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天に願いを
13話(後編)
作:赤目(RED EYE)



第十三話
ぷるんぷるん(後編)

 イクはあまりの急展開に足がすくみ動けない。雄二やあゆみ、華枝も近くにいながら呆然として立ちすくんでいた。
 だが、そのとき。

「そうはさせないよっ」
 と、白い割烹着に白頭巾の太った中年の女性が、腕を広げて巨漢たちの前に立ち塞がった。最前列の席にいた人であった。
 何事にも動じない巨漢たちも、女性の顔を見るとギョッとした様子で足を止める。
「しょ、食堂のオバチャン……」
 近くにいた華枝が思わずつぶやいた。教団本部の炊事全般を預かる、青木和代(52)であった。
「お前たち、いまのイク様の演説を聞いて何も思わなかったのかい。まったく情けない奴らだね。頭は悪いがそれなりに正直で優しい子たちだと思っていたのに、あたしゃあ情けないよ!」
 そう言われて、あきらかに巨漢たちの顔に動揺が走った。
「オ、オバチャン……」
 四人は不安そうに顔を見合わせた。
 解説せねばなるまい。
 原理派直属、というより轡馬の私隊のような位置で荒事を担当してきた四天王だが、身体が大きいだけに食事の量も回数も半端でない。そんな牛馬並み、というより象かカバ並みの胃をいつも満足させてやっているのが、和代であった。一日六回の食事の他に、深夜や早朝に腹が減ったとなれば、イヤな顔ひとつせず起き出して、厨房にある残り物で素早く質・量充分な食事を造ってやったり、怪我や切り傷が絶えない身体に優しく包帯やバンソウコウを貼ってやったり、衣服のほころび直しから人生相談までと、教団の中でも恐れられ浮いている四天王に、ただ一人親身になって接し可愛がっていたのが和代だったのだ。四人にとってはいわば親代わりの存在だった。
 その和代が、はじめて本気になって怒っているのだ。
「オ、オバチャン、ソコ、どいてくれないかな」
 四天王の一人が、恐る恐る超低音声で言った。
「ばかっ、何を言っているんだい。ここはどうあっても通さない。どうしてもというなら、あたしを殴り倒してから行け!」
 そう一喝されて、四天王はシュンとして下を向いてしまった。もじもじしている。
 その様子を見て、今度は轡馬が怒鳴った。
「このグズども! 何をしておるか、早くイク様のお身体を確保するのじゃ」
 四人は轡馬の方を振り返り、その怒りが本物であるのを見ると、渋々といった調子で前を向いて、なんとか一歩踏み出そうとした。
 そこへ。
「まだわからないのかい、この子たちはっ」
 カン、コン、ペシ、パシッ。
 和代が、手にしたお玉としゃもじで、伸び上がって四人の頭や頬を順にこずいたのだ。
「オ、オバチャン……。ウ、アア――」
 ほんの軽く叩かれただけと見えたのに、その直後四人は動きを止め、震え出すとガックリくずおれてしまった。
 (オバチャンにはたかれた、オバチャンにはたかれた――)四人の頭の中ではそれだけがグルグル渦巻いていた。
 グリズリーも素手で倒すと噂される四人だが――噂でなく事実で、数年前北米ロッキー山脈で修行中、出会ったグリズリーを片っ端から始末したため、地元新聞にサスカッチの暴動と書かれた四人だが――そのグリズリーの炎の右ストレートよりも、オバチャンの怒りの「愛のムチ」は彼らの心に痛烈なダメージを与えていた。
 もう、轡馬の命令どころではない。四人はさめざめと泣きながら、しゃがみ込んで地面に指でイジイジ円を描いていた。
「ええい、役立たずどもめ!」
 轡馬がいらだたしそうに叫んだ。轡馬がそれではと、腹心の信者たちに指示を出そうとした刹那――。

