
 あゆみが雄二をちょっと非難するように見た。イクもそれとなくジト目で見ている。
「ちょっとちょっとあゆみちゃん、あれはオレじゃないよ。中に入っているのは摩耶香ちゃんでしょ」
「あっ、そうか」
「でも雄二さんがこんなモテモテだってなんて、あたし知らなかったなー」
「イクちゃん、もう女言葉はいいんだよ」
「そうでした」
 イクはうつむいて恥ずかしそうにした。
「自慢じゃないが、オレはそんなにモテモテ君じゃないよ。でもさっきの横山の話でも、どうも摩耶香ちゃんがオレになりすましてから、急にモテまくり始めたらしいんだ。だいたい今そこにいる相手は、学園一のお嬢さまの綾小路さんだぜ。――いったいどうなっているやら」
 そうこうしているうちに、話が破局に陥ったらしく、綾小路が「もう許しませんわ」と叫んで摩耶香に平手打ちを食らわそうとした。
 摩耶香は易々とその手を避ける。なぜか綾小路がバランスを崩して、金網に突っ込みそうになった。見ていた雄二たちは肝を冷やした。ここの屋上の金網は割りと低い。下手をすると墜落しかねない。
 だが金網に突っ込む前に摩耶香が素早く綾小路の肩を掴んで、手前に引き寄せていた。
 振り向いた綾小路と摩耶香の視線が合う。
「……雄二さん」
 摩耶香は押し黙っていた。しばらくして「もう帰ってくれないか」と静かに言った。
 それが却って堪えたらしく、綾小路は顔を手で覆うと、ダッと駆け出して階段を降りていった。
「フューッ、すごいもん見せられちゃったよ」
 雄二たちは顔を見合わせた。
「それから」
 と、摩耶香が大きな声で言った。
「そこの物陰に隠れている奴ら。用があるなら出てきたらどうなんだ?」
 雄二たちは固まった。バレてる。顔を見合わせ頷き合うと、「せーの」で三人とも物陰から出た。
 さすがに摩耶香の表情にも驚きが走った。
 自分自身の本来の身体と、イク、そしてあゆみ。三人の顔を見たとき、全てを悟ったようだった。

==続く==


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