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天に願いを
13話(中編)
作:赤目(RED EYE)



第十三話
ぷるんぷるん(中編)

 野外礼拝場に集まった数百人の人々。
 この施設はちょうど野外公会堂のような造りになっており、祭壇は屋根付きステージの上にあって、ここで講演なども行なうことができるようになっていた。
 ステージの上には演壇とマイクが置かれ、そしてなぜかステージから張り出すように急ごしらえの木製の補助ステージが中央にあったが、講話に合わせて造られたものであるという以外、その用途は信者たちには知らされていなかった。
「それでは、ただ今からイク様の講話を始めさせていただきます」
 よく通る声で、ステージ脇のマイクの前に立った女性が言った。洗練されたパステルカラーのスーツ姿にハイヒール、アクセサリーやメークもキマっている。
 高沢華枝であった。昔取ったキネヅカ、実は結婚前は地方TV局のアナウンサーだったのだ。腰のラインも崩れておらず、こうしてみると到底子持ちのバツイチとは思えない。
 その華枝の紹介でイクがステージの脇から拍手に迎えられて登場し、続いて雄二とあゆみもステージに上がって着席した。雄二はなぜかぶかぶかのポンチョ姿であった。
「みなさんお集まりいただき有難うございます。今日は、こちらに控えております業田雄二を、いかにして私が『教育』したかお話しします。……」
 イクが演壇の前で話し始める。まだ小学生のイクだが、口調はしっかりしており大人顔負けの話し振りであった。
「……と、このように、天願教の意義と教義をかみ砕いて説明し、私は説得に成功したのであります」
 信者たちは、そこまではイクの話に引き込まれていた。
 だが。
 そこでイクは信者たちを見回し、大きく息を吸い込んでから言い放った。
「でも、今の話は全部嘘っぱちです」

 数瞬の沈黙のあと、信者たちの間にざわめきが広がる。
「イク様、それは一体どういうことなのですかな」
 客席の前の方に陣取った、轡馬の声がした。
 それに続いて「そうだそうだ」「説明してくれ」などと、主に右翼席に陣取った原理派信者たちの声が続く。
 華枝が「皆様お静かに願います」と割りこんだ。
 ひと通りざわめきが静まると、イクは「今からご説明します」と言って、ひとつひとつ言葉を選びながら話し始めた。
「皆さんは、現在わが教団の実質的教祖である摩耶香様を、心から敬愛されていると思います。その気持ちは、わたしも変わりません。でもだからこそ、このままで良いのかと疑問を持たざるをえないことが最近ありました。そう、この業田雄二さんについての一連のご命令でした」
 イクが堂々と教祖・摩耶香の方針に口を挟んだことで、また信者たちの間に動揺が広がり、会場がザワついた。
 イクは今回の摩耶香の行動の危険性を説明していった。人格交換の術、催眠の儀式、そして八風神社の封印解除の危険性。現に水晶球によると、霊力場の乱れは日に日に増しており、これは摩耶香の封印解除と明らかに関係がありそうだった。
「じつは、わたしは今回の『作戦』には最初から反対で、摩耶香様……姉さんを内々に何度も止めようとしていました。理由はいまの説明の通りです。そこで、こちらにいる業田雄二さんには、最初から事情を説明して協力して頂いておりました。雄二さんは、こんな目に遭わされているにも関わらず、教団に喜んで協力してくれ、難しい除霊まで先日行なって頂いたのは、皆さんご存知の通りです。こんな善い人にした教団の仕打ちを考えると、わたしは心の底から恥ずかしくなります」
 イクに振り仰がれ信者の視線が集中した雄二は、イスに座ったまま照れて頭を掻いた。仕方なくちょっと客席に手を振って微笑む。こんな時にも緊迫感のない雄二であった。
「だがそれは、摩耶香様がおっしゃっていた通り、邪馬台国の銅鐸を入手するという大いなる目的のため……違いますかな、イク様」
 轡馬が反論した。
「その銅鐸についても、あえてわたしたちは考えようとしなかった、ごく当たり前のことがあります。もともと銅鐸は誰のものでしょうか? 少なくとも教団のものではないはずです。早くいえば姉さんは人の物を盗もうとしているのですよ。これは天願教の教義にも反しているのではありませんか?」
 信者たちがどよめいた。皆わかっていたが、わざと見て見ないフリをしていたことを、イクがはっきり言葉にして指摘したのだ。
「銅鐸を手に入れたあとも、それを使って何をしようというのでしょう。姉さんの霊能力は今でさえ充分大きなものです。それを更に高めようという。本当にそんなことを、皆さんは望んでいるのですか」
 これはイクの投下した爆弾であった。これまで摩耶香の専制的な体制下では思いもしなかったこと、万一思い付いても口にできなかったことを、ここで信者に突き付けたのだ。
 会場の喧騒は大きくなり、マイクを通したイクの声が聞き取れないほどになった。轡馬の周りで、原理派の信者たちが耳うちをしたり、あちこちに連絡に走ったりして、慌ただしくなってきた。
 華枝が「皆様お静かに願います」と繰り返すが、これは収まりそうにない。
 そこで突然。
「静かにしろってんだよバカヤロウ」
 と華枝が口調を変化させて一喝した。滑舌もキレイな美声なだけに、凄い迫力だった。
 会場全体が息を呑んで静まり返る。

