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天に願いを
14話(その2)
作:赤目(RED EYE)



第十四話
学園はお散歩日和(その二)

 セーラー服姿の雄二、あゆみ、イクの三人は七森中学校の校門の前に立った。
 雄二にとっては久々の母校である。まさか、女の子にヘンシンして、しかもセーラー服を着て訪問することになるとは思ってもみなかったが。
 女装にも慣れてきたとはいえ、さすがにこのシチュエーションはいざとなると相当恥ずかしい。バレたらどうしようかと思うと足がすくむ。ただ、考えてみれば身体は摩耶香なので、どうしたって露見するはずもなかったが。
 (今オレはセーラー服の似合う女の子なんだから。ダイジョーブダイジョーブ)
 雄二は長い髪を無意識に撫でながら、自分にそう言い聞かせて心を落ち着かせた。

「いよいよだね」
 雄二は深呼吸をしてイクとあゆみに声をかけた。
「はい……」
 イクはまだうつむいて恥ずかしそうにしている。
「イクちゃん、心配しなくてもしっかりセーラー服がハマっているから」
「ちょっと、雄……い、いえもとい、いやですわ、お姉さま」
 イクは無理やり女言葉で言った。雄二&あゆみの女の子講座の成果であった。
「そんなことじゃ、摩耶香ちゃんと対決できないぞ。もっとしっかり女の子になりきらなきゃ」
「はい、そうですわね……お姉さま」
 イクはますます深くうなだれてしまった。
 その横では、これまたセーラー服に身を包んだ初々しいあゆみが、なぜかご機嫌斜めであった。
「あゆみちゃん、どうかしたの?」
「い、いいえ、別に……」
 そう言いつつ、横目でイクをジトーっと睨む。
「まだ摩耶香ちゃんは校内に居るかな?」
「……ああ、はい。それでしたら、まだ居ると思います。あたし、なんとなく感じるんです」
「よし、それじゃあ善は急げ。そろそろ行こうか」
 三人は並んで校門をくぐった。

 放課後になったばかりで、三々五々生徒が下校していく七森中学校。だが、そんな中にあっても、実に目立つ三人組であった。もちろん、七森中学の女子の制服がブレザーなので、セーラー服は他校生徒とひと目でわかるということもあったが、問題は三人の容貌だった。
 一人は、長い黒髪が美しい神秘的な雰囲気をたたえた少女。もう一人は、まだ幼さの漂う目のクリクリした利発そうな女の子。そして――。
 問題は、もう一人の子であった。ショートカットが抜群に似合う色白のあどけない顔立ちに、どうしようもないあきらめと憂いをのぞかせながら、長いまつ毛を伏せてしずしずと歩くその姿は、まるで他の二人とは別次元の気品漂う美しさであった。そこだけスポットライトが当たっているようにキラキラ輝いて、バックにはパッと花が咲いたような印象さえ感じさせる。
 実際、イクを見てギョッとしたように立ち止まる生徒、口をポカンと開けて見送る生徒が、男女問わず続出した。ぶっちぎりのとんでもない美貌であった。
 見た目はどうみても女の子なのに、どう隠しても隠しきれないインモラルなオーラが滲み出ている。少年が女装しているという事実に誰も気付かないが、深層心理では誰もが禁忌に触れる気配を感じとって、心をぐらつかせているのだ。少年としてか、あるいは少女としてか、とにかく性を超越した禁断の美に目を奪われていたわけだ。
 雄二(摩耶香)もあゆみも、女装イクと一緒でなければかなり目を引く容貌なのだが、今はもう満月の傍らに浮かぶ三等星程度の存在でしかなかった。

