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 業田雄二(ごうだ・ゆうじ)は十五歳で、八風神社の神主の息子だ。
 万事大雑把な性格で、慌てたり緊張したりといったことがない反面、いつも茫洋としている感じだった。両親はボンヤリしているといってよく小言を聞かせたが、本人は「大器晩成」などとうそぶいて気にしていない。
 その雄二が、最近日課にしていることがある。それは夕食後の竹刀の素振りだった。別に剣道部でもないのだが、なぜか素振りを繰り返していると精神が研ぎすまされていく感じで気持ちよく、百回、二百回とヘトヘトになるまで続けるのだった。
 あんなに普段ボーッとしている雄二が雨の日も風の日も続けるのだから、両親はなんだか心強く思って、食後に境内で雄二が素振りをしている間は彼の邪魔をしないよう気を遣っていた。
 その日も雄二は一人で素振りを始めたが、百回を超えるあたりから奇妙なことが起こり始めた。精神が研ぎすまされていくだけでなく、なんだか鋭敏になった精神が、これまで超えられなかった膜のようなものを突き破り、パーッと広がったような感覚に襲われたのだ。
 突然の様々な感覚の洪水に襲われた雄二は、驚きの声をあげた(はずだった)。だが奇妙なことに、声は出なかった。身体も彼の意志とは関係なく、勝手に素振りを続けている。え?これはなんだろう?
 一瞬めまいがして、意識が遠のきかけた。
 あやうく正気を取りもどすと、なぜか山間の広場のようなところの光景が視界に飛びこんできた。理由はわからないが上空からの視点だ。広場のあちこちではかがり火が焚かれ、それがちろちろと山肌を照らしている。
 だんだん近付いていくと、その広場には祭壇があり、その上で巫女のような装いの少女が激しく身体を揺らしながら、一心不乱に呪文を唱えていた。そして祭壇の前の広場では、数百人の白装束の人達が、声を合わせておごそかに祈りを捧げていた。なんだか新興宗教の儀式のようだった。
 そして、少女がひときわ高く呪文を唱えた時。

 え? 雄二は眼をパチパチした。たった今、幻視の中で見ていた光景が目の前にあった。祭壇、儀式、信者たち。で、オレはどうなったのか。
「ここはどこなんだ?」
 と、信者たちを振りかえって間抜けな質問を投げた瞬間、今度こそ雄二はポカーンとしてしまった。
 その声は、いつもの自分の声でなく、ソプラノの女の子の声だったからだ。


天に願いを
1〜3話
作:赤目(RED EYE)