「待ってください」
 雄二が叫んで、ステージ上で立ち上がった。だっとステージの前部に走り出て、ちょうど仮設された謎の張り出しの上にくる。位置的にはイクがいる演壇の前だった。
「皆さん、これを見てください」
 そう叫んで、着ていたダブダブのポンチョをさっと脱ぎ捨てた。
 その下から現れたのは。
 摩耶香のまぶしい水着姿だった。ビキニでこそないが、セパレーツの青い水着が胸と腰から下を飾っている。伸びきった四肢に無垢の白肌、それに長い黒髪が映える。そして、その胸は……。なんと、ダイナマイトな巨乳であった。
「ぷるぷるぷる♪」
 と言いながら、バストに手をやり胸を揺らす雄二。ついでに右翼席に向かってウインクまでした。
「グギャーッ」「ギヒャヒー」「ゴキピー」
 悲鳴というより、もう断末魔の叫びに近い声が、原理派の男性信者たちから上がる。宗教的な純粋さを求めるあまり、この種のセクシー攻撃に耐性が全くないのだった。しかもとにかく雄二の身体は教団指導者・摩耶香なのだ。
 もちろん中間派も穏健派も似たようなものだったが、それでも原理派信者のようにその場で鼻血を吹いて卒倒したりせず、隣り合った信者同士が頬をつねり合ったり頭突きをくらわせあったりして、なんとか耐えていた。
 一方女性信者は、摩耶香(雄二)の水着姿の可憐さと、意外な胸のボリュームに感心したり見とれたりと、反応は様々だったが、総じて落ち着いていた。この珍事に出会って、緊張が一気に吹き飛んで笑いを洩らしている人もいる。
 原理派の悲鳴と、その他の信者の雄叫びとうめき声、そして女性陣の歓声で、会場が一気に喧騒に包まれた。
 全信者の注目を一身に集めて、幸福の絶頂を感じる雄二。
 (やっぱりこの水着にして良かった。胸は詰め物でボリュームアップしてあるしね。ムフン)
 もちろん華枝の作戦で、原理派の強行手段への懐柔策であった。
 髪を掻き上げたり、腰に手を当てたり、胸をそらせたり、果ては四つんばいになったりと挑発的なセクシーポーズを連発する雄二。その度に原理派の信者たちが次々と戦闘不能状態になっていく。
 だんだん調子に乗ってきた雄二が、なつかしい「だっちゅーの」ポーズでまたもやプルプル胸を揺すった時。なぜかブラの止め具が外れた。
「はれっ? ……きゃあっ」
 今度こそ、会場にいた人は総立ちになった。
 だが。
 ずり落ちた底上げブラの下から、もう一枚水着が現れた。
 (念のためしてたの忘れてた。良かった、十八禁で……)
 かなりスレンダーになってしまった自分の胸を見ながら、意味不明の脳内モノローグに浸る雄二。
 客席からは、安堵のどよめきと笑いが湧き起こった。さきほどまでの緊張した雰囲気はどこへやらだ。