「すっごい。みんなイクちゃんを見てるよ……」
 雄二がそれとなく周囲を見回しながらあきれたようにつぶやく。
「そうですか……今更ですけど本当に恥ずかしいですわ……お姉さま」
 イクがうなだれたまま、あきらめたように女言葉で答える。
「この分だと、三人並んで歩いててもみんな憶えているのはイクちゃんだけだったりして。問題が起こっても大丈夫っぽいね、あはは……」
 校舎の角を回ろうとしたところで、誰かと鉢合わせしそうになった。相手は持っていた書類の束をバサバサ落としたが、やっぱりイクに目を奪われてポカンと口を開けて凝固している。
 (あ、ヤバイ。ミポリンじゃないか)
 雄二のクラスの担任の、森園美穂先生であった。二十七歳独身で、ベビーフェイス、細身だがスタイルも良い学園のアイドル的な教師である。新任教師時代に学園祭で周囲からノせられた挙げ句、フリフリドレスを着てアイドル歌謡を熱唱した前科があるため、ミポリンというアダナが付いたのであった。
 そのミポリンが、ひと目も憚らず魂を奪われたような顔で、イクに見とれていた。
「ご、ごめんなさい。書類、拾いますね」
 雄二は大汗をかきながら書類を集めて、ミポリンに渡した。
「大丈夫ですか?」
 ミポリンはようやくイク以外の存在に気付いたらしく、「あ、ええ」と頷いた。
「では、あたしたちはこれで。オホホ……」
 雄二は頭を下げて、他の二人を引き連れそそくさとその場を去った。背中にミポリンの視線を感じる。やっぱりまだイクを見ているらしい。
 次の角を回ったところで、ようやく雄二は安心して歩く速度を落とした。
「あぶないあぶない、今のウチのクラスの担任なんだ。なんとか誰彼されずに済んだね。これもイクちゃんの美貌のお陰かな。フフフ」
 雄二は、並んで歩くイクにしなだれかかると、軽く抱きしめる真似をした。
「あん、だめ……雄……お姉さま」
 ちょうどすれ違った数人の男子生徒が首をイクの方に向けたまま、角を回り忘れて木立に突っ込んでコケた。
「イクちゃん、そんな声出しちゃダメだよ。花も恥じらう乙女なんでしょう?」
 雄二もだんだんセーラー服で校内を歩くのに慣れてきて、大胆に振る舞っている。
 普段「もういいや」というくらい見慣れている学校も、女の子として歩くとまた違った風景に見えた。というより、やはり注目を浴びるのは新鮮な快感であった。
「もっとも担任のミポリンまで篭絡したってことは、やっぱりイクちゃんは男の子なのかな、ふふ。ミポリン、完全に危ない世界に目覚めちゃってたみたいだから、ちょっと心配だよ」

 一方あゆみはなぜか膨れっ面をしていたが、ここに至って、それまで我慢していたらしい感情をとうとう爆発させた。
「んもう、イク様、男なのにどうしてそんなに可愛いんですか!? おかしいじゃないですか」
  目の色を変えてイクを問い詰める。
「しっ、あゆみちゃん声が高いよ」
「だって……こんなにセーラー服が似合って、学校中の視線をひとり占めして。反則でしょう、そんなの。女のあたしの立場はいったいどうなるんですか?」
「い、いや、あゆみちゃんも充分……すごく可愛いよ、うん。オレ……あたしが保証するって」
 あゆみは自分のセーラー服の胸を顧みて、「いいえ」とつっぱねた。
「自分でよくわかってますから。あたしのは普通に『かわいい』。でもイク様のは、『際限なく凶悪にカワイイ』んです。――もう、こんなのって不公平じゃないですか、あたしは女なのに」
「……あゆみちゃん、お願いやめて。あゆみちゃんに言われると一番堪えるよ……」
 イクはますます深くうなだれながら、力ない声を上げる。
 あゆみは「もう知らないから」と、そっぽを向いてしまった。

 あゆみの霊感に頼って校内を進んできたが、どうやら摩耶香を見失ったようだ。ただ、まだ学校内にいることは確からしい。それで、三人はいま来た道を戻って、雄二のクラスの教室に向かった。何か情報が得られるかもしれない。
 相変わらずイクの注目度は凄かった。イクは賞賛の視線の矢を受け止めきれず、うつむいたまま恥ずかしそうに歩いている。
「イクちゃん、なんだかつらそうだね」
 さすがに雄二が心配して言った。
「は、はい……こんな経験初めてですから。みんながわたし……あたしを見るんですもん」
「そうだなぁ……思うに、そんなに恥ずかしそうにしているから、余計に注目されてしまうんじゃないかな。なるべく普通に、微笑んでみたりしたらどう?」
「そ……そうですか? じゃあ」
 イクは顔を上げて、ちょっと無理しつつだが小首を傾げてニッコリ微笑んだ。
 その途端。
 イクの微笑みの方向に居た生徒が、男女問わずバタバタと倒れた。ランニング中のラグビー部の隊列が校舎の壁に激突した。野球部は暴投しバットを飛ばし、サッカー部はオウンゴールして数人がネットに絡まり、水泳部は溺れ、テニス部は全ラケットのガッドを切り、茶道部はかまどの湯をぶちまけた。更に運動場の向こうから、ソバ屋の出前が転ぶ音、車の急ブレーキ音やら衝突音、果てはS市中心部のビルにジャンボジェットがあやうく突っ込みかけて、急上昇していった。
「……」
 三人はそんな光景を呆然と見つめている。
「イ、イクちゃん、オレが悪かった。やっぱり微笑んじゃいけないみたいだった」
 雄二はイクの肩に手を掛けつつ、念を押すように言った。
「は、はい……もう微笑まないようにします」
 イクはますます身の置きどころがない様子で、切なそうに答えた。シュンとしてうなだれる。
「あーあ、イク様ってもう普通の女の子とは別次元の超ド級美少女なのよねー。うらやましいなー」
 あゆみが頭の後ろで手を組んで、イヤミったらしく言う。
 まさしく、イクの美貌は、“傾国の美女”級かもしれなかった。下手をすると、微笑みひとつで国を滅ぼしかねないのであった。

 三人は校舎に入って、雄二の教室に向かった。

==続く==


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