第一話
いきなり女の子

 雄二は唖然としていた。オレの声がおかしい。いや、今はそれどころではない。ここは一体どこなのか。家の境内で素振りをしていたはずなのに、いつの間に怪しい新興宗教の儀式に迷いこんでしまったのだろう。オレって夢遊病か?
 とにかく。
「あー、あのー、いま喉の調子がおかしくてこんな声しか出ないけど、オレは怪しいものじゃなく……」
 ここまで祭壇の上から信者たちに向かって言ってから、その様子が異様なのに気付いた。
 かがり火で薄暗いのでよくわからないが、信者たちは祈りをやめ、みな顔を上げて固唾をのんでこちらを見つめているようだ。
 無理もない。こんな秘密のわけわからん怪しい儀式(と、雄二は決めつけていた)に、いきなり部外者が闖入してきたんだからな。
「ほんとうに、決して邪魔をしたりとか、スパイしにきたわけじゃ……」
「成功だ!」
 と信者の一人が叫んだ。それをきっかけにして、他の信者からも「術は完璧だ」とか「さすがは摩耶香(まやか)様だ」など驚きと賞賛の声があがった。
 どうやらヤバ目の展開になってきたのは、雄二にもわかった。オヨビデナイ、オヨビデナイ、コリャマタシツレーイタシヤシタ、で消えることができれば良いのだが、などと古めのギャグを思い浮かべる雄二だったが、実際には祭壇の上で逃げ場はない。第一こんな暗闇の山中に逃げても遭難するだけだろう。
 そのうちに、祭壇に近いところにいた年配の男が、他の者を制するように叫んだ。
「儀式は成功じゃ! 今はともかく、当初の予定通りこの者を捕らえねばならん。摩耶香様のお身体に何かあっては一大事じゃからな」
 どうやら「この者」というのは雄二のことらしかった。
 その男が指示すると、やはり近いところにいた屈強の男たち数人が立ちあがって、祭壇に上がってきた。これまた一等非人間的な目をした奴らだった。
「は、は、は、冗談キツイぜ……」
 雄二はジリジリと後ずさったが、すぐ後ろは水晶玉を載せた台があってそれ以上下がれなかった。
 このまま黙って捕まるのはシャクだから少し抵抗してやるか。そう思った雄二だったが、男たちに掴まれそうになった瞬間、暴れるつもりで身体をひねってみたものの、なぜかいつものように機敏に動けず、簡単に捕まってしまった。
 しかも、なぜだかわからないのだが、「きゃあ」なんて女の子のような悲鳴まで上げてしまった。今は女の子声なので、ある意味すごくハマッタのだが。
 あんなにも非人間的に見えたのに、その瞬間、男たちは少しひるんだようだ。
 身体を宙に抱きかかえ上げられつつ、これはいけると雄二は踏んだ。そこで、目一杯女の子声で、
「放して。放してっ。あたしをどうするつもりよ。こんなことするなんてヒドいよ」
 と叫んでみた。オカマと思われるかもしれないが、もしやその方が脱出のチャンスが増えるかもしれない。
「動じるな」とさきほどの年配の男が叫んだ。
「その者の姿形は確かに摩耶香様だが、いまは業田雄二の魂が宿っておる。摩耶香様のお身体を護るためにはやむをえんことじゃ」
 このじいさんオレの名前を知ってるよ……。でも姿が摩耶香様とか、魂がどうとかはどういう意味なんだ?オレはオレだろうに。
 雄二はあまりの異常な物言いに、抵抗するのも忘れ、またもやボーゼンと男の方を見てしまった。
 暴れたせいで、長い髪が乱れてうっとうしい。ん?長い髪? オレの髪は普通サイズだぞ。そういえば自分の服装もおかしい。いつの間に巫女服に着替えさせられていたんだろう。
 めくれ上がった紅い袴からのぞく足は、いつもより生白くほっそりしているような気がする。
 襟が乱れて、胸も半分はだけている。その下には、サラシを巻いているが、しっかり二つの膨らみが……。
 え?え?え? ええええええええええええええ−−。これってさっき幻覚のようなものの中で見た、巫女姿の女の子では……。じゃあオレっていま……。
 そこまで考えたとき、雄二の口に布が押し当てられた。わっ、なんだこれ、と思った瞬間、麻酔の臭いがして雄二は気を失った。 