「……コホン。失礼致しました。では、イク様のお話しの続きをどうぞ」
 視線が集中するなか、悪びれもせず澄まし顔の華枝。
 イクもちょっとびっくりして華枝を見ていたが、すぐ気を取り直してマイクに向かった。
「え、ええと。……皆さん、わたしは別にここで姉さんを指弾しようというわけではありません。いつの日も変わることなく峰谷摩耶香は教団の代表で、わたしたちを導いてくれる存在です。それによって救われた人、心の安らぎを得た人、宗教的な目的意識を見出した人、ここに居るのはそんな人ばかりです。
 でもだからこそ、今度はわたしたちがあの人を救い、迷いを取り除いてあげるべきなのではありませんか。今がその時だとわたしは思います。今日皆さんに集まってもらった本当の目的は、この話のためでした。どうかわたしの言うことをいま一度皆さんで考えてみてください。お願いします」
 イクは壇上からだが、深々と頭を下げた。
 いい演説だった。原理派までが心を動かされていた。
 轡馬の顔には焦りがみえる。
 そこへ、側近がマイクを持ってきた。これでスピーカーに声を通すことができる。轡馬も立ち上がった。
「イク様のお話しはひと通り伺いました。じゃがワシのような者には到底承服しかねることばかじゃ。摩耶香様の今回のご計画については、既に信徒全員が賛成しお支えすることが決まっていたはず。今更どうなさるおつもりなのですか。――それとも、イク様ともあろう方が、そこにいる業田雄二君にたぶらかされましたかな」
 会場のざわめきがまた大きくなった。
 イク支持の穏健派の信者たちから、野次こそ出なかったが不満の声が上がる。
 一方雄二は、またステージ上で脳天気に「オレか、オレか?」「いや、違うって、ポリポリ」とテロップを出したくなるようなパントマイムを演じている。さすがに横に座っているあゆみが醒めたジト目を向けた。
「轡馬さん。わたしの姉への疑問は、そもそもこの計画が持ちあがった頃からのものでした。ただ、雄二さんの寛大な心に触れて、余計に教団の行動が恥ずかしくなったという意味では、雄二さんから影響を受けたといえるでしょう」
 イクが轡馬の挑発には乗らず、しかし堂々と反論する。
 一瞬、二人の間に火花が散った。
 ひとときの沈黙のあと、先に口を開いたのは轡馬だった。
「ではイク様、再度伺います。今更どうなさるおつもりなのか」
「はい、それをこれからお話しします。……今から、わたしは姉を止めに行きたいのです。結果がどうなるかわかりません。が、とにかく姉に考えを改めてもらいたい。
 皆に黙ったまま、勝手に姉のところへ行くこともできましたが、わたしはまず信徒の皆さんに知ってもらいたかった。その上で、せめて姉にわたしが会って説得することだけは、認めてほしかったのです」
「イク様、それはなりません。摩耶香様のご命令は、人格交換がなされている間は、発覚しないよう特定の連絡員以外会いに来てはならぬ、というものじゃったはず」
「はい、その通りです。ですから、これから信徒の皆さんにわたしの提案を採決してもらいましょう」
「な……!?」
 轡馬はイクたち穏健派の作戦に乗せられたのを知った。
 重要な案件は信者の半分以上が賛成の場合とりあえず可決されるのが教団の不文律であった。だが摩耶香は一人で全信者の1/2、イクは1/3と同じだけの票数を持っているのであった。このあたりは民主的なようでいて、さすがに宗教団体であった。
 挙手してみると、教団の1/3を占める穏健派はもちろん全員賛成。そしてイク自身の票をいれれば、全部で2/3であった。(集計協力:日本野鳥の会)
 1/3を占める原理派だけでは数の上ではどうしようもない。しかも、残りの中間派の中にも、イクの名演説に惹かれて挙手したものが大勢出た。
「さあ、轡馬さん、これでわかりましたね。今からわたしが姉さんに会いに行くのは、教団の決定なのです」
「む……むうう。……こっ、こんなことは断じて認められん。これは謀反じゃ!」
 突然轡馬が態度を豹変させて叫んだ。
「四天王よ、業田雄二にたぶらかされたイク様を保護せよ!」
 信者たちが悲鳴を上げて腰を浮かせる中、四天王と呼ばれた屈強な四人の巨漢たちが立ち上がり、ステージに登ろうとした。人格交換の儀式のとき、雄二を担ぎ上げ拉致した連中である。
 イクはあまりの急展開に足がすくみ動けない。雄二やあゆみ、華枝も近くにいながらなす術もなく呆然としていた。

==後編に続く==



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