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天に願いを
13話(前編)
作:赤目(RED EYE)



第十三話
ぷるんぷるん(前編)

「ガーン! た、体重がぁ……。二キロも増えてる」
 下着だけの姿で体重計の上に乗った雄二がびっくりして叫んだ。
 ここは摩耶香の部屋である。
「い、いつの間にこんな……。甘い物の食べ過ぎカナ?」
 目の前に置かれた等身大の姿見に向かって、くねくねとシナを作る。
「ああんもう。こんなおデブちゃんになったら、イクちゃんに嫌われちゃう。ヤダーあたしどうしよう?」
 長い髪を打ち振りながら、いやんいやんをした。
「もう泣いちゃうからぁー。うるうる、ポロポロ、ざざーっ」
「あの、雄二さん……」
 イクが目を伏せて、じっと何かを我慢するような顔で牽制した。こめかみがピクピクしている。
「――あれ? イクちゃん居たんだ?」
「最初から居たでしょうが、もう」
 イクが冷たいジト目で睨む。
「――それにしても、二キロですか。いわんこっちゃない」
 イクも体重計の数字を覗き込んだ。
「どうも姉さんにしては身体が少しふっくらしてきたな、と思ったんです。計って良かったでしょう」
 イクは姉の平均体重を知っており、今朝会って一番、「太ったのでは?」と話し掛けてきたのだ。摩耶香の部屋で体重を計ってみると、案の定、というわけであった。
「んもー、イクちゃんはチェックが厳しいんだからー」
 雄二は服を着ながらぼやいた。
「少し食事を減らしてくださいね。男だった時と同じように食べてはいけません。それからデザートも禁止です」
「ええっ、そんなぁー!? デザートに甘い物を食べるのが最近の楽しみだったのにー」
「駄目です。三食、ケーキやらおまんじゅうを食後に食べていたら太るに決まっています」
「イクちゃんひどい。これは弟による姉イビリだわぁ。ヤダヤダァー」
 雄二は半裸のまま、身をよじって地団太を踏んだ。
「いくら抵抗しても駄目です。姉さんは常に理想体重をキープし、細く美しくなければなりません。……だいたい雄二さん、男なのにそんなに甘い物が好きだったんですか?」
「ぐすん……いやオレも自分の身体にいる時はそんなのどうでも良かったけど。摩耶香ちゃんの身体に入ってから、甘い物に目がなくなっちゃったんだ。あの誘惑はすごいんだよ……うう、じゅるるっ」
「それは姉さんの身体の嗜好ってことですね。味覚なんかは肉体的なものなので、ある程度は影響されてしまうんでしょう」
「そうかー、摩耶香ちゃんの好みなのかぁ。……こんな誘惑に耐えてベスト体重をキープしていたなんて、女の子はつらいよ、トホホ」
 雄二が服を着終わると、ちょうど華枝とあゆみ達が部屋にやって来た。



 チョコレートボンボンの一気食いでまたもや酒乱騒ぎを起こしたあと、華枝は正気に返ると雄二とイクに土下座せんばかりに謝り、今から頭を丸める、と言って周囲を慌てさせた。二度も迷惑をかけた件でオトシマエをつけたい、というのだ。
 雄二たちが「それだと違う宗教になりますから」となんとかなだめると、華枝は「それじゃあ今後は命をかけて雄二くんとイク様に協力します。女に二言はありません」と宣言して、なんとか収まった。だいたい、華枝に飲めない酒を飲ませたのは雄二たちなので、それほど負い目に感じなくても良いのだが、それでも華枝にとっては痛恨の大失態らしかった。
 誤解していたあゆみもすぐに間違いに気付いて詫び、その夜に摩耶香の部屋へ四人が集まって作戦会議をした。とにかく仲間を増やすことと、ある程度の人数が集まったら堂々とカミングアウトをして、教団をできるだけ良い方向に変えていかねばならない。そのための最初の作戦について色々と話し合ううち、数日が経った。とうとう作戦が決まり、その決行の日が今日というわけだった。

「ここにいる全ての信者が午後から野外礼拝場に集まるよう、わたしから通達を出しておきました。名目は、わたしが雄二さんをいかに教育して霊能力をつけさせたか、の講話にしてあります」
 イクが皆を見回しながら言った。
「本当にあんなストレートな作戦で大丈夫でしょうか」
 あゆみは心配そうだ。
「大丈夫ダイジョーブ、ああいうのはコソコソやるより正攻法の方が意外とうまくいくもんだよ」
 脳天気に雄二が言う。
「司会進行はあたしにまかせてね。それからもちろん、後の手筈もバッチリ整えてあります」
 華枝が言った。
 皆は顔を見合わせ頷きあった。
「そういえばここの信者の人達がみんな集まるなら、服装はどうしようカナ……。除霊じゃないから巫女姿はまずいよね。タンクトップにホットパンツか、それとも清楚なワンピースにするか。ストリート系ファッションもいいし……ああんあたし困っちゃう♪」
 イクをキャミとミニで誘惑してからというもの、すっかり女の子のファッションにハマっている雄二であった。摩耶香はどんな衣服も似合うし、着飾るのは周囲のウケが非常に良いこともありとても楽しかった。
 だがこんなとき普通に一人称「あたし」が出るようになっているのを、雄二自身も周囲も不自然と思わないのは、ある意味危険な兆候といえた。
 一方、ウキウキとクローゼットの中身を物色しはじめた雄二に、なぜかデンジャラスな微笑みを浮かべながら近付く華枝。
「そのことなんだけどね、雄二くん。万が一のために、雄二くんには着てほしいものがあるの」
「はい?」
 振り返った雄二が目にしたのは、華枝と三人の女官であった。もちろん女官たちもこちら側に引きこんである。
「女官の皆さんに頼んで、昨日のうちに街中で摩耶香様(雄二くん)に合うものを見繕ってきてもらいました」
 四人の女たちは顔を見合わせニヤと笑いあった。
 一瞬、雄二の全身を貫く悪寒。
「それー、やっちゃえー!」
 掛け声とともに、女たちが飛びかかってくる。
「あーれー、ごむたいなっ。やっ、やめてやめてこんな人前でっ」
「つべこべ言わずに全部脱ぐのよ」
「だめっ。だめっ、だめえー。それは最後の一枚……きゃあっ」
「もー、こんなにキレイな肌して、うらやましいわっ。ホラこれ着て」
「ちょ、ちょっと、これって……」
「ふーん、少し色が派手じゃない? こっちはどう」
「こ、これは大胆な……。見えちゃう、見えちゃう、きゃあ」
「これなんか可愛くていいわよ。あら、さすがにバストが足りないかしら」
「わ、悪かったわねっ、まだ中学生ですもん、当たり前でしょうっ」
「ホラこっちの試してみなさいよ、これはバストにベビーオイルを入れた詰め物が入っていてね……」
「あっ、これ凄い。はあっ、こんなセクシーな。悩殺ポーズも決まるカナ?」
「ひゅーひゅー。雄二くんすっごい。それとこっちもつけてみなさいよ、せっかく買ったんだから……」

「お姉さま、きれいです……」
 キラキラと輝く瞳で、そんな女たちの狂態を眺めてつぶやくあゆみ。
「いいなー。あたしも早く大きくなってお姉さまみたいになりたいなー」
 イクは、騒ぎが始まってすぐ、あゆみに「イク様は男だから見ちゃだめ!」と言われ、後ろを向いたまま会話だけを聞いてドキドキしていた。
 (な、なにが、起こっているんだろう?)
 そんなことをしているうちに、午後の講話の時間が近付いてきた。

==中編に続く==



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