第二話
監禁しないで

 ああ、それにしても酷い夢だった。目を覚ましたばかりの雄二は、ぼんやりした頭でたった今まで見ていた悪夢のことを回想していた。竹刀の素振りをしていたら、突然意識が飛んじゃって、気が付いたら怪しい新興宗教の儀式に迷いこんでいたんだよな。それでなぜかオレが巫女の女の子の姿になっているし。
「いくら悪夢だからってこんなシリメツレツなのはたまら……」
 と思わず口に出してから、ハッとして口を押さえてしまった。この声。やっぱりまだ女の子声だ。ということは……。
 雄二は横たわったまま、恐る恐る髪を触ってみた。絹糸のように柔らかいロングヘアーだった。胸。小ぶりだが柔らかな二つの膨らみがあった。そして、思いきって股間。ああ、ない。何もない。何もついてない。
「あひゃ」
 と意味不明の叫びを上げて、雄二はベッドの上で半身を起こした。
 胸がドキドキする。
 どうやらここは、工事現場などでよく使われている、仮設のコンテナハウスの内部のようだ。殺風景な部屋の中には雄二が横たわっていたベッドの他には、スチールの棚と机があるだけだ。
「オレはいったいどうなってしまったんだ……」
 割と物事に動じない雄二も、さすがに不安になってきた。どうやらこの小屋の中には閉じ込められてしまったらしい。
 雄二はベッドから降りると、無駄と知りつつもドアのところへ行ってノブを回してみた。やはり鍵がかかっている。
 窓は片側にひとつあるだけだが、カーテンを開けると外から鉄格子がはまっているのがわかった。外は真っ暗だ。
 だがその窓に映ったものをみて、雄二はちょっと凝固してしまった。外が暗いせいで、ガラスが鏡の役割をしていたのだ。そこに映ったのは、色白でほっそりした巫女装束の女の子だった。
 胸までの流れるような黒髪。やや面長で、目のあたりには少しきつめの光があるが、それでも濡れたような瞳が吸いこまれそうなな輝きをたたえている。小鼻で、小ぶりな口にやや厚めの唇はさくらんぼ色だ。
 個性的で意志が強そうな感じの、なかなかの美少女だった。たぶん同年代だろうか。
 これが今の自分の姿なんだ、と認識すると雄二が今さらながら驚いてしまい、思わず声を出しかけて口に手を持っていってしまった。すると、ガラスの向こうの少女も驚いた顔で口に手を当てている。
 ちょっとおかしくなって、笑ってしまった。少女も微笑み返す。
 その途端、自分が自分でなくなってしまったような感じがして(外見については正にその通りだが)、雄二は鏡に映る虚像のとりこのようになってしまった。
 今のあたしはこんな風なのね……脳内モノローグが女の子しているのにも気付かないまま、ほとんど無意識のうちに、怒ったり、泣き真似したり、すねたりと様々な表情を試したあと、すっかりこの姿に魅入られたようになり、「かわいい・か・も・ね」と女の子気分で腰をふりふりポーズにのせて呟いてしまった。小首を傾げると長い髪が流れ、魅惑的な微笑みを浮かべる。悪ノリの果てに茶目っ気たっぷりのウインクをすると−−なんと窓の外でドタドタと物音がした。
 我に返った雄二が焦ってガラスに顔を近付け屋外を覗いてみると、なんと男性信者数人がひっくり返っていた。たぶん見張りだろう。こちらからは照明の反射で外が見えなかったのだ。「摩耶香様が我らにウインクを〜」「もう自分は死んでもいいッス」「バカ、あれは摩耶香様でないのだぞ」「いい。俺は一生ついていく」などとウロタエきった声が聞こえてくる。
 雄二の背筋を冷たいものが走りぬけた。いまのナ〜ルナル・ナルシスティックな行動を全部見られてしまったのだ。な、なにやってんだオレ。どうしようもない恥辱感におそわれて赤面してしまう。
「やだー。もう、なんなのよ。覗きなんて失礼じゃない」
 ギク、とまたもや凍りつく雄二。今の女言葉なんだ? 今度のは捕まる前のように演技でなく、ごく自然に出てしまったが。
「駄目だ駄目だ駄目だー、オレの女性化反対! オレは男だーっ」
 イヤな雰囲気を振り払うように改めてそう叫ぶ雄二。
 確かあの時信者のじいさんは、姿は摩耶香様だが魂は雄二だといっていた。ということは、この少女の姿はその摩耶香とかいう巫女のものなのだろう。いや、というより、摩耶香の肉体に雄二の精神だけがなんらかの理由で入ってしまったと考えるのが筋が通っている気がする。
 じゃあ、オレの肉体は今ごろどうなっているんだ? 植物人間だろうか。いや、もしや摩耶香という少女の精神が入っているのでは−−。
 そこまで考えた時、鍵を開ける音がガチャガチャとして、あのじいさんが小屋に入ってきた。見張りが呼んだのだろう。
「業田雄二、表へ出なさい」
 鋭い一瞥をくれて、そう命令してきた。有無をいわさぬ調子だ。従うしかなさそうだったが、ムカついてきた雄二はあえて無視してしてみた。
「もう一度いう、表へ出なさい」
 これも冷たく無視していると、表に待機している男達にいまいましそうに指示を出した。またあの非人間的な目の巨漢たちが小屋に入ってきて、結局雄二は少女の姿のまま抱き上げられ、外へ連れだされた。
「ああーん、なんでこうなっちゃうのよー」 
 また女言葉が出た。大変だ。雄二のアイデンティティの危機であった。摩耶香の肉体から精神汚染されているのかもしれない。