 しかしそんな様子を見て、轡馬は激怒していた。
「不埒な! 摩耶香様のお身体をなんと心得るのか」
「……調子に乗りすぎました。ごめんなさい」
 雄二が、イクの演壇のところまで戻って、マイクを取って謝った。
「皆さんが、あまりにとげとげしい雰囲気になっていたので。――ただ少なくとも、暴力で物事を解決しようというのはやめませんか」
 雄二が、まっすぐ轡馬を見据えて言った。
「ぐっ……」
 轡馬は唇を噛んだ。
 原理派の信者たちから、「黙れ部外者」とか「魔の使いめ!」などと野次が飛ぶ。
「待ってください」
 今度はあゆみが叫んで、補助ステージのところまで走り寄った。
 おお〜っ、と会場からどよめきが漏れる。
 あゆみもいつの間にか衣服を脱ぎ捨て、紺のスクール水着姿になっていた。胸のところには「2くみ・きたざとあゆみ」と書かれた白布、頭にはピンクのキャップまで被っている。 
「ここで言おうかどうか悩みましたが、やっぱり言います。ここ二〜三日、あたしは悪夢でうなされています。摩耶香様が得体の知れない魔物に騙され、何かとんでもないことに巻きこまれる夢です。まだ修行中のあたしですけど、予知夢かもしれません」
 また信徒たちがざわめいた。
「見習い神官の分際で!」「魔物とはお前らのことだ」などと原理派が心ない声を上げる。
 だが、客席の神官の中には、あゆみの言葉を聞いてハッとする者もいた。あきらかに同じような予知夢を見ているのだった。
 原理派の悪意に満ちた野次にじっと耐えるあゆみにの前に、「やめてください、こんな小さな子相手に」と言いながら進み出る華枝。
 その姿を見て、ほおーっとため息にも似た声がいくつも上がった。
 華枝も水玉模様の水着姿になっていた。ワンピースだが、それが却って身体のラインを際立たせ、匂い立つような大人の色香を感じさせる。
 これには、前の方に居た轡馬も少々やられているようだった。
「………………はっ。と、とにかく、お主らの勝手にさせるわけにはいかぬ。イク様は少々お疲れのようじゃ。我らのもとでご休息願うのがよろしかろう」
 その言葉を待っていたかのように、原理派の信者たちが腰を浮かしかけた。あきらかに全員で飛び掛かってくる気だ。
「まだわからないようですね」
 今度はイクが進み出て、哀れむように言った。
 主に女性陣から黄色い声とざわめきが上がる。イクも、海水パンツ一枚だけになっていた。
 イクは、それらの声にやや恥ずかしそうにしながら言う。
「なぜわれわれが水着になっていると思いますか? 裸になり、嘘も偽りもありませんと皆さんに公明正大、証明するためなんですよ。それがなぜわからないのですか」
 だが、既に轡馬たち原理派は聞く耳を持たないようだ。一触即発、何かの合図で行動を起こす気である。
 華枝はそんな状況を見て、仕方ない、というようにあきらめの表情を一瞬みせ、マイクに向かって「ミュージックスタート!」と叫んだ。
 スピーカーから、音楽が流れ始めた。
 ポール・モーリア楽団の『オリーブの首飾り』。
「さあ皆さん手拍子をお願いします」
 華枝が叫ぶと、予てからの打ち合わせ通り、穏健派の何人かが手を打ち始める。あとは釣られて大勢の人が、何事かと思いつつもそれに加わった。
 原理派は突然のことに、ただ呆気に取られている。
 黒子が舞台の袖から電話ボックスのような形の赤箱をササッと持ってきて、補助ステージに置いた。
「この赤箱、種も仕掛けもございません」
 華枝がにこやかに笑いながら、箱の扉を開けて中が空なのを客席に見せる。
「この中に今から私たち四人が入ります。箱に入ってしばらくすると、アーラ不思議、皆様驚かれると思います。ちなみに、客席の皆様、危険ですので中央付近の列の方々は左右にご移動下さいませ。――では、ご覧あれ!」
 華枝がそう叫ぶと、四人は次々箱の中に入って扉を閉めた。ガタガタと音がしていたが、しばらくして黒子が扉を開けると、四人の姿は忽然と消えていた。
 拍手喝采の中、原理派が一杯食わされたのを知って怒号を上げる。
「あそこじゃ、あの補助ステージの中じゃ!」
 轡馬が指を差して叫んだ。隠れたといえば、あの急拵えのステージの中としか考えられない。 
 そこへなぜか車のエンジンが掛かる音が聞こえた。
 一挙にエンジンが咆哮し、タイヤが軋む。
 轟音と供に、補助ステージを突き破って一台の4WDワンボックスカーが飛び出し、赤箱やステージの骨組みを引きずり蹴散らしながら、客席の中央に開いたルートを爆走してゆく。
「華枝、イク様ご一行をしっかりお守りするんだよ!」
 食堂のオバチャンが叫んだ。
「うん、ありがとオバチャンっ。皆さん、では行ってきまーす!」
 開いた運転席の窓から華枝が叫び返す。

「やられた! 追え、追うんじゃ!」
 轡馬が泡を食って怒鳴り散らした。
 すぐさま原理派信徒たちも教団の駐車場に向かったが、なぜか半分の車のキーが見当たらず、もう半分はエンジンが空回りするだけであった。
「くそっ、どういうことなんだ!」

 一方、こちらは野外礼拝場の裏手である。
 三人の女性神官が、淑やかに佇んでいる。
「神官長さま、あたくし実はお赦しを頂かなければならないことが……」
 一人が年上の女性にそう言って、ポケットから車のキーをひと掴み分取り出した。
 もう一人も「あたくしも実は……」と、車の点火プラグ十数本を取り出す。
「まあ、なんということでしょう」
 神官長と呼ばれた女性は、ちょっと驚いたような表情をみせた。
「でも安心なさい。わたくしなんか……」
 両ポケットから、一杯のキーとプラグを掴み出す。
 三人は顔を見合わせて、いたずらっぽい微笑みを浮かべた。

==14話に続く==

●次回予告 あの麗しの姉妹は……えっ姉弟?



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