第三話
拘束されちゃう

 男たちは女の子な雄二を抱えて、すこし離れたところにある古びた家屋の中に連れこんだ。あのじいさんもその後ろから入ってきた。
 家屋の中に明るく、女の子雄二は広い土間に据えつけられたベッドの上に降ろされた。病院のベットと同じタイプの鉄製の簡素なものだが、問題は手足や胴体を縛る拘束具がそこに付属していたことだった。
 雄二は続けざまに起こる異常な出来事の連続に、もう抵抗するのも忘れ、ただ呆然と手足を革製の拘束具で固められるがままになっていた。
(あたし、抵抗することもできず、このままここに拘束されちゃうんだ……)
 甘美な絶望に流されそうになった時、ふとそんな女の子な内省に気付いた雄二の本来の意識が激しく異議をとなえた。
「わーっわーっ、オレは男だってのー! やいそこのジジイ、誰かは知らんがオレを早く元の姿に戻しやがれ。こんなところに縛っていったいどうする気なんだ」
 雄二は精いっぱい暴れたが、時すでに遅し。両手両足と胴体をベッドに縛られ、土間のコンクリートに直接固定されているベットから逃れられなくなっていた。
「喚くでない。わしには轡馬(くつわば)という名前がちゃんとある」
 雄二の枕元に立ったじいさんが言った。
「あんたの名前なんかどうでもいいよ! 早くこのベルトを解いてオレを元に姿に戻してくれー」
「そういうわけにはいかんのじゃ。業田雄二、おぬしの本来の身体には現在わが教団の指導者、摩耶香様の魂が宿っておる。そろそろ察しはついておるじゃろうが、つまり摩耶香様とおぬしの魂を摩耶香様の偉大な霊能力と秘儀で交換したのじゃよ。摩耶香様がぬしの身体を使って仕事を終えられるまでは、申し訳ないがぬしにはここで大人しくしていてもらうことになる」
「そんな勝手な! 人の身体をなんだと思っているんだ。だいたいそんなむちゃくちゃ秘儀があるなんてプライバシーと人権の侵害だ。それとオレの身体で仕事って、いったいなんなんだ? オレは何も特別なところのないただの中学生なのに」
「それをおぬしが知る必要はないのじゃ」
 轡馬は室内にいた、他の者とは違う高貴な服装をした神官たちに命令した。
「儀式の準備をしなさい」
 神官たちが動き回り、雄二の枕元に台に乗った水晶玉が近づけられた。
 水晶玉は雄二から離されていた時からその内部で揺れる炎に似た不思議な輝きを放っていたが、霊力のある神官が運んだせいだろうか、雄二の枕元に置かれた時には、メラメラとオーロラのような光が渦巻き出していた。
 雄二にもその玉は見覚えがあった。祭壇の上で摩耶香が儀式を行っている時、その前に置かれていたものだ。
「ホホホ、神器の調子も本日はことのほか良いようじゃのう。これより業田雄二を六十日間の眠りに就かせる儀式を行なう」
 ろ、六十日? 雄二は唖然としてしまった。
 神官たちが横たわる雄二の周りを囲むように立って、呪文の詠唱をはじめた。
 あの摩耶香とかいう少女は、自分の霊能力とこの水晶玉を使って前人未踏の人格交換の術を成功させてしまった。だったら、この神官たちもこの儀式で術をかけ、自分を眠らせしまうだろう。もうあきらめるしかないのか。早くもだんだん眠くなってきたような気がする。目覚めたら二ヶ月後なんて……。
「ちょっと待ってください」
 家屋の中に、突然幼くかわいらしい声が響いた。神官たちは呪文をやめ、声の主の方を見た。轡馬もそちらを振りかえっている。
「どうされました、イク殿」
 轡馬の口調からすると、相手は教団の中でもかなり地位の高い者らしい。
「水晶球の様子がかなり不安定のようです。ここに居る神官たちの霊力では、操りきれない可能性があります。いったん神器の暴走が始まれば、術が成功しないばかりか摩耶香様の肉体にも損傷を与えてしまうかも……」
 掛かり始めていた術が解け頭がはっきりした雄二は、声の方を見てみた。小学生くらいだろうか? 小柄で色白な可愛らしい子が立っていた。スカートは履いていないがたぶん女の子だろう。
「おお、そういえば……」
 轡馬は、神官たちが詠唱をやめたにも関わらず、余計にたぎり切って光渦巻く水晶の様子を認めたようだ。
「たぶん、摩耶香様の先ほどの秘儀から時間が経っていないため、この近辺の霊力場が乱れたままになっているのでしょう。本日の催眠の儀式は中止し、霊力場が収まるのを待って、神官たちに充分な休息を与えたあと、後日改めて儀式を行なうべきだと思います。神官たちも摩耶香様に力添えをしてかなり消耗しているはずですから」
 子供のくせに、ちょっと舌ったらずな喋り方で随分論理的な言いまわしをするな、と雄二は感心した。
「わしとしたことが、またもやイク殿のご忠告に助けられましたな。まったく心強いお方じゃて、ホッホッホ。……よろしい、本日の儀式は中止じゃ。業田雄二は元の小屋に監禁しておけ」
 それに覆い被せるように、イクと呼ばれた子は続けた。
「それについてはわたしに考えがあります。今夜これから、この業田雄二にわが『天願教』教団の意義と一連の秘儀について、とうとう語って聞かせようと思います。このような者でも教団の素晴らしさを理解させることができれば、今後の儀式の際にも協力的になりましょう」
「おお、イク殿自らそうして頂けるとは有難い。何から何までおまかせして申し訳ないくらいじゃ。……では、業田雄二は本部棟のイク殿のお部屋につれてゆけ。二十四時間の監視を怠るなよ」
 轡馬は信者たちにそう命令した。
 どうやら本日のところは助かった、と雄二がホッとしていると、イクが雄二のところにやってきて、誰も見ていない頃合いを見計らって耳元で囁いた。
「わたしはあなたの味方です。安心して」

==続く==





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